#00.7 シンドウ・マモリと竜頭蛇足
──あるくは、すごいんだ。
──あるくは、かっこいいんだ。
──あるくは、ひーろーなんだ。
──あるくは、ぼくがすき。
──あるくは、あるくは、あるくは、あるくはあるくはあるくはあるくはあるくはあるくはあるくはあるくはあるくはあるくはあるくはあるくは。
機械的に繰り返される台詞。
何時間。
何日。
何ヵ月。
何年。
永遠に繰り返される学園祭前夜には、すでに主役は存在していない。
いつか彼が舞台に上がってくれるのを信じて、マモルは今日もヒロインを演じ続ける。
◆◇◆◇◆
母マモルは娘マモリのことなど眼中には無かった。
所詮は自分が父アルクの気を引くために生んだにすぎない道具なんだ、と気づくまでに、そう時間は掛からなかった。
マモリが終わりの見えないループ世界の住民Aも、眺めているだけの観客役もいい加減に嫌気が差していたある日のこと。
模造の町の地下に朽ち果てていた《白き機械女神》を発見する。
特に誰からも止められることはないので、マンネリの牢獄たる冥王星から一人で逃げてきたのが始まり。
目的は本物のシンドウ・アルクを一目見ることだ。
「でも……あれは父さんじゃない。なら私は誰の……このゴーアルターは?」
マモリはコクピットの中で丸まり自問自答する。
──同じ名前は不便だよね君も。ごめんね、私がちゃんとした名を授けてあげるよ……そうだな、何かアイデアは…………アイデア。
これは、ただの戯れだ。
時間潰しの暇潰しでしかないけれど、そうでもしないと寂しさで押し物されそうなのである。
──アイデア……イデア……ゴー……イデア…………ゴーイデア……と言うのはどうかな? 少しダサいかな?
昔のことを思い出す。自分でもこんな状況で呑気だ、とマモリは思う。
マモリが今いる、ここは夢の島。
日本海に位置する、またの名を破棄されてしまったSVの山で作られた墓場。
「名前、か。名を貰うと言う行為ほど崇高なモノはない。それは上位者にとっての特権だからな」
「そういう堅苦しい物言いは嫌いですよ…………貴方が敵の“蛇”ですね?」
マモリと《ゴーイデア》は高く積まれた残骸に置かれたソファに座る奇妙な男へ向けて指を差す。
「真道歩駆、さんは女の人に構ってて気づかなかったみたいですけど私にはわかりました。同じモノを感じます……とても気持ちの悪い、何もないのにそこにある」
「そうか……私以外にもいるんだな。イミテイターから産み出されてしまった存在が」
爬虫類のような相貌をした奇妙な男、世間を騒がすテロリスト“バイパーレッグ”のボス。通称、ジャビは嬉しそうに微笑む。
「神……と言う表現は好きではない。所謂、創造主が産み出したイミテイト。何者にもなれず、何者にもなれる模造品(イミテイト)」
「私は誰かの真似じゃない」
「そう、そうなんだ。彼等が不可能だったこと、繁殖能力と言うモノが無かった。不死だからね、不死身では無いが……その必要が無かった。観察が出来ても観念的にしか見れないので本質が理解できない。だから上っ面の模造者(イミテイター)。でも、その中にも少なからず居たんだよ。本物のヒトになりたいマガイモノが」
「母さんはマガイモノなんかじゃない!」
ジャビが足でソファを退かす。そこに隠していた隙間に飛び込むと、残骸の大地が大きく揺れ始める。
「なら私達は何なのだろう、と考える。ヒトの子か? バケモノの子か? この遺伝子は百パーセント純粋な元のヒト由来のモノ? 遺伝子組換えは行われていないか? 考えると夜も眠れない日が続く」
山の噴火のように残骸が飛び散り、中から謎の黒い塊が姿を現す。その中心部に輝く二つ瞳が淡く光が灯された。
「SVモドキのイミテーションデウスで乗り込んで来たんだ。こちらもSVを用意したっていいだろうに?」
ジャビの搭乗したこの黒きSVには手足が付いていなかった。上半身、頭部と胸部のみで空中に浮遊している漆黒の奇妙なマシンである。
「むしろ、そうしてくれた方がありがたいです」
「この機体は《ドラゴンヘッド》と言う。蛇足の竜頭蛇尾とは良いネーミングだとは思わんかね? 全部私が考えた、この麻疹は造ってはいないがな」
「さっきから饒舌ですね。本当にあのテロリストを率いていたリーダーなんです?」
「君には私の心が見えるかい?」
低い唸り声のような音を出して《ドラゴンヘッド》の目から光線が放たれ《ゴーイデア》を襲う。直撃を食らって数十メートル後方へと色んな巻き込みながら吹き飛んでいった。
「私には君がわかる。イミテイトのテレパシー能力は失われ、双方向では無くなったが相手を感知することは出来た」
残骸まみれになった身体を起き上がらせ《ゴーイデア》も反撃の為に駆け出す。
「…………やっぱり……貴方のこと全くわかりません。考えてることが口にすぐ出してるだけって感じもしますけど……空っぽです。何なんですか貴方は?」
「簡単なこと、私の心は至高次元にある。それを君が捉えることなど不可能であるのさ。身体という器は重要じゃない」
今度は連続的に発射される光の弾幕を《ゴーイデア》は左右に避けつつ距離を詰め、左手に力を込めて握り締めた。
「そういう胡散臭い物言いに惑わされません!」
「事実だ。現に君のイミテーションデウスが元にしているゴーアルターと呼ばれたマシンこそ至高次元その物だからな」
「余計に意味がわからないから!」
大きく跳躍して《ドラゴンヘッド》に向かい、拳を思いきり振りかぶって殴る《ゴーイデア》だったが、頭部で受け止めた《ドラゴンヘッド》にかすり傷一つ負わせられてない。
「強い……!」
「この機体は未完成だが君と戦うには十分なようだ。さすがは開発凍結されたヴァニシングSV」
再び光線を撃つ《ドラゴンヘッド》だが、とっさに《ゴーイデア》は距離を取り物陰へと待避する。ジャビは《ドラゴンヘッド》のコクピットの中で一人スタンディングオベーションをする。
「貴方の本当の目的はなんですか?!」
「私の仲間達……私に賛同してくれた者達が孤高に掲げているハズだ。偽りの正義に鉄槌を、と。この星に蔓延る模造者たちを駆逐する」
全身に炎を纏わせて《ドラゴンヘッド》は上昇する。覆っている火炎は四方に伸びて四肢の代わりとなって変化した。
その間にもマモリの《ゴーイデア》はフォトンビームを撃って攻撃するも黒炎の魔神となった《ドラゴンヘッド》はびくともせず、地面を焼き付くしながらゆっくりと歩む。残骸SVの中に残された僅かな燃料が爆発するが意図も介さない。
「人類の導き手となりたい。次のステージへと行くために……ハハハ」
じりじりと迫る《ドラゴンヘッド》に《ゴーイデア》は後ずさる。高笑いするジャビだったが、その進撃も直ぐに終わりを告げた。
「…………何だ? どうした……何故、動かない?」
突然、《ドラゴンヘッド》の纏う炎は段々と小さくなり勢いが衰えていく。完全に消えたところで《ドラゴンヘッド》は地面に落下する。
「それが限界のようだな」
マモリとは違う少女の声が響く。突っ伏す《ドラゴンヘッド》の目の前に巫女服の少女が立っていた。
「……お前は、たしか先見隊のイミテイトの一人か? 百数年早く来訪したからと賢者気取りの者たちが何をしにここへ」
「捨てる神あれば拾う神あり。人の縄張りで怪しいことをしているのはそっちだろう…………一段と騒がしいから来てみただけだ」
巫女少女はこの島の管理人ではない。背負った布袋には拾った新品同様の部品が詰め込まれている。
「まぁ、そこの少女と同じだよ。ざわざわするんだ……特にそこの機械人形から、気持ちの悪い気を…………何人の魂が封じ込められてる?」
微動だも出来ない横倒し状態な《ドラゴンヘッド》の胸部を鉄の棒で突く巫女少女。
「は…………ははは。そうだ、わかるかい。バイパーレッグの同士達の意思が詰まっている。肉体は各地で私の為に働いてるはずだよ……だが、所詮は寄せ集めに過ぎなかったか。数が足りないのか、魂の質が悪いのか……」
「SVを動かすために人を利用したなんて酷い……そんなの人のやることじゃないっ!」
「君のイミテーションデウスだって同じようなモノだろ」
「だが、動けんようだぞ? どうするんだお前は」
「言ったんだ、身体は重要じゃないと」
ジャビは緊急プログラムを入力すると服の襟元を緩めて脱力した。コクピットをアラート音が響く。
「自爆する。私が死しても私の意思は残る。同士達は私の願いを叶えてくれるだろう。時間は掛かっても良い、必ずやってくれるさ」
「そんなの逃げだよ!? ちゃんと罪を償って、死んだ人達に謝って!」
「志半ばで散ったっていい……私の存在が、蛇足だからな…………」
轟音、閃光、衝撃。
マモリが気づいたときには、夢の島は黒煙を立ち上らせ崩壊していった。
黙って空から見下ろす《ゴーイデア》のマモリは複雑な心境である。
ヒーローの真似事をして悪の首領は消え去ったものの、全て解決して『めでたし、めでたし』とはいかなかった。
「…………すまないな少女。あっちに船がある、そこで下ろしてくれ」
爆発に巻き込まれボロボロの《ゴーイデア》の掌には巫女少女が握られていた。《ドラゴン》の間近にいた彼女を怪我させることなく救えてマモリはほっとする。
「ねぇ、お婆ちゃん」
「目が腐っているのか?」
「人を生き返らせるって…………いけないことかな?」
「それが悪党でも決めるのはお前さんだ」
沖に流されていた小舟に巫女少女を下ろして別れると、マモリは《ゴーイデア》で煙を掻き分けながら爆心地に降り立つ。
「ゴーイデア……お願い。母さんに聞いた通りなら、直ぐにやれば必ず……」
あれだけの大爆発を引き起こしたにも関わらず《ドラゴンヘッド》は装甲に欠けやヒビが入っているものの、ほとんど形を残したままバラバラになって散乱しているだけであった。
コクピットブロックを拾うとハッチが半開きになっていて内部が焼け爛れていた。マモリは目を反らしそうになるが《ゴーイデア》は優しく胸に抱く。すると《ゴーイデア》の手から放たれる淡い光はコクピットブロックを包み込む。しばらくしてコクピットのハッチを開けると中には綺麗な姿のジャビが焼けたシートに座っていた。
「そんな……」
機体から降りたマモリはジャビの身体を確かめる。目は微かに開いており心臓の鼓動こそ聞こえているが、揺らせど叩けど反応は無かった。
「…………私、何しに来たんだろ……本当に」
灰色の空を呆然と見上げてマモリはため息を吐く。
冥王星に帰ろう。お土産物をたくさん持ち帰って、あったこと喋って母を振り向かせてやる、とマモリは決意した。
その時だった。
マモリの身体が《ゴーイデア》から離れて宙を舞う。
胸から真っ赤な鮮血を散らせて底の見えない残骸の谷へ落下しいった。
「見事な腕前ですな。流石は元フェアリー」
波で揺れる船上から正確に標的を仕留めた狙撃手(スナイパー)を男は拍手で賞賛する。
「地球外事件対策室、室長殿の情報があってこそです。これで侵略者が駆逐できた」
「……外道どもめ」
縄で縛られた巫女少女が男と狙撃手を睨む。
「アイツは私を助けてくれた命の恩人だ! それを貴様らというヤツは」
言葉を吐く前に狙撃手は巫女少女の眉間へ拳銃を押し当て引き金を引くと直ぐに静かになった。拳銃が握られた手には飛び散った巫女少女の血が着いた。
「私はもう後には戻れない。人を照らす月じゃなく闇に生きる影になっても地球を守る。伽藍室長、こらからも力を貸してくれますよね?」
「あぁ、協力は惜しまないよ。人類を守るため、一緒に戦おうじゃないか……月影瑠璃さん」
その男、伽藍童馬は返り血を浴びた瑠璃の手と固く握手を交わした。
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