第10話 おっさんとようじょ

 結局かなちゃんを抱っこしたままうつらうつらとしていると、かなちゃんが目を覚ましたのか身じろぎをし始めた。それにつられて俺も起きる。


「おはよう」

「おはよう……おしっこ」

「はいはい……俺もしたいわ」


 俺の言葉を聞いて聞かずか、かなちゃんはスタスタとトイレに行ってしまった。畜生め。

 仕方ないのでベランダに出て聖水のアーチを描く事にした。幸い、見える範囲にゾンビはいないので問題ないだろう。というか大の方もしたいんで早くトイレを空けて欲しい。

 暫くしたらかなちゃんがトイレから出てきたので、俺も入らせてもらう。無論水を持ってだ。

 当然ながら水が止まってるいるので水洗式のトイレは流せない。なので用を足したらザバーっとペットボトルの水で流すのである。ミネラルウォーターでトイレを流すとか贅沢の極みだが、致し方あるまい。

 いつまでもこんな事してたら水が無くなって詰むから多用はできんがね。


「ありがとうございました」

「おう」


 スッキリしてトイレから出ると、正座をしたかなちゃんが俺に頭を下げた。今時に珍しく礼儀正しい娘さんだな。

 つっても今時の小学生だからなぁ、特に女の子は早熟だって言うし。


「とりあえず、大丈夫そうだな。もう一回自己紹介しておく、俺は狭山遼太郎だ。井田市の山上町から来た」

「駅のあたり?」

「うん、そうだ。下郷の自衛隊の駐屯地に向かってる途中で一晩寝るのにこの部屋に入ってきた。かなちゃんを見つけたのは偶然だな」


 俺の言葉を聞いてかなちゃんは何か考えているらしく、黙り込んでしまった。


「行っちゃうの……?」

「んんっ、そうだな」


 上目遣いで見られて頭を掻く。どう考えても助けを求められてるよな、これは。


「まぁ、座ろうか」

「うん」


 俺がソファに腰掛けると、かなちゃんも俺の隣にちょこんと座ってくる。横を見るとなんとなく目が合う。俺は三十を少し過ぎたくらいのおっさんだが、子供がいたらこんな感じなのかね。頭をポンポンと叩いてだらりとソファに体を預ける。昨日はかなちゃんを抱っこしたままずっと座っていたのでケツと体の節々がちょっと痛い。


「かなちゃん、お父さんとお母さんは?」

「わかんない。もうずっと藍堂市から帰ってこない。お父さんはずっといないけど」

「なるほど……お母さんの働いてる場所はわかる?」

「藍堂市のスーパーマーキス」

「あーマーキスかぁ。マーキスかーーー……」


 藍堂市で多分一番人が多いショッピングモールにある大型食料品スーパーだ。なんというかその、有り体に言って生存確率めっちゃ低そうである。参ったな。

 俺はかなちゃんと目を合わせないように天井を見上げる。


「かなちゃん、今ってどんな感じになってるかわかる?」

「人がゾンビになって人を食べてる。噛まれたらその人もゾンビになる」

「うん、そんな感じ。だからね、結構というか滅茶苦茶外って危ないんだよね。でも、多分待ってても誰かが助けに来てくれるのはあんまり期待できない」

「うん」

「だから、おじさんは助けてくれそうな人がいそうなところに行くつもりなんだ。その為にはかなちゃんの家に入ってきた時みたいに泥棒みたいなこともしなきゃいけないし、ゾンビもやっつけなきゃいけない。でも、おじさんは漫画とかアニメのヒーローじゃないからそんなに強くないんだ」

「うん」

「……あー、その。なんだ。かなちゃんも一緒に行くかい?」

「うん」

「きっとすごく疲れるし、お腹いっぱいご飯を食べられないことも多いだろうし、時には嫌なこともしなきゃいけない。もしかしたらおじさんはかなちゃんを見捨てて逃げるかもしれない。そうはしたくないけど、そうしなゃいけなかったらおじさんはそうするかもしれない」

「うん」

「おじさんと一緒に来るなら、おじさんの言うことは絶対に聞いてもらわないとだめだ。それが守れないなら連れていけない。守れるかい?」

「……うん」

「なんか間があったけど、大丈夫?」

「おじさんがろりこんじゃないなら大丈夫」

「はい?」


 横を見るとかなちゃんがニヤッと笑った。

 ろろろ、ロリコンちゃうわ! え? なに? 俺この子にそういう目で見られてたの? 割とマジでショックなんだけど。俺が鬼畜ロリコン野郎ならかなちゃんはもうとっくにごちそうさまされてるよ! 失敬な!


「……そういうのじゃないから、大丈夫」

「本当に?」

「本当です」

「そうなんだ」

「そうです」

「残念」


 残念なんだ……この子はいったい何を考えているんだろうか。ちっちゃくても女の子ってわかんねぇなぁ。


「おじさん、どこに行くの?」


 ソファから立ち上がった俺にかなちゃんが問いかけてくる。


「コンビニから飲み物とか食べ物とか持ってくる。かなちゃんの身体はまだまだ本調子じゃないだろうから、何日かは休まないとだめだ」

「私も行く」

「駄目、待ってて」

「置いて行かないで」


 かなちゃんの声は震えていた。

 まだ人恋しいのかね。まぁ一人きりで死にかけてたんだし、まだ子供だしな。うーん、さっき言うことを聞くって約束したばっかりだしなぁ。とはいえ、ここで突き放すよりは少し甘やかして信頼関係を築いておいたほうが良いか。


「わかったよ。でもまだ外には連れていけない。食べ物も飲み物も今日の分は十分にあるし、明日にしよう。今日はゆっくり休もう、おじさんもちゃんと寝てないから体が少し痛いんだ」

「うん、ベッドあるよ」


 手を引かれて隣の部屋に行くと、そこは寝室だった。かなちゃんのお母さんの部屋なのか、女性物の服が掛かっているハンガーや化粧台などがある。ベッドは少し大きめのサイズだ。


「お母さんの部屋?」

「うん」

「そっか、じゃあ後でベッドを借りようかな。まずは朝ご飯食べようか」

「うん」


 朝ごはんは何にするかな。パックのご飯と卵スープの素を使って卵雑炊もどきでも作るか。カップ麺とかが簡単だけど、病み上がりのかなちゃんのお腹に優しくなさそうだし。

 かなちゃんの部屋のガスコンロはプロパンガスを使用するものらしく、普通に使える。換気扇が回らないから火をつけっぱなしにするのは怖いけど、まぁ少々の煮炊きなら問題あるまい。

 適当な大きさの鍋にご飯のパックを二つ開けて水を適量、卵スープの素も一緒にぶち込んで火にかける。煮えて良い塩梅になってきたら味見をして、薄いようなら塩やだしの素で味を整える。これで卵雑炊もどきの完成。コンビニからかっぱらってきた缶詰とソーセージも一緒に頂く。


「おじさん、料理できるんだね」

「料理ってほどのもんでもないよ。これくらいならかなちゃんにも簡単にできるよ」

「そうなんだ。でも美味しいよ」

「ありがとう。食べたらおじさんは寝るよ」

「うん、私も」


 一緒に寝ようか、とか言わない。小学生とはいえ女の子、多分難しい年頃だろうしわざわざ地雷原でタップダンスを踊ることもない。キモッとか言われたら軽く泣く自信がある。

 朝ごはんを食べ終わってお母さんの部屋に向かうと、ごく当然のようにかなちゃんもついてきた。ベッドに寝転ぶと、やはり当然のように同じベッドに寝転んでぴったりとくっついてくる。

 俺の顔をじっと見てくるかなちゃんと目が合ったが、俺は何も言わずに頭を撫でてそのまま寝る事にした。ずっと一人でいた上に死にかけて不安だったんだろう。好きにさせておこう。子供の体温は高くて温かいなぁ。

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おっさんのゾンビサバイバー! リュート @Ryuto1744

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