人員募集計画

「広告を出してみないか」


 その日、夕食を取り終わった後、俺はアテナに提案した。


「広告って、何のです?」

「このギルドのだよ。人員募集中って広告を出してみたら、少しは集まるんじゃないか?」


 しかし、アテナは難しい顔だ。


「そう簡単にはいくとは思えませんけどね。前にも言いましたけど、うちで雇えるのは、せいぜい依頼単位契約者です。そこでわざわざうちを選ぶ人はそうそういませんよ」

「それでも、全くいないわけじゃねえだろ」

「それはそうです。しかしですね、こっちだって誰でもいいってわけにはいかないんですよ。例えば、不法にこの街に入って来た人は雇いません。そういう人は他の町で犯罪を犯して逃げて来た人とかが多いですし、トラブルのもとですからね」

「それはわかるけどさ。それなら来た時に弾けばいいだろ」

「こっちもあまり時間があるわけじゃありませんからね。無駄な面接とかもあまりしたくはないんですが……」


 何とも否定的な発言ばかりするやつだな。


「お前なあ、前々から思ってたが、ギルドを復興させる気があるのか? 能動的に動いてるようには見えないんだが」

「私だって何も考えてないわけじゃありませんよ。ただ、もう少しあの倉庫で働き続けたら、私も役職が上がるのを約束されてますから。お給料も上がりますし、裁量も増えます。そうすればもう少し時間も自由に使えるようになりますし、活動もしやすくなりますよ」

「もう少しってどれくらいだよ」

「半年ぐらいですね」

「長いなあ」

「そうですか? 別に長くも無いと思いますけど。期間が明言されてるだけ良心的じゃないですか」


 まあ、一般的にはそれで普通なのかもしれないけど、俺には長く感じる。

 それまで地道に働き続けるなんて……ちょっと勘弁願いたいな。

 折角異世界にやってきたのだ。早く冒険に出たいしな。


「まあでも、コウマさんのアイディア自体を否定はしませんよ。広告を貼るってのも、本当に意味が無いかはわかりません。ですが、それだって無料じゃありませんし……。

 申し訳ないですけど、ギルドから広告代は出せませんよ」

「いや、でもさ。お前ギルド説明会にいっぱいパンフレット持ってきてたじゃねえか」

「あれ、実はほとんど白紙ですから。格好つけるために持って行っただけです」


 どれだけハリボテだらけだったんだ、このギルドは。それに騙される俺も俺だが。


「なら仕方ない。金は俺が出そう」


 そう言って、俺は机の上に金貨を一枚取り出した。


「金貨ですか。確かに1枚でも結構擦れるでしょうけど……いいんですか。これはコウマさんにとっても安い額では無い筈です」

「案ずるな。こいつは今日稼いで来た金だ」

「え!? まさか他のギルドで仕事を……」

「違うよ。これはひったくりを捕まえたことに対する報奨金だ」


 そう。俺はあの後、捕えたひったくりを憲兵に引き渡した。その時に報酬としてこれを貰ったのである。


「ひったくりを捕えた……何か私の知らないところで、随分と活躍してますね」

「別に。成り行きみたいなもんだよ」

「でも、犯罪者を捕えたことに対する報奨金としてはちょっと安いですね……」

「そうなのか?」

「ええ。本来はもうちょっと貰えるものですけど……ちなみに、それは何処で捕まえたんですか?」

「アテナのくれた地図の……公共掲示板の辺りだな」

「ああ、それでですか」


 アテナは納得したように頷いているが、さっぱり意味が分からない。


「どういう意味だよ」

「あの辺りは貧民街ですから。あまり憲兵も治安維持に力を入れてないんですね。だから報奨金も安く見積もられてるんでしょう」

「そんな事があるのか……」


 世知辛い世の中だな。


「っていうか、お前は何でそんな貧民街の掲示板をチェックしてるんだよ?」

「保険です、保険。もし今の仕事を切られた場合、最悪はあそこの掲示板の仕事でもこなさないといけないかなって思って。掲示板自体は他にもあるんですけどね」

「そういう情報は先に言っとけよ……」


 結果的に良かったものの、本来なら無駄足になるところだ。


「ま、まあまあ、それはいいじゃないですか。それより、広告の話です、広告」


 露骨に話を逸らしやがったな。


「流石に私も何もしないと言うのは心苦しいので、元となる広告ぐらいは作りますよ」

「いいのか?」

「はい。いずれにせよ、フィルセント語が書けないコウマさんには作るのが難しいでしょうし。それに私、こういうの結構得意なんですよ」

「そうなのか?」


 今一つ信用ならんが、俺に広告を作るのが難しいのは確かだ。

一応フィルセント語の辞書は持っているが、それを引きながら作るのは時間が掛かるし、きっと文法的におかしなものが出来上がるだろう。


「じゃあ、頼む」

「はい、任せてください。次の休みに、チャチャっと作っちゃいますから」


*************************************


 そして次の休みの日、アテナは約束通り広告を作り上げてくれた。


「どうです? 中々の出来でしょう」


 得意げな顔のアテナには悪いが、俺は何が書いてあるのかわからないので、正確な評価をするのは難しい。

 でもまあ、パッと見の印象としては悪くない。

冒険者ギルドであることが一目でわかるイラストや、こまごまとした説明文。それにギルドの位置を示す地図も、分かりやすく書かれている。

恐らく必要な情報は全て書かれているだろう。

イラストの仕事が今俺達のしている仕事に比べて格好いい感じだが、まあこれぐらいの誇張は広告には付き物である。


「文章の意味は分からないが、見栄えは良いな。良い出来だと思うぜ」

「ありがとうございます。それでは」

「ああ。印刷してもらいに行くか!」


 その日、俺達はギルドのチラシを印刷してもらい、街の色々な場所にある掲示板に貼って回った。

 これで、少しでも人が来てくれると良いなあ……。

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