初めての戦闘
困った。酷いスパイラルだ。
人がいない
↓
仕事取れない
↓
金が無い
↓
広告が出せない
↓
人がいない
↓
以下省略
一体どうやったら、この悪循環から抜け出せるのか。
……落ち着け、落ち着け、俺。考違をしているところはないだろうか。
そうだな、そもそも広告が出せないから人が集まらない、と言うのは思い込みに過ぎないんじゃないのか。
俺は先に仕事を見つけなければ人が集まらないと思い込んでいたが、先に人を集めてから仕事を探すという順番も間違いではないはずだ。
……まあ、それが簡単に出来れば苦労はないんだけどさ。
そもそも、人を探すのって仕事を探すのに比べてハードルが高いよな。
仕事なら商店や工房に御用聞きをして回ればいいという事はわかるが、仕事を探している人はどうやって探せばいいのか……。
アテナの地図にはそっち方面の情報は書いてないんだろうか
…………ん? もしかすると、これなんかいいんじゃないか。
俺が見つけたのは『公共掲示板』と言う書き込みだった。
それ以上の説明はないが、恐らくは誰もが広告を貼れる掲示板だろう。
うーん……そこに行けば仕事の張り出しなんかもあるかもしれないけど……。この世界の文字が読めない俺が行ったところで何か意味があるだろうが。
あ、いや、いいのかな。俺は仕事を探すんじゃなくて、仕事を探しに来た人が目的なわけだし。まあ、どうせ今日は1日仕事も無いわけだし、ちょっと行ってみようか。
*************************************
と言う訳で、件の公共掲示板の前までやってきたわけだが……。
これがなかなか俺の想像とはかけ離れていた。
『公共』って名前についてるくらいだから、もうちょっと活気があるのかと思っていたが、実際には寂れた裏路地に薄汚いコルクボードが無造作におっ立てられているだけで、人もあまりいない。
先程から1時間ぐらいここで人の流れを観察していたが、仕事を探しに来たらしいのは、距離を取っていても悪臭を放っていることがわかる浮浪者のみ。
いくら何でも、それを雇うわけには行かないよなあ。あれじゃあ、荷運びや草むしりの仕事に連れて行ったところで追い返されるのがオチだし。
あまり有望とは言えない場所だな。何をもってアテナはこの場所をメモったんだろう。
……帰るか。
「キャアー!」
そう思って、俺が掲示板の広場を離れて路地に入った時。丁度進行方向から女性の悲鳴が聞こえて来た。
それに続けて、近づいて来る騒がしい足音。
見ると、目出しの紙袋を被って顔を隠した男がこちらに走って来ていた。さらに、その後ろからもう一人、派手な格好をした女性が追いかけてきている。
「捕まえて! その男、ひったくりよ!」
成程、現状は把握した。
よく見れば男は女性ものとしか思えないハンドバッグを手に持っているし、状況証拠は十分だろう。
よし、捕まえてやるか!
……と言いたいところだが、咄嗟に足が動かない。
何というか、うん、非常に情けない話だが……。
有体に行って俺はビビッていた。あんな見るからに凶暴そうな男に立ち向かうなんて、咄嗟に出来るはずもない。
しかし足が震えて動かないので、逃げることも出来ない。
そうこうするうちに男はどんどん近づいて来る。
都合の悪いことに、俺は男の進行方向のど真ん中にいるらしかった。
「どけやあっ!」
男は俺を無理矢理押しのけるつもりか、体当たりを仕掛けて来た。
「うわっ!」
男の体が眼前に迫る。
俺は咄嗟に体を庇う様に腕を突き出して足に力を入れた。
しかし走って来る勢いは殺せず、俺はぶっ飛ばされる……、
「あれっ?」
と思ったが、そんなことは無かった。
むしろ、想像よりも衝撃が小さくて拍子抜けしたぐらいだ。
何が起こったのかと、思わず瞑っていた眼を開く。
すると、こっちにぶつかってきたはずの男が目の前に転がっていた。
「て、てめえ……」
しかも、何やら恨めし気な声をあげている。
もしかして、俺が逆にこの男をブッ飛ばしてしまったのか?
「やるってのか!?」
男は立ち上がり、俺に向かって殴りかかってきた。
しかし、その動きは妙に遅い。
「おっと」
完全に冷静さを取り戻した俺は、難なくその攻撃を避ける。
「こ、この野郎……?」
男の声に更なる怒りがこもる。きっと紙袋の向こうの目は血走っていることだろう。
しかし、もう恐れることは無い。
そうだ、地球の人間は、ミズガルズの人間に比べて平均的に身体能力が高いのだ。ただのひったくりごときに後れを取ることは無い。
「うおお!」
芸が無いひったくりは、再び愚直に殴りかかってきた。
当然これは簡単に避ける。
そして、すれ違いざまに足払いを書ける。
「うおっ!?」
俺はバランスを崩せればいいかな、ぐらいの気持ちで仕掛けたのだが。
男の運動神経は俺の想像より遥かに悪かった様で、顔面から地面にぶつかって倒れてしまった。よほどの衝撃が走ったのか、男は倒れたままピクリとも動かない。
「おいおい、大丈夫か?」
俺は警戒しながらも男をひっくり返して仰向けにしてみた。
「おっと……」
驚いた。男は白目を剝いて、完全に気絶していた。
まさかここまでダメージを受けるとは。まあ相手がひったくりだし、このぐらいはいいか。
「はあ……はあ……」
俺がひったくりと格闘戦を繰り広げている間に、バッグを取られた女性が近くまで駆けよって来ていた。
俺はひったくりの手からバッグを取り返し、女性に返してあげた。
「はい、取り返してやったよ」
「あ、ありがとう……あんた、強いんだね」
「まあ、地球出身だからね」
「へえ、地球出身なんだ、道理で……」
地球出身者が強いってのは、この世界では有名な話なのかな。
「それより、この男どうしたらいいかな?」
俺は倒れたままのひったくりに目を向けた。
「ああ、こいつね。この辺りで悪さしてるひったくりなんだよ。憲兵に突き出してやってよ」
「それは構わないけど……憲兵ってどこに行けば会えるんだ?」
「まあ、地球からの移住者じゃ知らなくても無理ないか。 分かった、案内するよ」
「悪い。お願いするよ」
俺はひったくりの男を抱え上げた。意外と重いな、こいつ。
やれやれ、こいつを運ぶのは苦労しそうだな。
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