商人ゴブリン、火を放つ

銭形雷一

短編

 仮に自分が一介の商人だと思って考えてくだせえ。

 

 目の前にいる若者は新進気鋭の商人。しかも、大国の王家の出。誰から見ても安牌中の安牌でさあ。

 

 けれども、その男が自分の右腕と呼ぶのは卑しい種族であり、金に汚いゴブリン。裏切りなんて日常茶飯事な種族でさあ。


 あんたならどうしやすか? あっしらの目の前にいる商人は裏で旦那に解雇を勧めていやした。


 旦那は怒っていやした。もともとこういう場では相手に読まれないようにするために無表情なんでやすが、明らかに怒りの色を浮かべていやした。あっしとしては故郷ならいざ知らず、他国なんだからいい加減慣れてもらいたいもんでやした。諌めるのはあっしの役目なんでやすから。


「旦那、コルト殿の店は今、ポーションが切れかかっているようでやすから安く卸したらいかがでしょう。これから長い付き合いになるんですから」


 あっしの提案はすんなり受け入れられやした。あっしとしては簡単な推察からそう言ったのでやすが、あちらさんは大層驚き、その表情が旦那の溜飲を抑えたようでやした。

 そこからの交渉はさすがでやす。言っておきやすが、旦那は本来ならもっと理知的で、商売ごととなったら冷徹でやすが人間味のある判断を下せる方でやす。調子が悪いのはきっとこれが初めての国外への行商だからでやしょう。

 あっしも旦那のサポートに徹しながらその経緯を細かくまとめ上げていきやした。面白いのは今まで当然のことと思っていたことをやる度にあちらさんが驚いていたことでやす。


「いやあ、良い商談だった。これからもよろしく頼むよ」


 商談が終わるとあちらさんは上機嫌で旦那と握手してやした。旦那も最初のことを忘れたかのように笑顔でやした。

 すると、あちらさんの手はあっしの方にも伸びてきやした。こちらに来てから初めてのことだったんで驚きやしたが、ちゃんと手を握りやした。人間の手とゴブリンの手は大きさが違うこともあって、ちょっと痛かったでやす。


「今日は君に驚かされた。君もこれからよろしく頼むよ」

「へい。いや、はい」


 最後のこれはご愛嬌ってやつでさあ。



 あっしと旦那が出会ったのは旦那が商売の勉強のために商店で働いていた時でさあ。

 あの頃のあっしは典型的なゴブリンのクソガキでやした。

 あっしは旦那が自分の金で買ったリンゴをくすねて食いやした。それはすぐにばれて捕まったんでやすが、旦那は寛大にも働いたら許してくれやした。


 あの頃のあっしは単純にあっちの荷物をこっちに何回か運べばリンゴが食えると思ってやした。だから旦那の所には何回も通いやした。

 初めは旦那が働いた金であっしにリンゴを買ってやした。その内、働いて得た金で他にも買えることができることに気付き、旦那から働いた分のお金をもらって他の物を買うようになりやした。


 その頃、と言っても他国のゴブリンは知りやせんが少なくともあっしの故郷のゴブリンの基本的な価値観は金属をたくさん身に着けたやつが偉くて強いというものでやんした。だからあっしも真面目に働いていれば強くなれると思ったんでやしょう。もちろん、人様から奪う手もありやしたが、それはあっしの弱さがそうさせやせんでした。今にして思えばそれは幸運だったんでしょう。


 パンパンに詰まった自分の財布と小さな相手の財布を見て、優越感に浸ったこともありやす。これにはちゃんと落ちもありやす。その頃のあっしは硬貨の価値を理解しておりやせんでしたから、財布に詰まった銅貨たちも2,3枚しかない金貨より価値が低かったんでさあ。それを知ったときはもう、月まで吹っ飛びそうな衝撃でやした。


 それでいろいろ失敗もしながら、商売を学び、今では旦那の右腕でさあ。あっしはこれでも最古参の部下でやす。


 けれども、そこまでの歩みは楽なもんじゃありやせんでした。なんせあっしには学がありやせんでしたから。ただ、あっしは恵まれてやした。あっしにいろいろ教えてくれやした奇特な方がいたんでさあ。

 その方は旦那の兄上で、旦那の御兄弟の中でも問題児でやした。あっしはこの方を先生と呼んでいやした



 王様と言ってもいろいろおりますが、うちの国王は特に変り種でしょう。

 あっしの故郷は魔王が治めておりやす。寿命も人間より長いわ、毒物は効かないわで敵対している国はホトホト手を焼いていると聞いてやす。

 そんなんだからその王家関係者が一人で来ればもちろん狙われるのは当然で、あっしらの護衛には何とも心強いお方が来てくれておりやす。

 その方は馬車で荷物番をしておりやした。

 

 黒い髪に金色の瞳、そして、記憶に残る笑顔が特徴的な方でやんす。雰囲気も旦那とどことなく似ておりやした。

 ただ、それは当然のことでやす。何たって、この方こそ旦那の兄上なんでやんすから。

 何処が問題児なのかって? 先生は基本的に国政に携わっていやすので、国外に護衛としている時点で問題でやしょう。


「商談はどうだった?」

「思った以上に順調だったよ。そっちは?」

「退屈だった。途中から本読んでたよ」


 いろいろと不安になりそうな答えでやんすが、このお方にはそうするだけの実力があるんでやす。


 そんなこんなであっしらは隣町に出発しやした。時刻は夕方でやす。隣町につくころには日はとっくに暮れているでやしょう。

 道中ではあっしらは次の商談の話をしてやした。外の風景はよく覚えていやせんが、森を通っていたと思いやす。

 最初に気付いたのは旦那でありやした。その後すぐに外で馬車を操作している先生が、


「何かいるぞ」

と言ってやした。


 あっしは中で身構えていやした。恥ずかしい話、戦いに関して言えばあっしは三人の中で最も弱いのでさあ。本当なら外の様子を旦那に見にいってもらうのはやっちゃあいけないことなんでやしょう。


「どうでやすか」

「囲まれている。おそらく、ゴブリンだ」


 その時ばかりは胸を締め付けられたかのような感じがしやした。今にして思えば勘というやつだったんでしょう。


「中にいろよ」

「へい。ですが、無理をなさらず」


 それがあっしにできる最大限のことでやした。

 あっしは馬車の中でずっと震えていやした。小さい頃からこういうのはどうしてもだめで、よく兄弟たちにからかわれていたのを覚えていやす。


 しばらくして音がしなくなりやした。代わりにお二人の話し声が聞こえてきやす。

 恐る恐る外に出ると、そこにはゴブリンの死骸が積み重なっておりやした。

 旦那方は慣れた手つきで色々と調べていやした。そんな姿を見てあっしは弱音を吐くわけにはいきやせん。


「旦那方、大丈夫ですかい?」

「お前こそ。こういうのは苦手だったろ。中にいたらどうだ?」

「旦那だけを働かせるわけにはいきやせん」


 そう言っても体は震えていやす。

 視界の端では先生が死体を一か所に集め始めていやした。ギルドに報告するためでやしょう。

 

 あっしは死体と目が合ってしまいやした。


 思わずその死体にあっしは駆け寄ってしまいやした。生気のない瞳には何も映っていやせん。けれども、特徴はあの頃のままでやした。


 この死体は、間違いなくあっしの兄弟でやした。




 ブチはその死体に駆け寄ってから様子が変だった。長い付き合いなのだ。わからないわけがない。

 兄に視線を送ると、何かを察したようであった。

 私の故郷では人を襲うゴブリンは殲滅した。だが、中には危険を察して逃げ出した者がいたかもしれない。流石に国外に逃げられては政治上問題もある。

 

 おそらく、あの死体は彼の知り合いだったのだろう。

 

 昔、ブチは群れから追い出されたと言って私の所に転がり込んできたことがある。おそらく、その群れにいた個体なのであろう。本人は忘れたつもりでも、本心ではそうではなかったのかもしれない。


「そろそろ行こうか。ブチは町に行って知らせてくれるか?」


 兄の意見に賛成だった。もしかするとブチにつらい思いをさせるかもしれないと思ったからだ。


「わかりやした。馬を借りていきやす」


 ブチは立ち上がって、馬車から馬を外す。その小さな手は震えている。


「じゃあ、行ってきやす。お二人とも、ご無事で」


 馬を走らせ町へ向かうブチの背中は一層小さく見えた。


「さてと、行くか」

「場所がわかるのか?」

「何匹か追跡魔法を発動してから逃がしておいた。あいつが帰ってくるまで調べるぞ」


 二人でしばらく行くと小さな洞窟があり、そこで四匹ほどゴブリンがいた。矢を持つ個体が二匹で、残りの二匹が剣を持っている。

 私はこれでも武術を収めているので戦闘には自信があった。だが、今必要なのは隠密である。それは兄の専売特許だ。


 気づけば背後にいて、彼らの意識を刈り取っていた。そこから魔法を用いてから色々な情報を引き出すのだから性質が悪い。

 用がなくなれば洗脳魔法で再び見張りの任に就かせる。これで抜け穴が一つできたというわけだ。


「見張りはこれで良し」

「相変わらずの手際だな」


 兄は笑う。褒められて純粋にうれしいのだろう。私とは違って感情が表情によく出る人なのだ。


「全く……」


 私は新しい商品を使った。これは冒険者などに売るつもりであった品物で、元々これを広めるためにここに来たのだ。少し値は張るが、人命には代えられない。

 取り出した地図の上で魔石を使う。その魔石は光の軌跡で洞窟内の地形を地図のすぐ上に描いていく。三次元構造の地図が出来上がるというわけだ。


「出口はいくつかあるな。駆除するときは埋めないとな」


 地図を折りたたむ。すると、三次元の地図は光となって消えるのだ。


「中に入るか?」

「お前が服装を気にしないならな」

「構わん。人命が最優先だろ」


 私と兄は軽口を叩きながら洞窟に入っていく。小さい頃兄弟で行った些細な冒険を思い出すが、すぐに気を引き締めた。


 ゴブリンと洞窟の中で戦ってはならない。


 そんな言葉がある。だが、私たちはそれを気にせずに進んだ。


 何故かって?

 何事にも例外があるだろう? 私たちは例外だ。


 兄が言うに、今はほとんどが食事の時間なんだそうだ。それでもたまに出会うゴブリンは声を出す前に沈黙させて見張りと同じように処理していく。正直なところ、私はいなくても良かったと思う程度には兄は働いていた。


 私たちが向かうのは一か所だけだ。そこは__。


 その場所に辿り着くとゴブリンたちの被害に遭ったと思われる人々はそこにいなかった。


 幸運? 違う。不運だ。


 そこは食料庫だ。あるのは肉を切り取られた死体だけ。

 年齢、種族は問わずに肉がそこにあった。

 腐臭はない。つまり、つい最近殺されたのだ。


「だめだな」


 兄の声には怒気が含まれていた。その目を俺は見たことがある。


「殲滅だ」


 昔、故郷でゴブリン殲滅を決定したとき、そんな目をしていた。




 あっしは町に戻るとすぐにコルト殿の店に行きやした。あっしはゴブリンでやす。あっしだけがギルドに報告しても馬鹿なゴブリンが来たとしか思われないからでさあ。


「……支配人はいやすかい」


 何にも知らない店員たちは笑っていやした。ただ、昼間にもいた店員はあっしのことを覚えていたようで、すぐに奥の方に行きました。

 コルト殿はすぐに奥の方から出てきやした。心なしか息を切らせていやす。


「おお。そなたはブチ殿ではないか。いかがなされた」

「ゴブリンでやす。あっしじゃなくて、夜盗のが襲ってきやした」

「ニコラス殿は無事か?」

「へい。ですが、討伐に何人か欲しいそうで、あっしでは、その、信用が……」

「言いたいことは分かった。私も一緒に行こう」

「ありがとうございやす。あっしだけではきっと信じてもらえやせんでしょうから」

「なに構わないさ。お礼なら次は少し色を付けておいてくれ」

「へい。旦那にはあっしから言っておきやす」


 そして、あっしらはギルドに駆け込みやした。盗賊の話はコルト殿がいたおかげですんなりと信用していただけやした。

 あっしはギルドの準備ができるまでコルト殿と外で待っていやした。外はもう日が暮れたせいで、肌寒くなっていやした。

 コルト殿は何にか食べるかと聞いてきやしたが、今のあっしは水でさえも喉に通りやせん。


 すると、ある店があっしの視界に入ってきました。

 財布を確認しやした。金貨が十分に入っていやす。

 あっしはこの時、一つの決意をしたんでさあ。


「すいやせん。最後に一緒に来てくれやせんか」

「構わないが、何処にだい?」


 あっしはその店を指差しやした。コルト殿も明らかに理解できなさそうな表情をしていやす。


「こんな時にと思うかも知れやせんが、今は何も言わずにお願いしやす」


 地に頭をつけて頼み込むゴブリンがコルト殿にどんな風に映ったのかはわかりやせんでした。



 

 大将、あっしの話を聞いてくださいやすか?

 途中で笑ってくれてもかまいやせん。何なら、あっしを稀代のバカ者だと広めてくださってもかまいやせん。ただ、話を聞いてほしいんでさあ。

 護衛の皆さんも、業者の方も聞いて下せえ。馬鹿なあっしの夢を。


 あっしには夢が二つありやす。

 ひとつは旦那を世界一の商人にすること。ゴブリンの分際でと思いやしょうが、ゴブリンだって恩義を忘れやせん。返しきれない恩を受けたんだから当然でさあ。


 もう一つはゴブリンたちと人間が共存できる世界を作ることでさあ。

 あっしは群れでは異端者として追放された身でやす。兄弟もあっしに罵声を浴びせました。

 最初こそそう言った繋がりを捨てたつもりでやした。でも、旦那たちを見ているとすごく羨ましかった。あっしもあんな風に兄弟と笑い合えたらと思いやした。

 それで思ったんでやす。兄弟と仲良くできないやつがそんな夢を掲げる価値はないって。ただ、それをするには兄弟たちを変える必要がありやした。


 大将、ゴブリンがどうして身なりの良いやつを襲うか知っていやすかい? ゴブリンたちにとってそいつらは大好きな金属や宝石を持っているし、肉にもなる。言うことなしでさあ。

 でも、そんなものは町に行けば買えるでやしょ? 肉屋に行けば肉を買える。宝石屋に行けば綺麗な装飾品が買える。金はあっしみたいに頑張って稼げばいい。


 あっしは兄弟たちにそのことを教えたかった。

 実際、教えたこともありやす。でも、ぼろきれの様にされただけでやした。


 それで、今こうなっていやす。


 あっしは思うんでやす。ゴブリンはこのままじゃあ、未来はない。だから、この世界のことを学んで教養を身に着けるべきだって。

 でも、兄弟とでさえ分かり合えないやつがそんなこと出来やしょうか。あっしのやってきたことは、間違いだったんでしょうか。


 大将、あっしは、あっしは……。

 



 洞窟についてからは想定していた以上に物事は迅速に動いていきやした。それもこれもうちの新商品のおかげでさあ。


 ただ、素直に喜ぶことができないあっしがいるのもまた事実でいやした。


 ゴブリンたちは次々と駆逐されていきやした。そのほとんどは旦那方のおかげなのでやすが、ギルドのおかげにすることで恩を売っておく腹積もりなんでやしょう。それに、こういう時にはうちの商品の良い宣伝にもなりやすから。


 ゴブリンたちは数が減るにつれて奥に行きやす。最深部ではたいてい抜け道がありやして、抜け出た後、追ってきた敵を仕掛けておいた罠で道ごと意志で塞いでしまうんでやす。けれども先生が洗脳しておいたゴブリンを使って先に塞いでしまっていやした。同じ方法で最深部の入り口も塞いでしまいやす。


 つまり、最早ゴブリンはまな板の上のコイで、どんな風に調理されるか待つしかないんでやんす。


 耳を澄ますとゴブリンたちが必死で壁を掻き毟る音が聞こえてきやす。断末魔に、命乞い。あっしもゴブリンでやんす。何を言っているのか全部わかりやした。

 けれども助けるわけにはいきやせん。獣ならば人を襲った時点で処分されるものでやす。人ならば法に照らし合わせて処分される。当然の末路でやす。


 お二人は火を持ってきていやした。よくよく見てみると、入口から油が溢れていやす。


「一思いに殺してやらないんだな」

「あいつら、人を嬲り殺してやがった。それだけで十分な理由だろ?」


 先生は火を地面に近づけようとしやした。


「待って下せえ」


 あっしは思わず叫んでしまいやした。


「旦那方、もう少し時間を下せえ。あいつらに話したいことがあるんでさあ」


 別に助けたかったわけではありやせん。ただの、自己満足でさあ。そのことは二人ともちゃんとわかっているようでやした。


「少しだけだぞ」

「ありがとうございやす」


 あっしはできるだけ洞窟の入り口に近づいていきやした。足は油だらけでやすが気にしやせん。ただ、向こう側にいるゴブリンたち、もしかしたらいるかもしれない兄弟たちに向かって腹の底から叫ぶだけでさあ。


「お前ら、聞こえるか。あっしは昔あんたらの所にいたブチってガキでさあ。覚えているならあっしの姿をよく見やがれ。あっしの声をよく聞きやがれ。あっしは、あっしは……」


 言葉に詰まったあっしは宝石店で買ってきた首飾りを岩に叩きつけやした。金蔵音を響かせた後、首飾りはそのまま油の中に落ちていきやす。


「これが何だかわかりやすか。黄金と宝石でできた首飾りだ。お前らは人を襲わなきゃあ、これが手に入らないと思っていやすが、あっしでも頑張れば手に入りやした。小さくて弱かったあっしが……」


 あっしは群れで一番弱かった。けれでも、こんな立派な首飾りを手に入れた。真面目にやってきたから手にいれれたんでやす。


「そうでやす。真面目に頑張れば誰にだって……」


 あっしは兄弟にこのことを教えやした。でも、兄弟はあっしのことを愚か者呼ばわりしやした。証拠のために持ってきていた宝石は兄弟に奪われ、体を傷だらけにされやした。


 兄弟がどうしてこんなことをしたのかあっしには分かりやせん。


「どうして、どうしてあの時あっしの言葉に耳を傾けなかった。そうしていれば住処を追われず、こうならなかっただろ。そうだろ。あっしはダメなゴブリンだった。それでも立派な宝石は手に入った。頼む。教えてくれ。どうして耳を傾けなかった」


 答えは返ってきやせんでした。


「旦那。ありがとうございやした」


 松明をひったくるようにして旦那の手から奪いやした。いや、もしかするとわざとだったのかもしれやせん。その証拠に、旦那はあっさりと離してくれやした。

 その場にいた人たちは何も言いやせん。


「わがままで、すいやせん。でも、けじめってやつでさあ」


 あっしは地面に広がっていた油に火を着けやした。それはすぐに広がって、すぐに入口を覆い尽くしやす。きっと、中の方にまで火は広がっていったのでしょう。

 岩の切れ間からゴブリンたちの断末魔が聞こえてきやす。あっしは最後までそれを聞く義務がありやした。


「旦那、あっしが諦めずに話をしていたら、こうならずに済んだんでやしょうか」


 旦那は何も答えてくれやせんでした。ただ、最期の叫びと肉の焼ける音だけがその場に響いていやした。

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