#00.6 絶対に死ねない不死身の体

 町に現れた敵は《ゴーアルター》によって全て消滅したが、破壊された建物や襲われた人たちが元に戻るわけでもなく、被害は甚大であった。

 度重なる戦闘にも負けず復興を目指し作業を続けていた者たちも、今回ばかりは心を折られてしまい町を去る者が多く、残された者たちは決断を迫られた。

 再建は続行か、それとも復興は永久凍結か。


 その中で中心となり動いていたのはSVメーカーであるトヨトミインダストリーの社長である織田龍馬だった。

 諦める者が後を断たない復興チームで彼だけは諦めていなかった。

 そんな彼の会社もテロ組織“蛇足(バイパーレッグ)”の攻撃を受けてしまい、今は建物の再建築に大忙しであった。

 慌ただしく作業用SVが右往左往しているトヨトミインダストリーの敷地に《ゴーアルターアーク》が降り立つ。


「歩駆様、一体どうしたんですの?」

 接近にいち早く気付いて龍馬の妹である織田竜華。

 初めて会った時は気の強いお嬢様だった彼女も、兄と一緒に会社を支える大人の雰囲気を醸し出す美しい女性になっていた。


「助けてくれ!! 礼奈が……礼奈がッ!!」

 コクピットから飛びる歩駆が抱き抱えているのは全身が傷だらけで血塗れの意識を失っている渚礼奈だ。歩駆の手や学ランは赤黒く染まり、地面に礼奈の血液がポタポタと滴り落ちる。


「わ……わかりました! さぁ早くこちらへ…………私ですわ。至急、担架を用意してくださいまし。それと医療室の準備を、急いで!」

 竜華が何処かへ電話して五分後、トヨトミの医療スタッフが車で駆け付け礼奈を運んでいった。


 そして、夜。

 状況は良くならなかった。


「治らないって、どう言うことだよ!?」

 トヨトミインダストリーの敷地内にある医療施設。礼奈の手術は終わったが未だ入室禁止にされている部屋の前で、歩駆は叫び龍馬の服の襟を掴んで詰め寄る。


「待て待て……少し落ち着きなさい歩駆君」

「これが落ち着いていられるかよっ!!」

 四十代となり多少恰幅のよくなった龍馬は必死になだめようとするも、歩駆の行き場の無い怒りは収まらない。


「医師が言うには、彼女の細胞が破壊と再生を繰り返しているそうだ。肉体の崩壊と同時に超スピードで傷を治癒している……手術ではどうしようもない」

「……なんだよ、それ?! ここの医者が出来ないだけじゃないのか!?」

「国内でもトップクラスの医師がウチには揃っている。それと、彼女の血液から君のDNAが検出された。恐らくコレが原因だろう」

「俺の……DNAだって?」

 歩駆には心当たりがあった。だが、まさか奴等が蛇足(バイパーレッグ)絡みであるとは夢にも思わなかった。

 そうでなくても途中で彼等が邪な考えを持つ連中であることは承知で付き合っていたのだから、これは自業自得であると他ならない。

 礼奈のために自分の身を売ってまでしていたことが仇となって帰ってきてしまった。

 掴む龍馬の服を離して歩駆は膝から崩れ落ちた。


「……アレが真道歩駆? 普通の高校生にしか見えないけど」

 端から見ていた織田大河が、ヒソヒソと妹の竜華に耳打ちする。


「えぇ……あの頃の姿のままですわ。ちっとも変わらない」

「でも彼、彼女がいるみたいよ? と言うか彼女しか見えてなくて」

「…………一途なんですわ。そこがとても好きなんですのよ……」

「ふーん、強い力を持つには危ない子ね。あの《ゴーアルターアーク》とか言うの…………そう言えばマモリちゃんはいないのかしら?」

 敵の攻撃から会社を防衛するのに手一杯で謎の少女・マモリのことを忘れていた。


「色々と聞きたいことがあったけど、しょうがないか」

 無事でいること信じて大河は心の中で祈る。


「……お取り込みで悪いけど、ちょっといいかしら?」

 病室前の四人のところに黒いスーツとサングラスを掛けた女性が現れた。


「つ、月影殿?」

 声を上げる龍馬。その黒いロングコートにサングラスを掛けた女性は月影瑠璃であった。


「月影殿!? 今まで何処に行っていたんですか? 何年も行方知れずで心配したんですよ?!」

 龍馬が人伝に聞いたのは『ヤマダ・アラシの真実を暴く』と言うことである。それは歩駆失踪よりも前の話だった。


「挨拶は後よ。それよりも礼奈さんのことね」

 瑠璃は項垂れる歩駆に立つ。


「彼女が苦しんでいるのは君が原因よ」

「それは……何となくわかっている」

「月の研究所で君の細胞から作られた不老不死の秘薬は失敗作だった。本来なら投与したところで何も効力を発揮しない」

 数ヵ月間に及ぶ飼い殺しの中で大人たちが段々イラついた様子を見せるのに、歩駆はおおよその検討はついていた。


「聞いたことはある……なら何で?」

「君の意思が働きかけることによって秘薬は肉体の再生力を異常に発揮させてしまい、無理矢理に身体を正常化させようとしている。だけど、失敗作の薬を投与されたせいで再生力のリバウンドを起こしてしまった……まぁ推測なんだけどね」

「じゃあ俺が礼奈が助かって欲しい思うほどアイツは苦しむのか? そんなの、どうしたらいい?!」

「再生の元を断てば……試しに使う?」

 懐から瑠璃が取り出した拳銃を歩駆は迷うことなく貰い受け、心臓へと宛がい引き金を引いた。


「止めないか歩駆君っ?! 命を粗末にするんじゃない!!」

 廊下に鳴り響く数発の銃声。歩駆と瑠璃の突然な行動に驚いた龍馬は拳銃を取り上げる。


「あ……歩駆、様……?」

 竜華は口に震える手を押し当てて悲鳴の声を圧し殺した。


「……命? ……は……はは」

 歩駆の胸に撃たれて赤に染まった弾丸が床にカラン、と転がり落ちる。

 まるで手品でも披露したかのような表情で歩駆は笑みを浮かべた。


「ふふふ…………あははははは…………こんな、死ねない身体の俺に命なんてあるんですか? こうなるって知ってたけどね? 気持ち悪いでしょ、もう何とも思わない」

 渇いた笑い声を上げる歩駆の目には涙が溢れていた。


「策なら有る」

 瑠璃が歩駆へ手を差し伸べる。


「渚礼奈を助けたい?」

「…………決まってるだろ……?」

「じゃあ付いてきて。礼奈さんも、運ぶ準備をお願いします」

 瑠璃は差し出してきた歩駆の手を掴み引っ張り上げる。

 そして一同は瑠璃に連れられ建物の外へ向かった。


 修復作業中の建物の脇に《ゴーアルターアーク》が天を仰いでそびえ立つ。歩駆たちが近付くと、丸でわかっていたかのように《ゴーアルターアーク》はひとりでにしゃがみだす。


「ゴーアルターの飛行ユニット《ジェットフリューゲル》のコクピットはどうなっていたか覚えているわよね? あの中は真芯爆心地で生き残った礼奈をゴーアルターの力で生き返らせるのが目的だった。今のゴーアルターアーク……形は変わってしまってるみたいだけど、まだ機能が生きているのなら何とかなる可能性はあるはずよ」

 瑠璃の予想を信じて礼奈を真紅の翼、機体背部の《ジェットフリューゲル》へ慎重に運ぶとハッチが自動で開いた。操縦桿やスイッチの類いは無く、人一人分しか入れないベッドのような座席に礼奈を寝かすと直ぐにも効果が現れた。


「…………あ……あーくん?」

 身体の傷や検査着に着いた出血は礼奈の肌に吸収され、傷一つも無い真っさらで健康的な身体に戻っていく。付き添いの医師達もも口を開けて言葉を失っていた。


「れ、礼奈。礼奈のっ!!」

「どうしたのあーく……歩駆? それに何処なの?」

 周りを見て困惑する礼奈。立ち上がろうとコクピットの縁に手を掛けると指先に切り傷のような痕が現れる。突然に出来た傷に驚いて手を引っ込めると指の傷は消えていた。


「やっぱり、外には出れないみたいね。数日間、ここで寝ていれば体内の薬は浄化されるのかしら? それとも彼女もいずれ……メディカルチェックをお願いします」

 瑠璃の指示で医師達は礼奈の身体の検査を始める。後の事は彼等に任せて歩駆達は《ゴーアルターアーク》から降りる。


「月影様。貴女、知っていたんですか?」

 竜華が瑠璃に質問した。その顔は怒りに震え、目尻に涙を浮かべていた。


「知っていたのに、歩駆様に拳銃自殺させるような真似をさせたんですか?!」

「推測もあったわ。それと彼がどれ程の自己修復能力があるのか、この目で確かめたくって」

「貴女って人はっ!?」

「ちなみにだけど、この薬の出元である研究所に彼……真道歩駆を紹介したのは私よ」

「な、なんですって?! 本当なんですの歩駆様!?」

 驚愕の真実に竜華は信じたくなかったが歩駆の沈黙が答えを物語っていた。


「そうでもしないとヤマダ・アラシの……いいえ、IDEALの闇は暴けないと思って」

 頬を叩く渇いた音が響き、サングラスが床に吹き飛んだ。竜華が瑠璃の頬に平手打ちを食らわせたのだ。


「謝ってください! 歩駆様と礼奈様に謝って!」

「おいおい落ち着きなって竜華!」

「謝らないわ」

 煽る瑠璃に竜華が飛び付こうとするが、龍馬が後ろから羽交い締めにして止める。


「でも色々な手がかりは何となくだけど掴めたわ。あの後、奴等の基地を処分しようとした矢先に彼が破壊してくれて楽に」

 更に続けて煽ろうとする瑠璃を殴って止めたのは大河であった。かなり強い一撃だったが瑠璃は軽く後ろへのけ反り、倒れそうになるのを踏ん張り持ちこたえる。


「……貴女、織田大河ね」

「そうだけど何?」

「貴女の機体……ベースは《尾張二式》だけど装備は地球上の、どのメーカー、個人製作のにも該当しない。見た感じは相当ロースペックに見えるのに……どこで手に入れたの? 空間から転移して呼び出せるなんて普通じゃないわね」

 赤く腫れているが、殴られた痛みなど無いかのように瑠璃は大河のSVについて尋ねた。


「そうね、教えてあげないよ。私の《錦・尾張》は正しいことに使うんだ。貴女みたいな目的のためなら何でも犠牲にするような人間を成敗するためにね」

「現実は漫画みたいに簡単じゃないわ」

「あんた友達いないでしょ?」

「…………居たわよ……」

 血の混じった唾を瑠璃は吐き出すと落ちたサングラスを拾って掛ける。


「ここにはもう用はないわ。探してた人はもう居ないみたいだし……じゃ」

 竜華と大河に睨まれながらも表情を崩さないクールな顔で瑠璃は何処かへ去っていった。

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