新しい仲間
「それでは、採用の場合のみご連絡をさせていただきますので」
「あ、ああ。是非頼むぜ」
そう言って男は『イージスの盾』を後にした。
………………。
「駄目ですね、あれは」
ギルドの扉が閉まるなり、アテナが呟くように言う。
「やっぱりか」
まあ、俺もわかっていたことだけどさ。
何せあの男ときたら、何日も洗ってなさそうな髭面に、見るからに不衛生なぼろきれのような服を着た男だったからな。それに臭いもきつかったし。
「ある程度設定を考えて来たんでしょうけど、流石に無理がありますよ。
まず住所。見栄を張ったのか知りませんけど、中産階級の居住区を言っていました。いくらなんでもあの街にあの身なりはいませんよ。
それに、前歴も滅茶苦茶です。2年前まで『リンドギルド』に所属していた、などと言っていましたが、『リンドギルド』は5年前に解散しています」
「発言内容の殆どが嘘か。やっぱり嘘をつかなきゃいけないってことは……」
「犯罪者か借金持ちか分かりませんけどね。少なくとも雇っていい人間じゃなさそうです」
「またか……」
俺達が広告を出してから最初に迎えた休みの日。今までに3人の希望者が訪れて来た。
しかし、どいつも今の様に身元がはっきりしない奴だった。
人手不足とは言え、進んでトラブルのもとを呼び込む趣味も無い。
俺達は一応『採用の場合は連絡する』と答えているが、恐らく連絡することも無いだろう(そもそも虚偽の住所じゃ連絡のしようも無い。あいつらは何を考えているのか)。
「やっぱりこうなりましたか」
「やっぱりってなんだよ。お前、こうなると思ってたのか?」
「まあ、正直」
「なら、止めろよ。金貨一枚も使ったんだぞ」
「おい」
「一応止めたじゃないですか。意味はないかも知れませんよって」
「もっと強く止めろよ。あの金があったら美味い酒でも飲めたのに」
「聞いてんのか? ギルド所属希望なんだけど」
「私にあたらないで下さいよ。思ったような結果が出なかったからって」
「お前が他人事なのがムカつくんだよ。『あーあ、だから言ったのに』みたいな感じで」
「聞けよ。所属希望者だぞ」
「それこそ言いがかりですよ。私は今回のコウマさんの失敗をまるで自分の事の様に悲しんでます」
「失敗って決めつけんじゃねえよ。まだ結果はわからないだろうが」
「ああ、そうですね。何かのまぐれで有望な人が来る可能性も……」
「おい! 聞けよ!」
「えっ?」「えっ?」
俺とアテナは同時にギルドの入り口を振り返った。
そこには一人の子供が立っていた。
いや、『子供』と言い切る程幼くも無いか。年のころは11~13歳ぐらいだろうか。
短パンからサスペンダーを伸ばして、白いシャツに引っかけている。そして頭の上にはキャスケット。何だか、『日本人が想像する産業革命期の子供』みたいな感じ? 時代があってるかは知らん。
随分と中世的な顔立ちだ。スカートとか着せたら、きっと女の子にしか見えないだろう。
そんな顔立ちの中で、強気な目つきだけが鋭い輝きを宿している。
「広告を見て来たんだ。『イージスの盾』ってのはここか?」
「あ、ごめんなさい。所属希望者ですね。どうぞ、こちらに」
「ああ」
アテナの勧めに従って、その子供は俺達と向かい合って椅子に座る。
「ええと、まずお名前を伺ってもいいですか?」
「レオナ……」
「レオナ?」
「い、いや、違う! レオン! そう、レオン・ホプキンスだ!」
「……? ええと、レオン・ホプキンス君ですね」
「そうだ」
「年齢は?」
「12歳」
12……ねえ。
「ちょいちょい」
俺はアテナの方をトントンと叩いだ。
ちなみに、ここから先の俺達の会話は小声で行われている。
「おい、いいのか?」
「何がです?」
「12歳ってまだガキだろ? 雇っていいのか? 主に法的な意味で」
「ギリギリですね。アルスリオンの領内では、一応12歳以上はギルドに所属していいことになってます。あまり例は多くないようですけど」
そういうものなのか。随分と小さいときから働けるものだ。
まあ、異世界であることを考えたら、これでも厳しい方なのかもしれないが。
「おい、なに話してんだよ?」
「ああ、いえ、なんでもありません」
態度の悪いガキだなあ……。
「次に、住所をお伺いします」
「南西地区コレル街2番地、3の14、集合住宅地の104号室だ」
「はい。ありがとうございます。では次に、前歴をお伺いしますが……ありますか?」
「あるわけねえだろ。ギルドに所属するのは初めてだよ」
「はい、分かりました。では、主にどのような仕事を希望されますか?」
「何だっていい、とにかく金を稼げる仕事が欲しい」
「ううん、儲けのいい仕事ですか……。ちなみに、特技などはどのような事が有りますか?」
「そうだな……弓は使えるぜ。これは結構自信ある。ガキの頃から仕込まれてるからな」
今もガキじゃねえか、と言う突っ込みは口には出さない。
「ギルドへの所属を希望していることを、ご両親はご存知ですか?」
「いや、言ってねえ。悪いかよ」
「悪いとは言いませんが……、貴方ぐらいの年齢の場合は、了承がある方が望ましいですね」
悪いと言っているのに等しい気がする。
「月収はどれくらいをご希望ですか?」
「そうだな……金貨30枚ぐらい」
「ぶはっ!」「どぅはっ!」
俺とアテナは同時に吹き出した。
金貨30枚って……30万円相当だぞ? ここより物価の高い日本でも簡単に稼げる額ではないし、12歳のガキなら尚更である。
「何だよ?」
「いや、失礼しました。はっきり言いますが、もしこのギルドに所属したとしても、金貨30枚の稼ぎはまず不可能だと思って下さい」
「どれくらいならいける?」
「ううん。貴方ぐらいだと、出来る仕事も限られますし、日給はせいぜい銀貨4枚ぐらいでしょうね。勿論休日はしっかりとってもらうので、多くても働ける日は25日程だと思って下さい。だから月の収入は金貨10枚程度ですね。
これは、多く見積もった額なので、実際には下回る月の方が多くなるでしょう」
それを聞いて、レオンは不満げな口調で吐き捨てる。
「何だよ、それ。俺がガキだからか?」
「それもありますけど、うちのギルドの規模から考えても、あまり割のいい仕事は受けられないのが現状です」
「ちっ! 折角まともに話を聞いてもらえるギルドを見つけたってのによ。こんな弱小ギルドだったとはな。それなら用はねえ、じゃあな」
そう言ってレオンは椅子から立ち上がり、入り口に向かって歩き出そうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
しかし、アテナがその腕を掴んで引き留めた。
「何だよ。離せよ。俺はもっと稼げるギルドを探すんだよ」
「まあまあ、せめてもう少し話を聞いてくださいよ。もしかしたら、もっと稼げる方法を教えられるかもしれません」
「……ほんとかよ?」
レオンの目は疑いに満ち満ちていた。
しかし、アテナは力強く頷いて見せる。
「はい。さっきの試算は、あくまで今のギルドの状況で出した数字ですから。
これから発展する我がギルドでは、もっと割のいい仕事が来ますから」
「……まあ、もう少しだけ話を聞かせてもらおうか」
レオンは渋渋と言った体で、椅子に座りなおした。
……アテナの考えてることがよく分からん。
俺は小声で問いただしてみることにした。
「おい、そんなすぐに割のいい仕事なんて来るものか?」
「いえ、多分来ませんね。完全にはったりです」
「何で嘘をついてまで引き留めたよ? そんなにこのガキを雇いたいのか?」
「それもありますよ。今のところ、話に矛盾もありませんし。
でも、それ以上に心配じゃないですか?
こんな子供が月に金貨30枚稼ぐなんて、普通に考えたら無理です。少なくとも真面な仕事では。そんなことを色々なギルドで話して回ってたら、いつか悪い大人に騙されますよ。
非合法な仕事を振られたり、男娼として売られるかもしれません。
それなら、時給は安くても合法的な仕事のうちみたいなギルドで雇ってあげるべきです」
成程。アテナは労働力が欲しいと言うより、純粋にこのガキの身を案じているわけだ。
意外と良い所があるじゃないか。
「おい。またひそひそ話かよ?」
「ああ、済みません。ちょっと大事な話だったもので。
ええと、割のいい仕事を紹介するのはいいんですが、その前に何故そんなにお金が必要なのか、理由を聞かせてもらえませんか?」
「あん? それが必要なことなのかよ?」
「そうですね。一応雇用者についての詳細な情報は把握しておきたいですから」
「…………」
レオンはちょっとの間目を伏せて迷うようなそぶりを見せたが、結局は素直に答えてくれた。
「お袋が、病気なんだ。薬を買うのには金がいる」
「成程、母親が。父親の稼ぎだけでは足りないのですか?」
「親父はいねえ。お袋が病気だって知った時に蒸発した」
酷い親父だな……。
「今はお袋が貯めていた金を崩して何とかしのいでるけど、そのうち薬を買う金も無くなるだろう。だから金が必要なんだ」
「成程。しかし随分と高いお薬なんですね」
「まあ、安くはないけどさ。月に必要な分は金貨5枚ぐらいか」
「確かに高いですけど……月に金貨30枚もいります?」
確かにそうだな。薬に金貨5枚掛かったとしても、残りは金貨25枚。こいつと母親、それに兄弟が1人2人いたって、余裕で暮らせるぐらいの金額だよな。
「いや、俺は金を貯めたいんだ。何でも、医者が言うには薬での治療はタイショウリョウホウに過ぎないらしくって、出来ればしっかりと手術を受けて治すのが良いんだとさ。
でも、それが出来る医者は首都にしかいないし、金も掛かる。確か金貨200枚ぐらいって聞いたかな。
俺はお袋の病気を早く治してやりてえ。だから早く金が欲しいんだ」
それが理由か……生意気なクソガキに見えるが、いろいろ苦労してるんだな、こいつも。
レオンの話を聞いたアテナは、いつになく真剣な顔をしていた。
「事情は分かりました。
……まず、先に謝っておかなければいけませんが、先程私がした、もっと割のいい話があると言うのは、嘘です」
「はぁ!? 何だよそれ!」
「ですが、落ち着いて聞いてください。あなたみたいな子供が、金貨30枚も稼ぐ仕事は、きっとどこのギルドも紹介は出来ません。
実際あなただって、他のもっと大きなギルドを回って所属を許可されなかったから、うちみたいな小さいギルドに来たわけでしょう?」
「……っ!」
図星だったらしく、レオンは唇を噛みしめて俯いてしまった。
「きつい話になりますが、レオン君がそれほどの大金を稼ぐ手段は、非合法な仕事を受けるとか、体を売るとか、そんな手段になりますよ」
「だ、だったら、それをやってやるよ!」
「ヤケになってどうするんですか。そんな手段でお金を稼いで、あなたのお母さんは本当に喜びますか?」
「くっ……!」
レオンは言い返せない。そもそもが母親の為に金を稼ごうとする子である。母親を裏切るような行為は出来ようはずもない。
「レオン君。うちに入りなさい。私のギルドでは、確かに割のいい仕事を紹介することは出来ません。だけど、君や、君のお母さんを裏切る様な仕事は絶対に回さないと約束します」
レオンは少しの間考え込んだ。
しかし、元より自分に取れる選択肢が多くないことはわかっていたのだろう。すぐに答えは返ってきた。
「……わかったよ。まあ、仕方ねえな。どうせここ以外じゃあ、雇ってくれるとこもなさそうだし」
「それじゃあ、契約成立ですね。では、細かな契約内容などはこちらに書かれておりますので、お読みの上でご署名を」
「ああ」
契約内容についてレオンはアテナに2,3質問をしたりしたが、概ね問題も無く契約は終わった。
「早速明日からの仕事を希望されますか?」
「勿論だ」
「なら、朝の2時半にここのギルドに来てください」
「うへえ……そんなに早いのかよ……」
「まあ、最初だから私達と一緒に行ってもらうだけです。慣れてきたら、現場に直行することも可能になりますから」
「わかったよ」
「じゃあ、明日はよろしくお願いします」
「ああ、じゃあな」
最後まで横柄な態度を崩さず、レオンは帰って行った。
レオンの歩き去る足音が聞こえなくなってから、アテナは軽く息を吐いた。
「ふう……何とかこっちで雇うことが出来ましたね」
「ま、俺達にとっても悪い話じゃなかったからな」
「1日かけて雇えたのが子供1人ってのも空しい話ですけどね」
「ま、0よりはいいと思う様にしようじゃねーの」
口振りの割に、アテナの表情は嬉しそうだった。
こいつとしては、『イージスの盾』の増員と言うよりは、レオンが変な道に行く前に助けられたことを喜んでいるんだろうな。
「お前も割といいところあるじゃねえか」
「もうっ、何ですかいきなり。気持ち悪いですね」
とか言いながら、アテナは楽しそうに笑った。
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