#00.5 フォトン・フェノメノン

 朝日が昇る。

 その日は人々にとって平和な一日の始まりではなかった。

 この慌ただしさは、いつもの日常とは違う。心に不安と焦燥、町中に悲鳴と怒号が飛び交う非日常の世界へと誘う。


『我々の名はバイパーレッグ……地球に巣食う偽りの正義に鉄槌を下す者なり。今から一時間後の午前8時、地球統合連合軍が秘匿し続けた模造獣……イミテイトの真実を明きらかにする為、日本の真芯市と呼ばれる街を攻撃する!』

 早朝に突然、動画投稿サイトに“蛇尾”と言う名の人物がアップロードした犯行声明ムービーに、初めは映画の予告か何かのイタズラだと思っていた人々だったが、約束の時間が訪れて状況は一変する。

 大気圏上の戦艦から数十体もの黒いSV、バイパーレッグ仕様の《スレンディア》が真芯市に向けて投下された。地上から千メートルを通過したところで蛇の軍団は民家などの建物に向けて一斉に攻撃を開始する。

 見境などはない。無慈悲に、手当たり次第、しらみ潰し、ミサイルや銃弾の雨が絶え間なく降り注ぎ、破壊を繰り返していった。

 手早く駆けつけた警察のSV部隊が出動するも軍用SVに敵う訳もなく撃墜されるのみであり。真芯市の自衛隊は基地を包囲されしまっていた。

 卑劣なテロ行為に騒然となる住民達。

 女、子供、老人、関係なく逃げ惑う人々や車に黒いSVは銃口を向ける。

 


 ◇◆◇◆◇



「クソっ! 瓦礫が邪魔で先に行けないぞ!」

 幼稚園バスを運転する保育士の男がハンドルを叩く。どうにかして逃げられる所は無いかとあちこちをさ迷うが、バスの大きさもあってか通れる道は限られる。

 後ろの席では泣きわめいている十六人の園児達を、背の低い童顔の女性保育士が手製で作ったぬいぐるみを使って必死になだめていた。


「落ち着いて、大丈夫だから! ほらほらウサギさん抱っこして、みんなの分もあるからねぇ? ほら、可愛い!」

 カゴから取り出したぬいぐるみを席に座る園児達に次々と配っていく女性保育士。自分も怖くて仕方ないが、園児達を不安にさせないよう明るく努める。


「ウサミせんせー、サーヴァントのうんてんできるんだろぉ?! アイツらやっけてきてよぉ!?」

「そうだそうだー!」

 ヒーロー好きな男児がぬいぐるみのロボットを振り回しながら言う。それに同調して他の子供達も「戦えコール」が始まった。


「えぇと……いや、免許は有るんだけどぉ…………ペーパーだから」

 グルグルと来た道を戻ったり、進んだりを繰り返す幼稚園バスだったが等々、危機を迎える。行き止まりに差し掛かり、尚且つ退路を建物の倒壊で塞がれてしまった。

 運転手の男性保育士は悩む。

 ここで降りて逃げるべきか、それとも攻撃が来ないことを祈ってバスの中に籠城するべきか。

 どっちを選んでも園児に危険が及ぶのは確実だ。男性保育士は頭を抱える。

 大人達の苦労を尻目に園児達はいつの間にか泣き言は言わなくなったが「トイレに行きたい」「眠たい」「お腹すいた」などと自由だった。騒ぐ座席の中、後列の窓際で静かに空を見上げる女の子が一人。


「どうしたの真ちゃん? 何か見えるの?」

「ココロせんせい……パパがきてくれないかなぁって、みてたの。せいぎのヒーローだから」

 黄色い鞄を大事そうに抱き締めて、女の子は再び視線を黒煙が立ち込める空に戻す。


「……来ないのかな……パパ?」

「SVのパイロットさんだっけ? でも真ちゃんのパパは軍人さんじゃなくてアクロバット飛行専門のじゃあ」

「…………あれみて」

 少女の小さな掌が目映く輝いて空を舞う二つの光点を掴もうとしていた。


 ◇◆◇◆◇


 激しく点滅する光点の一つ。

 歩駆の《ゴーアルターアーク》は空の上から町の惨状を黙って眺める。自分の住んでいる町だというのに歩駆が見ているものは全く別の物だった。


「礼奈……どこだ、どこにいる? 眠らされているのか、反応が弱い…………お前が引き留めるせいで見失ったぞっ!?」

 動揺する歩駆。行き場の無い怒りの矛先を《ゴーアルターアーク》によく似た機械巨神の《ゴーイデア》に向けると、普通のSVでは到底、避けることのできない光速の早さでパンチをお見舞いする。


「私にも目的がある。このシンドウ・マモリとゴーイデア……母の為にも貴方を連れて帰るって決めたんです……だけど!」

 光速の攻撃には光速でマモリの《ゴーイデア》は簡単に避けてみせた。いくら速度が早かろうと怒りに身を任せた攻撃など当たらない。


「貴方は、この町が危険に曝されているのに何も感じないんですか!?」

「この地区に住む大半はイミテイターだ、奴等を救ってやる義理なんかは無い。俺は正義のヒーローじゃないし、礼奈を守れりゃそれでいい!」

「そんな……こっ…………この、馬鹿親父ぃ!!」

 マモリは叫ぶ。互いに繰り出された拳は合間をすり抜けて《ゴーイデア》のカウンターが《ゴーアルターアーク》に炸裂する。


「そんなの私が知ってるシンドウ・アルクじゃない!」

「知らない奴に何で俺のことがわかる?!」

「知ってるよ、正義のヒーローなんだもん! みんな教えてもらったんだもん!」

「はぁ? 誰だよそいつは?!」

「誰って、そんなのは……」

 と、マモリが言いかけた時だった。町の至る場所から異常なほどの生体反応を二機は感知する。それはバイパーレッグのSV達が攻撃した建物の跡地から現れた。


「……模造獣化か」

「違うよ、みんな怒ってるんだ。せっかく平和に暮らしていたのに邪魔されて」

 赤黒い血のような色をした《巨人型模造獣》は瓦礫を押し退けて立ち上がる。周りを見渡してバイパーレッグの黒い《スレンディア》を見つけると、一直線に走り出して一斉に襲いかかった。


「あれが本性か……やっぱりな」

「どういう、ことです?」

「所詮は見よう見まねでしかない上っ面だけの獣だったってことさ。なら、俺のやることは一つだ」

 歩駆がそう言うと《ゴーアルターアーク》は両手の指先から虹色に輝く光球を形成し、十の光線が地上で交戦する《スレンディア》と《巨人型模造》達へ向かって誘導、追尾するように発射された。


「何をするんですか」

「何って、模造獣が人を襲うなら倒すだけだ」

「そんな……じゃあ、このテロリストみたいな人達の味方をするんですか?」

「そんな事は言ってないだろ? こいつらもちゃんと潰してやるよ。それでこいつらとあいつらが潰しあってくれるならそれもいい……て言うか、そんなことよりも俺は礼奈が心配だ」

 正直に言えば歩駆も自分が無茶苦茶な事を言ったのは理解しているし、言ってしまって後悔だってした。

 そんなのは歩駆にとって些細な事であり、問題は何より敵の目的がわからない、という点だ。

 何故、礼奈を拐うのか。その意味が歩駆には理解できなかった。

 早く何とかしなければいけないのに、同時に現れた《ゴーアルター》そっくりなSVに乗る謎の少女が自分を何処かへ連れていこうとする。

 歩駆の大して容量の無い頭はパンクしそうだった。


「そんな事を考える場合じゃねーんだよ、だから!」

 歩駆は気持ちを落ち着かせ、意識を集中させると《ゴーアルターアーク》の能力で礼奈の魂を探知させる。心と心の繋がりが一瞬で居場所を特定させた。


「…………見つけた、あの車か」

 SVで拐っていった敵は、いつの間にか自動車に乗り換えていた。


「礼奈ぁぁぁぁあぁぁーっ!!」

 何処に居るかが判ればコチラのものだ、と《ゴーアルターアーク》が礼奈を乗せた自動車の前に立ちはだかり、逃げられる前に引っ掴んで二つに割った。


「返して、もらうぞッ!!」

 後部座席で気を失った礼奈だけを優しく摘まみ、ハッチの開いたコクピットの歩駆の元に下ろすと、自動車の残りをその辺りに投げ捨てた。


「起きろ、起きろ礼奈…………れなちゃん!?」

 横たわる体を抱き締め、礼奈の様子を見ると何やらおかしかった。


「あ……あ…………くん……」

 目は虚ろで焦点の合わない目で歩駆の名前を呟いている。

 連れ去られる前から風邪など病気をしていなかったはずの礼奈の体は異様なほどに熱く、服がしっとりするほど全身から汗が吹き出し呼吸も荒かった。


「何をした……お前ら、礼奈に何をしやがったぁぁぁぁぁーっ?!」

 歩駆の激昂と共に《ゴーアルターアーク》も吼えると虹色の閃光が町一帯を包み込む。

 破壊活動をするパイパーレッグのSVと模造獣のみを全て殲滅し、建物と人間には被害を出さなかった。


 腕の中で苦しむ礼奈に誓って、同じ過ちは繰り返さない。


 だが、歩駆の心の中で激しく燃え上がる怒りの炎は収まるはずもないのだった。

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