#00.9 メタフィクション・パニッシャー
もしも、自分が漫画やアニメの主人公だったら?
そんな事を誰しも一度は思ったことがある夢の話だろう。
でも、大概の人の人生なんて物語の中ほど上手くはいっていない。
結局は馬鹿げた妄想で終わるものである。
真道歩駆も、その一人だ。
他の人間と違うのは、彼はその妄想を現実のモノとした事。
だが、大きすぎた夢を手に入れて払う対価は余りにも大きい。
素晴らしき非日常は少年をヒトならざるモノへと成長させる。
その先に待ち受けるものとは何か。
◇◆◇◆◇
突如として出現した宇宙空間の裂け目から、機械仕掛けの巨腕が伸びて《ゴーアルターアーク》を掴んだ。
裂け目の近くまで引き寄せられると、異空間の向こう側にいる謎の存在と目が合う。
「……っ」
何かを察知した歩駆は《ゴーアルター》を腕から脱出させて緊急上昇を行う。すると、裂け目の中から薙ぐよう光線が通り過ぎる。
身の毛も弥立つプレッシャーに歩駆は本能的に《敵》の正体を悟った。
「はん、イラつくぜ……こういう類いの実際に体験すると意味わかんねぇのな。何が神様だよ。超越した存在? 宇宙の果ての虚無? 唐突すぎるわ、伏線も現実感もねぇものに、そんなもの…………ものに、勝つか負けるかは…………」
「あーくん!! しっかりして!? 何をブツブツ言ってるの? 早く逃げなきゃ!」
恐ろしさで急に飛びそうなった意識を礼奈の声で我を取り戻す歩駆。
「デカイから強い訳じゃねーんだ!」
パワーを振り絞る《ゴーアルターアーク》の瞳が閃光、発射された二本の絡み合う光線が異空間の《敵》の双眸へ直撃した。それにより緩んだ手から《ゴーアルターアーク》はすかざず脱出する。
「二重の意味で目潰しだ!」
苦しむように《敵》は腕を震わせ異次元の中へと引っ込める。
「……知ったことかよ!? ゴーアルターの正体が何であろうも」
裂け目の左右に手を掛けた《敵》は広げようと力を込める。空間がガラスのようにひび割れていくのがわかった。
それを黙って見過ごすほど馬鹿な、歩駆ではない。
距離を取る《ゴーアルターアーク》は、すかさず左右の手に向けての〈フォトンレーザー〉を照射する。虹色に煌めく光の雨が《敵》の指を貫くも、力は尚も衰えない。
「なら、コイツでどうだぁぁぁぁーっ!!」
歩駆の高まったエネルギーを固めて投射する〈イレイザーノヴァ〉を異次元内の〈敵〉にぶつける。虹色の大爆発が裂け目から噴出する。
しかし、それが逆に広がっていく裂け目を更に大きくする事態になってしまい、遂に《敵》の上半身がこちら側へと露になった。
その姿はまさしく“神”や“仏”のような荘厳な出で立ちで、黄金に輝き後光を放っている異形のマシンだった。
「マシン? 機械仕掛けの神だと……ちっ、ふざけやがって」
大きさは見た目で一目瞭然。確認できる上半分だけでも《敵》は出鱈目な《ゴーアルターアーク》と比べて遥かに巨体だ。
背中から生えている四本の腕がゆったりと動くと、掌から目映い光線が放たれた。軌道が全く読めず直撃して《ゴーアルターアーク》は避ける間もなく強い衝撃が襲う。
「ぐぅっっ?! 礼奈、大丈夫か!?」
「う、うん……平気だよ」
再び《敵》は腕を掲げ、掌を光らせる。第二波が来るのを予見して今度は先にバリアを張り巡らせる《ゴーアルターアーク》だったが、閃光による衝撃は先程のものよりも強く感じだ。
「歩駆、どうにかアレを押し返せないの?!」
礼奈が不安げな表情で叫ぶ。
とにかく攻撃を食らわないよう《ゴーアルターアーク》は出鱈目な機動で《敵》の周囲を移動しながら考える歩駆。
心の奥底では《ゴーアルターアーク》と言うシン化した最強無敵のスーパーロボットに相応しい敵が現れるのを待ち望んでいたのかもしれない。
結局はそれも自分の都合のいい“適度な強さ”を求めていたに過ぎなかった。
目の前に何の伏線もなく唐突に出現をした正体不明、謎の存在を前にしては無力である。
やりようのない歩駆を絶望が襲う。
「……わからん。だけど、やるならこれしかない……」
だが、その絶望は自分一人だけで受け止める。
これは賭けだ。
「……え、何? これ…………離れてるよ!?」
何かが外れた音と共に《ゴーアルターアーク》の背中から離れていく光景に礼奈は驚く。
「すまない、ジェットフリューゲルを分離させた……俺は行かなきゃいけない」
「どういうこと? ちゃんと説明して、意味わかんないよっ?!」
「…………俺は、必ず帰るからさ」
困惑する礼奈とは裏腹に一人、決意する歩駆は複雑な笑みを見せる。
あらゆる手段を考えた結果、これしかないと腹を括る。
「ノアGアークの切り札だ」
コンソールに表示される最終安全装置を解除。発射スイッチを拳で叩きつけるように押す。
胸部装甲が解放され一発の弾頭、最後の〈オメガ・グラビティミサイル〉が歩駆の希望を乗せて《敵》に向かって直進する。
着弾。
漆黒の宇宙に怪しい光を放つ極大の超重力の暗黒空間、ブラックホールが《敵》を裂け目ごと飲み込む。周りの浮遊するデブリやSVの残骸なども巻き込みながら更に広がっていった。
「……ゴーアルター、イマジナリィブレイク……」
歩駆は礼奈の《ジェットフリューゲル》が〈オメガ・グラビティミサイル〉の余波に巻き込まれないように地球の方へと押し出す。振り返る《ゴーアルターアーク》は超重力空間へ飛び込んだ。
その光景を黙って見ているなど出来なかった礼奈が周りを探すも、《ジェットフリューゲル》の座席に操縦桿はない。
背後に地球が迫るほど歩駆との距離が離れていく。
礼奈は必死に叫んだ。
「私、不老不死になんてならないからね。絶対コレ降りるよ。だから年取ってフケちゃうんだから。そんな百歳も生きてないから。それに、歩駆の知らない他の人を好きになるかもしれないんだから……だから、それが嫌だったら早く帰ってきなさいよ? じゃないと許さないからね、あーくん…………あぁぁぁくぅぅぅぅぅぅーんっっ!!」
それが渚礼奈が真道歩駆と交わした最後の言葉だった。
突入した《ゴーアルターアーク》を中心に、肥大化する〈グラビティミサイル〉の超重力空間が反転する。
歪む空間は一瞬にして元の宇宙空間に戻り、何もなかったかのように静寂さを取り戻した。
◆◇◆◇◆
それから長い月日が流れる。
◆◇◆◇◆
西暦2067年。
季節は春。
真芯市の郊外にある庭付きの小さな一戸建ての古い一軒家。
「れーちゃん!」
庭を元気に走り回る少女が縁側に座る女性へと駆け寄った。
その女性は五十歳前だというのに十代のような外見でシワの一つなく相当、と言うか若過ぎるぐらいである。
彼女の名前は渚礼奈。
「マモリ」
「れーちゃぁん!!」
少女、シンドウ・マモリは礼奈の胸に抱き付く。
どうしてマモリは礼奈をアダ名で読んでいるのかと言うと「おばさん」と呼ばれるのが嫌で嫌なのだ。
マモリと礼奈に血の繋がりは無い、赤の他人だ。
このシンドウ・マモリもシンドウ・アルクの子であって真道歩駆の子ではない。
だが、礼奈がマモリと暮らし始めて十年近い。自分の娘のように愛情を注いで育てていた。
ピンポーン、と家のチャイムが鳴り響く。
「こちらにいるんでどうぞー!」
礼奈が庭に招き入れる。
少し迷って客人は家の横手に回る。
「……ヤマダさん?」
ゆっくりと庭を覗いている男を見て礼奈が呟いた。
ヴィンテージ物なジャンパーを羽織っている、その男の左目には縦に大きな傷があった。年齢は三十歳手前ぐらいだろうか、風簿はとても堅気の人間には見えない異様な雰囲気がある。
「ヤマダ? 誰だそれは。俺の名は……」
「鎧(ガイ)!」
突然、大声を上げてマモリを指差し男、鎧は驚いた。
「何で知ってる……まぁ、良いか。取り合えずコレ土産だ、チミッコはこれでも食ってろ」
「ワーイ!」
鎧が持参したデパートの紙袋の中にあるクッキーの缶だけを奪い取るようにしてマモリは家に入っていった。
「ちゃんとありがとうって言いなさい?!」
「アリガットゥーっ!!」
「…………元気な奴だ」
「それで、鎧さん。私に何のご用でしょうか?」
「ん、あぁそうだったな。聞きたいことがあって今日は来たんだよ」
鎧は懐から一枚の写真を礼奈に差し出した。
学生服を着た高校生ぐらいの年齢の少年が写っている証明書用写真だ。
「この少年について知っているだろう?」
「……あ」
礼奈が声を漏らす。
この顔を最後に見たのは何年ぶりだろうか。
昔の写真は押し入れに閉まったまま、偶にイタズラでマモリが引っ張り出して来たときも、一切見ずに即戻すぐらいなのだ。
「あぁ…………ぅ、ある……く…………ぅぅっ」
視界が涙でぼやける。
思い出さないように、忘れようとしていたのに、あの時のことや幼い頃にあった出来事が脳裏にフラッシュバックする。
「すまない」
鎧が謝る。
「…………あっ……ご、ごめんなさいね。歳を取ると涙脆くて」
「聞いていた話より、とても若く見えるぜ。その見た目で半世紀とか不老不死とかなんじゃねーか?」
「うん、少しね」
袖で涙を拭い笑って誤魔化す礼奈。
「あながち嘘じゃないらしいな」
「そんな馬鹿な……ただの冗談かもよ?」
「俺は相手の心が読める。そして、この少年がもういないことも」
「いいえ、彼は生きているわ」
礼奈は写真の少年の頭を愛おしそうに撫でる。
「わかるの、まだ胸の奥で繋がっている。きっと何処かで道草しているだけなのよ。私は彼が帰るのを待つわ……ずっと」
例え何年も掛かろうとも礼奈は信じたいのだ。
そうしなければ彼が自分を犠牲にしてまで守ってくれた行為が報われない。
「待つか…………真(まこと)……俺も、大切な人が今も眠っている。もう十年は経つ」
「貴方も大変ね」
「だからだ、俺には真道歩駆と《ゴーアルター》だけが最後の希望だったんだ! やっと辿り着いたというのに、これからどうすればいいんだ!?」
声を荒げる鎧。すると、家の奥からマモリが大慌てで駆け出し、鎧の顔面に向かって飛び蹴りをお見舞いした。
「れーちゃんをいじめるなっ!!」
倒れはしなかったが軽く仰け反る鎧。振り返りマモリは礼奈の頭を撫でる。
「よしよし」
「大丈夫だよマモリ。何も苛められてないから」
「ウソ! 目が赤いよ……待っててね?!」
再び家の中に入っていったマモリ。奥でガタガタと物音を立てながら数十秒後、身体中、埃まみれのマモリは横長の小さなケースを持って現れた。
「じっとしてて」
ケースを開けて中の物を礼奈の顔に掛けた。
額を擦りながら痛みを堪える鎧は礼奈を見て目を見開く。
「これは……?!」
「目が悪いときはコレ付けるだよ」
マモリが持ってきた古びた赤い縁の眼鏡だった。蔓には渚礼奈のイニシャル“RN”と刻まれている。
「…………いきなり叫んですまない、俺は帰る。その写真はやるよ……じゃあな」
深々と頭を下げて鎧は複雑な表情を浮かべて去っていった。
その後ろ姿に向かってマモリは舌を出し、地面の砂を鎧の背中に向けて蹴り飛ばした。
「おとといきやがれ! うん? 来ちゃダメじゃん、おとといきやがるな!」
「……」
礼奈は鎧から受け取った写真をまじまじと見詰めた。
もう度は合っていない眼鏡であるが、写っている少年の顔がはっきりと思い出せる。
「……あーくん……」
◆◇◆◇◆
その年も、そのまた次の年も礼奈は待ち続けた。
真道歩駆。
未だ、帰還せず。
◆
物語は次の
人装神器ゴーアルター 靖乃椎子 @yasnos
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