第23話ノエルと騎士たち




フェリスとの授業終了後、俺は昼食を共にするためにフェリスと一緒に家臣が利用する大食堂へと足を運ぶ。

が、当然昼時ともなれば全ての家臣がそこへ押し寄せるため、その辺りも配慮してもらった昨日と違って人が多い。そして俺と同じようにラインに伴われたノエルやその他大勢と出くわすのも必然であった。

新入りであり、お子様でもある俺はさぞ目立つのだろう。

さっそくノエルの後方にいる有象無象共が列を乱して迫って来た。




「お、この坊主が、嬢チャンの言ってたチェスターか」

「うん、そうだよ!」

「ほー、やっぱ嬢チャンと一緒でちんまいなあ」

「むー、おじちゃんがおっきいんだよ!」

「いやいや、だが見ろよ、このナマイキそうな面。悪ガキになるぜ」

「はっはっ、悪人面のお前が言うな」

「チェスターのほーがオジサンよりかっこいいもん!」

「くぅっ、これが若さか!」

「「「わはははは!」」」

「…………は?」




急に髭面の強面達が一斉に押し寄せてきたせいで圧倒され、何も喋れなかった俺と引き換え、ノエルは信頼しきった笑顔を崩す事もなく元気に交わっている。

と言うか一気に騒がしくなったな。



「ほらチェスター、あいさつは?」

「……どうもはじめまして、よろしくお願いします」



むしろ僅かとはいえ臆した俺とは逆に、一切物怖じしていない。

それにしてもなんでこいつが保護者ぶってるんだ。昨日俺に歯を磨かせ、寝かしつけられていた姿とは似ても似つかない。



「嬢チャンから色々聞いたがお前さん、その歳で魔法が使えるんだってな。てえしたもんだ」

「いやほんと。俺達なんか魔法の才能どころか学もねえから、棒きれ一本振りまわすだけが能なんだがな、ガハハハハ」



そう言って剣や槍を振るう仕草はやはりというか様になっていた。

むしろ、それを棒きれ一本と例えられる余裕が言葉の節々から感じられるし、こういう心に余裕があり、図太い人間というのは実戦に対して強いのだろうから、その言葉を額面通り受け取って侮ったりはしないが。



「にしても、いくら獣人つったってこの歳であれだけ動き回れる嬢チャンといい、お前さんの村はどうなってんだ?」

「たしかにな、ノエルちゃんのすばしっこさと勘はすげえもんがあった」

「えへへー」

「おいおい、それも確かにすげえが、それ以上にこの愛らしさは反則だろう。誰も本気で打ち込めねえ時点で、勝ち目がなかったしな」

「「「おおっ、確かに!」」」



どうやら俺がいない間に、こいつは人気者の地位を一瞬で築き上げてしまったらしい。

確かにここにいる連中にとってはちょうど娘くらいの年齢だし、無邪気な雰囲気や一生懸命な行動を見れば、応援したくなってしまうのも無理はない。だが、こいつは突如馬鹿な事を言いだして周囲を巻き込む困ったちゃん属性を兼ね備えた厄介者だ。

今はデレデレしている気持ち悪いオッサン連中も、俺がなにかしなくてもすぐにこいつの化けの皮が剥がれて目を覚ますだろう。

だが、その間だけでもこいつを引きうけてくれるなら俺としても助かるし、迷惑をこうむってしまえばいいさ。

今まで俺が味わってきた苦労を、しっかりと味わうがいい。



いや、と言うかそんな事どうでもよくて、とにかく今は昼食を味わいたい。

今日教わった事だが、体が資本という非常に賛同出来る考えを持つパウルの父親は、わざわざ家臣は無料で利用できる食堂を自前で用意するなど、福利厚生ばっちしな、この時代では考えられない好待遇なのだ。

当然食事の度に今日のメニューは何なのか期待するなと言う方が無理だし、実際、腹を空かせた状態でこんな食堂独特の良い匂いを前にして足止めされるなど、実にハイレベルな嫌がらせだろう。

なるほど、ここにいる奴ら全員、体育会系の馬鹿に見えて意外と知能派なのだろうか。訓練後であろう汗のすえた匂いでそれとなく食欲を失くさせるあたり、実に狡猾だ。

そうやって自分達の取り分を多くするつもりなのなら受けて立とう。

という事でいいから包囲を解け。そこをどけろ、と、俺がそう思っていると、同じように道を塞がれていたフェリスが一言。



「みなさん、どいて頂けますか?」



特別に大きな声を出したわけでもないそれは、しかし誰の耳にも届き、先程の喧騒が嘘のように静まり返った。

そして誰からともなく道を開け、大の男どもが少しでも目立たないようにとじっと縮こまっている。

この瞬間、俺は力関係を一瞬で悟った。

見ればあのノエルでさえ空気を読んだのか口を噤んでいる。



理知的で気が合いそうな俺の教官は、ふとした拍子に爆発させてしまえば危険な存在でもあるという事なのだろう。

兵士達からは、勝ち組であるはずの俺を羨むような視線だけでなく、どこか憐れむような視線を受ける。

まあそれも、コイツら馬鹿そうだから話が合わないだけだろう。

初めは柔和な印象を受けたが、授業中に無駄な話どころか冗談一つ言わないタイプなようだ。とは言え静寂を好む辺り気が合わないわけではなさそうだし、俺と上司であるフェリスはきっと良い関係を築けるだろう。






――などと思った俺は、どうやらとてつもない勘違いをしていたらしい





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バカと過ごす異世界転生物語 吉本ヒロ @hiro-yoshimoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ