#00.8 エンゲージ

 明転。

 スクリーンに投影された映像が消え、小さな会議室も徐々に明るくなった所でヤマダ・アラシが壇上に立ち、軽く咳払いをした。


「……と、まぁ今回の地球観察記録こういう感じに纏めてみたのだァ。まさかジェットフリューゲルがこういう形で活躍するとはッ!」

 全然悔しそうには見えないヤマダをスルーして、机に置かれた映写機の隣で退屈そうに座っているは嫁の虹浦アイル。


 ここは地球と月の中間にある岩石とSVや宇宙船の残骸が漂うデブリ帯。その中にあるのデブリの一つに偽装されたヤマダの秘密基地である。


「この天才の先見の明は素晴らしい事この上ない……少年は、この天才に感謝してほしいもんだなァ!」

 いつもながら偉そうなヤマダの態度に、アイルは毎度の事で呆れを通り越し何も感じなくなるレベルに達していた。

 長い長い宇宙生活、天才博士と名乗るヤマダだったが手持ちの物資が少なくこれといってSVの開発や製作もしないで悠々自適に過ごしている。

 最近はストレスで愚痴も多くなりストレス発散と称して地球観察記録などという講義を定期的に開いている。

 もちろん聞き役はアイル一人だけで誰一人来ないし呼ぶつもりもない。


「ウダウダとやらない言い訳ばかりを呟いてないで熱くなれよ! 世の中の暗い話やニュースなんて誰が見て面白いんだっつーのよ? 戦わなくっちゃァ! 現実とさァ!! 何が異世界召喚だァ、何とかに転生だァ! そんな非現実的な夢の方をばかりを見てないで、リアルワールドから目を背けんなァ! 前を見ろ! 明日を見よ! 進め! 歩け! 駆けろァ!」

 ヒートアップするヤマダ。

 それは誰に向けての怒りなのか、とツッコムとめんどくさいのでそこは聞き流すアイル。


「ねぇねぇアークン」

「何だい機械嫁よ!」

 その呼び方にカチンと来たアイルは、机に転がっていた油性ペンをヤマダの額に目掛けて投げる。ヤマダは大袈裟にリアクションをして床へ派手に倒れた。


「はぁ……いい加減に疲れない、そういうの」

 と深い溜め息を吐くアイル自信も疲れる。ありがたいのか、ありがたくないのか、人間同様の機能を持つ高性能なアンドロイドが故の悩みである。


「イテテ……あのね、皆に警鐘を鳴らしているの! この天才は世界の未来を憂う者なり!」

「押し付けはよくないと思うよ。人それぞれ、多種多様、森羅万象、皆違って皆いいんだよ」

「そういうの嫌いッ!! 全面的にこの天才が正しいのだァ!」

 床に寝転がるヤマダは子供のように駄々を捏ねる。アイルは側に近付き、冷やかなで鋭い視線を浴びせる。


「………………はいはい、この天才が悪うございやしたァ」

「わかればよろしい」

 アイルの勝利。だが、めげないヤマダはヨロヨロと体をふらつかせて再び壇上に立った。


「この天才、本来は存在しないイレギュラーであるからして無駄に目立ってはいけないのさァ」

「今更感あるわね。目立ちまくりだから」

「神的であるが神じゃない。それゆえに妬まれる事、山のごとし!」

 ただのボッチがむなしい虚勢張りをしているだけにしか聞こえないが、アイルは言うのを黙ってヤマダの言葉を聞く。


「夢+努力=現実。夢だけデカくても努力が足んなきゃ現実は厳しい。だが! この天才はそれができる! 何故、出来るのか……天才だからさァ! そこに理由は要らねェんだよッ! 出来るから出来る! だから天才!」

「はいはい、都合のいいやつね。でもさぁ、それが流出してるのは如何なものかと思うわ」

 アイルは投影機から画像をスクリーンに映し出す。

 六つの角が生えた手足の無い奇妙なマシン、SVの設計図だった。


「もしかして《ドラゴンヘッド》の事か? ありゃブライオンの試作機(プロトタイプ)だ。《ゴーアルター》の兄弟分ではあるのだが、パワーを追求し過ぎてて欠陥も多いクソ雑魚。はっきしいってツマンナカッコワルイぜッ!」

「自分で作っておいて、よくそこまで言えるわね」

「天才の特技はディスりと荒らしだァ!」

 胸張って言うことでは無かった。

 アイルもいい加減に夫婦漫才でツッコむ気力も湧いてこない。


「だがしかし、愚者に知恵を分け与えるのも天才の役目。アレが誰の役に立っているのならば光栄なことはない。見届けよう、物語の行く末をさァ」

「元凶が何を言ってるのよ」

「…………元凶? さぁ、それはどうかなァ?」

 地球と月の狭間でヤマダの不気味な高笑いが宇宙に木霊した、ような気がする。



 ◆◇◆◇◆



 歩駆と礼奈は雲一つない晴天の空を眺めていた。

 礼奈にかかった不死の病は、緩やかに回復の兆しを見せているが完治するまでには至らない。

 ずっと《ゴーアルターアーク》の背部ユニット、《ジェットフリューゲル》の狭いコクピットを病室扱いにして外へ出ることができない礼奈の為に時々、機体を動かして織田龍馬の私有地である山にハイキングへと出掛けていた。

 トヨトミインダストリーの宿舎に寝泊まりする歩駆は朝早くに起きて弁当を作る。中のオカズがあまりに茶色ばかりなのを礼奈に指摘され、織田竜華にアドバイスを貰いながら試作を繰り返すこと五度目の昼食タイム。

 山頂、かつて戦時に開発された巨大SVの《ダイザンゴウ》が封印されていた山だ。

 歩駆は《ゴーアルターアーク》を前傾の姿勢で座らせると、礼奈が乗る《ジェットフリューゲル》のハッチを上げられる限界まで開ける。装甲の庇で丁度良くできた影に身を寄せながら二人は手作り弁当を食べた。


「うん……うん、良いんじゃないかな。彩りも良いし味付けも中々、お肉ばっかじゃなくて野菜とのバランスもいい。合格かな」

「そ、そうか?! おしっ、やっとお墨付きが貰えたぜ」

 ガッツポーズをして喜ぶ歩駆。自分も早速、作ったミニハンバーグを口に頬る。特製ソースがよく肉に絡んで美味しかった。


「最近すっかり暑くなってきたね。この中は快適なんだけど、やっぱりこっから出で自由になりたい」

 礼奈は少しだけ身を乗り出す。

 機体から出た部分にピリピリと不快な刺激、何も触れていないのに肌が切れて血が滲む箇所があった。これ以上、体を出せばまた肉体の破壊と再生が始まってしまうので元の座席に戻る礼奈。すると身体のピリピリは無くなり、切り傷は何事も無かったかのように治癒した。


「あんまりゴーアルターを格納庫の外に置いておけないからな。宇宙は嫌だろ?」

「当たり前でしょ。寂しくて死んじゃうわ」

 ぼけっと鮭おにぎりを頬張る歩駆の額に礼奈はデコピンをする。


「いつまでこんなのかなぁ……今年中? 来年? いっそ我慢して降りちゃうのもいいかも」

「それやってぶっ倒れただろ? ちゃんと治るまでゴーアルターに居ろ」

「だって別にロボット興味ないもの。しかも後頭部しか見れないから退屈よもう。別に携帯ゲームも好きじゃないし、狭すぎて本も数冊しか置けないし」

 礼奈が座るシートの隙間には文庫サイズの本が縁に沿って敷き詰められていた。一日三冊ペースで読み進めるその本の内容は推理物やファンタジー物、雑学やハウツーまでジャンルは様々である。


「私のことより、あーくんだよ」

「俺のこと?」

「ちゃんとやれてるの、テストパイロットの仕事」

「当たり前だろ、もちろんだとも」

 自分の見舞いをするだけの毎日を送っているではいけない、と礼奈が竜華に頼み込んで歩駆をトヨトミインダストリーで働かせてもらっている。


「良いでしょ新しいロボットに乗れてあーくんは嬉しいでしょ?」

「ん……うん、まぁ……そうだな」

 返事をする歩駆の表情はちっとも嬉しそうではなかった。


「嬉しい気はするんだ。そのはずだけど……何か違う気がするんだ。あの日、冥王星から帰ってきて俺は必ず礼奈を守るって決めたんだ。それが俺の使命だと思うんだけど、それは俺が俺個人として生きる目標じゃないし、なんつーかな上手く説明できない」

「そんなこと考えなくていいんじゃないかな?」

 鶴の一声。礼奈は水筒のお茶をコップに注いで一口すする。


「誰もが漫画のヒーローみたいに人生を過ごしてるわけじゃないんから……私を守る、とかってもなんかねぇ。どっちかって言うと私があーくんのおもりをしてるというか、あと同じ話を割りと何回もするよね」

 無茶苦茶な言われように驚く歩駆の開いた口が塞がらない。


「冗談だって、半分は」

 けらけらと笑う礼奈。野鳥たちもさえずっていた。


「でも俺は、こんな不老不死だし……礼奈だってこのままだと」

「不公平だよねぇ。あーくんは高校生、私は三十路前の姿でストップとか嫌だなぁ。ずっとどうせならもっと若くありたい」

「それは……きっと治るさ! 礼奈に俺のような苦しい思いはさせない」

「けど治ったら治ったで、今度は私だけおばあちゃんになって先に死んじゃうんだよね」

「…………」

 どちらにしても礼奈にとっても、歩駆にとっても不幸な事だ。

 しかし、どちらにしても二人一緒に居られる、一緒に居たいという事なのだ。それだけは互いにわかっている。


「……礼奈……」

「なに……?」

「………………礼奈、結婚してくれ」

「……あーくん……」

 しばし見つ合う二人。永遠にも似た時間が訪れる


「礼奈……」

「……………………い」


 その時だった。


 雷の様な目映い閃光と轟音が、雲なき青空より降り注ぐ。光は一瞬にして山肌を大きく削り取り、融解する地表が土砂崩れを引き起こした。


「礼奈、ゴーアルターを出すぞ! ハッチを閉めるからな?!」

「う、うん」

 一世一代のプロポーズを邪魔され歩駆は頭に来てきた。立ち上がる《ゴーアルターアーク》は天空を忌々しく睨む。感じられる敵意はもっと上、大気圏を越えた先に居るようだった。

 真紅の翼を広げて《ゴーアルターアーク》が跳躍する。眼下にそびえる山の大地は見る見る内に小さくなり、歩駆達は宇宙に出た。


「何処だ? 何者だ? イミテイターでも、あのバイパーレッグでもない。じゃあ何なんだよ?!」

 360度、くるりと辺りを見渡すも姿は見えない。

 静寂。なのに何処からか見れている異様な恐怖感が歩駆に襲いかかる。


「隠れてないで出てこい」

「あーくん、前……前っ!?」

 叫ぶ礼奈。

 突如、何もない宇宙空間にガラスを割ったかのようなヒビ割れが現れ、その中から巨大な二つの手が出現する。


「な……何なんだ、コイツは?!」

 それが、歩駆と《ゴーアルターアーク》の新たなる戦いの幕開けであった。

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