第1章

燃える、炎

夜のとばりもすっかり下りきったはずのこの暗闇を、天までも届いてしまいそうな猛火が侵食する。

猛火の中心は小さな家。

常ならば、煙突のついた赤い屋根、丁寧に磨かれた木枠の窓、随所に配置された可憐かれんな花やアイビーが、住み手の隅々すみずみまでの気遣いを感じさせるはずだった。

ところが、今は煉瓦れんがの壁を火がめ、無惨にも窓は砕け散っていた。

窓から覗く棚は火がくすぶり、棚の中にあった茶褐色や瑠璃色のガラスの小瓶は倒れたり、床に落ちたりして惨憺さんたんたる有り様になっていた。

みるみると燃え落ちてゆくその家を遠巻きに眺める人々は、ある者は肩を抱き、恐ろしげに身を震わせ、ある者は神に祈りを捧げていた。

またある者は家に向かって石を投げ、またある者は家の持ち主を声の限りにののしっていた。

恐怖、憎悪、怨嗟えんさ。行動は様々であれど、皆一様に瞳にはその色をたたえていた。

火がつけられてから、本当にあっという間に小さな、けれども温かみを感じられる家は燃やし尽くされた。

めらめらと燃える家と、その周りを取り囲む人々を、微動だにせず見つめる影が一つ。

影は、家を取り巻く村人に見つからぬよう、木々の間に身を潜ませていた。

(どうして、燃やされているの? どうして、みんなは親の仇を見つめるような目で私の家を睨んでいるの?)

影は、この家に住み、村人に安らぎを与えてきた少女だった。

黄昏時たそがれどき。町で食料品などの買い物を終えた少女が思いのほか遅くなってしまったと、早足で少女の家の近くまで帰った時には、既に村人たちは家を取り囲んで火を放とうとしていた。

それを見た少女は咄嗟とっさに木々の隙間に隠れた。

少女は小柄で、地味な深草色のリネンのドレスを着ていたことと、薄暗くなる刻限だったということもあいまって、家が全焼するまで見つからずにいた。

(ねぇ、教えてよ。私は精一杯、村のみんなに出来ることをしてきた。力が及ばないこともあったけれど、手を抜いたことなんてない。罵られるようなことも、こんな暴力に訴えられるようなこともしていないと誓って言える)

涙に潤み、今にも零れ落ちてしまいそうなしずくを、しかし驚きによって見開かれた目が辛うじて押し留めている。

(どうして、どうして、どうして——)

その瞳は少女の絶望を代弁するかのように光がなく、うつろだった。

少女は何の罪を犯してしまったのか、許して貰えるすべは無いのか。

村人たちに問いかけたい衝動に駆られる。

けれど、彼らのあの、恐怖や憎悪、怨嗟を含んだ暗い瞳が一斉に自分に向けられるのだと思うと身がすくむ。

何より、彼らの前に姿を現そうものなら、否応いやおうなしに捕らえられ、寒々とした牢獄に送られることだろう。

そして、弁解する暇もなく命のを消されることだろう。

パチパチと火が爆ぜた。

同時に少女はハッとする。押し留めていた涙がひとすじ、つぅっと頬を流れた。

絶望に飲まれていた少女の瞳に強い意志の光が宿る。

まだ死にたくない。みんなに認めて貰えるまで。

まだ生きていたい。香癒師こうゆしになれるまで。

少女は、生きるために駆け出した。

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