来訪者

「お疲れさん! お前ら、今日はもうあがっていいぞ!」

「分かりました! お疲れ様です!」


 今日も今日とて荷運びの仕事である。

 もう1月以上はこの仕事を続けているので、だいぶ慣れて来た。そもそもがそれほど複雑な仕事ってわけでもないからな。


「おう、レオン! どうだい、うちの職場は。きつくねえか?」

「あ、おやっさん。別に。これぐらい全然平気さ。もっと働いたっていいぐらいだ」

「ははっ! 威勢がいいな! ま、そんなに無理しなくてもいいさ。

 今日の払いは、働き者のお前の為にちょっと色付けておいてやったからよ。母ちゃんと美味いものでも食いな」

「本当か! ありがとう、おやっさん!」

「おう。おい、アテナ。ちゃんとその分、レオンに渡してやんだぞ。ピンハネしたら許さんからな」

「しませんよぉ、そんな事。これでも誇りあるギルドマスターですから!」

「ははっ、こいつは失礼しましたっと」


 とまあ、このような感じでレオンの方も職場に馴染んできている。

 レオンは敬語こそ出来ないものの、仕事に対する姿勢は人一倍真摯だ。

 流石に俺やアテナと同等の働きとはいかず、運べるのはあまり重くないものに限られる。

 それでも動作が機敏で運動量も多い為、中々作業の効率化に貢献してくれる。


「さてと、それじゃあお給金の配分ですね」


 レオンが加入して変わったことが一つ。それは給料の支払いが現地で行われるようになったという事。当然と言えば当然だ。給料の配分の為だけにレオンをギルドまで連れて帰るのはちょっと可哀想だからな。


「はい、まずはコウマさんの分ですね。銀貨5枚に、銅貨4枚と」

「ああ」


 相変わらず低賃金は変わらないな。


「ええと、次に私の分。これが銀貨6枚に銅貨6枚」


 アテナの給料は俺よりも高い。理由は二つだ。

 そもそもの時給がアテナの方が高いと言うのが一つ。俺より責任ある立場だから当然だ。

 もう一つは、ギルドに徴収される分が無いという事。とは言え、あのギルドの事務所の維持費などはアテナの給料から出されているので、実質的な可処分所得はもう少し下がるものと思われる。

 こう言った理由込みの給料なので、そこは俺も納得している。


「残りがレオン君の分ですね。えっと、銀貨4枚に銅貨7枚ですか」

「おやっさん、銅貨5枚もくれたのか。感謝しないと」


 レオンの元の給料は銀貨4枚、銅貨6枚である。ここからギルドの徴収分が銅貨4枚なので、手取りは銀貨4枚銅貨2枚まで下がる。

 なので、銀貨4枚銅貨7枚と言えば、レオンの言う通り銅貨5枚のボーナスをくれたことになる。日本円で言えば500円相当だな。

 これを多いとみるか少ないとみるかは個人の感覚によると思うが、現場監督だって金持ちと言う訳じゃないんだ。これでもかなり奮発してくれた方だと俺は思う。

 やっぱり親の為に働く子供という姿は、どうしても応援したくなるものがあるらしい。現場の人間は誰もレオンに対しては殊更親切な気がするな。


「じゃあどうする? おやっさんからああ言われたことだし、レオンは今日はまっすぐ帰るか?」

「ああ、そうさせてもらうぜ。たまにはお袋に料理でも作ってやるとするよ」

「そうですか。それじゃあ、また明日ですね。お疲れ様です。レオン君」

「お疲れさん」

「ああ、またな」


 俺達はレオンと別れて帰路に付いた。

 給料は現地で分配するようになったが、レオンは時々俺達の事務所に寄ってから帰る事があった。それは、アテナが夕飯を馳走してやるために呼んだのがきっかけだったか。

 決まりである以上レオンからもギルドの取り分を徴収しないわけにはいかないが、元より少ないレオンの給料からさらに引くのはアテナとしても気が咎めたのだろう。

 たまに夕食を食べさせてやる事で、アテナなりに援助をしてやったりしている。


「良い子ですね。レオン君」

「ああ。あれでもう少し口が良ければいいんだけどな」

「それは仕方ないと思いますよ。レオン君の境遇を考えたら」

「……まあ、な」


 この世界に少しずつ馴染んでくるにつれてわかってきたことだが、学校にいけない子供と言うのはそれほど珍しくな。

 レオンも今の境遇を考えるなら、しっかりと通えていたかどうか怪しい所だ。

 あいつが敬語が出来ないのは、正しい言葉遣いを知らないせいという側面もあるだろう。


「早いとこ金を貯めさせてやりたいよな」

「そうですね。その為には大人の私達がしっかりしないと」


 しっかりするって言ったってなあ……。

 俺達が意気込んだところで仕事が来るわけじゃ無し。


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 そう思っていたのだが、仕事と言うのは拍子抜けするほどあっさりと訪れてきたりするものだったりする。それは、ある休みの日の出来事であった。


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「おーっす」


 いつもの様に、レオンが『イージスの盾』にやってきた。


「おう。レオン。わざわざ休みの日まで顔出さんでいいのに」

「だけどよ、いつ仕事が来るかわかんないだろ。だから来てやってるんじゃないか」

「恩着せがましいこと言ってるとこ済まないがな。この弱小ギルドに仕事なんてそうそう来ないぞ。だから母親の看病でもしてたらどうだよ」

「俺のお袋は四六時中寝てるわけじゃねーよ。むしろずっとむす……こに張り付かれてる方がイラつくと思うぜ」

「ま、お前が良いならいいけどな」


 と、こいつは休みの日であろうとも必ずギルドに顔を出すようにしていた。意外な程まめな奴である。


「あら、レオン君。いらっしゃい。いまお茶出しますね」

「そんなに気ぃ遣わなくていいのに」


 折角来てくれるレオンには悪いが。今までの休日は100%、アテナが淹れた茶を飲みながらダラダラしていたら終わっている。

 依頼人が来ることも無く。茶会という程上品な雰囲気でもなく。

 そもそも茶請けの一つも無いからな。ああ、貧乏を実感する……。

 カランコロン、と来客を付けるベルの音が鳴ったのは、俺が自分の悲哀を噛みしめている時だった。


「あ、あの、済みませんです」


 入って来たのは、頭が禿げ上がった50代ぐらいの男性だった。

 あまり上品な身なりとは言えないが、このギルドには似つかわしいと言える。


「あ、あ、お客さんですか!?」

「お、お、おお、どうぞこちらへ!」

「あ、あ、この椅子使えよ!」


 この頃は所属希望者も無く、来訪者など全くいなくなっていた時期だったので、人が来ただけですごく驚いたものだ。泣ける。


「粗茶でございます。どうぞ」


 アテナは自分達用に入れていたお茶を、急遽来客用へと変更して出していた。


「ああ、こりゃすんませんです」

「お気になさらず」


 落ち着きを取り戻したアテナは、ギルドマスターの代表の顔に戻って、客の正面に座った。


「本日はどのようなご用向きでしょうか?」


 男性は、おずおずと口を開いた。


「ま、魔物を退治してもらいてえんだ」


 これが、俺にとって本当の異世界生活の始まるとなる一言だった。

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1から始めるギルドマスター 篠崎勇 @boysbe100

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