#00.4 邂逅

 歩駆は未だに学生だった時の夢を見る。


 勉強したり、部活に励んだり、学園祭などイベントに参加してクラスメイトたちと楽しく過ごす。


 どこの誰にでも経験のある、ありふれた青春の1ページ。


 毎回内容は変わるが定期的に見られる平和で楽しい夢の話。


 何故、そんな夢を見るのだろう。

 目覚めて現実だと思い知った瞬間、すごい不快感に襲われるのが堪らなく嫌になる。


 それは未練に他ならない。

 捨て去った平穏な青春。


 あの時に歩駆は《ゴーアルター》に乗ることを選んだのだ。


 本当に何かを変えたいと願うなら強引にでも、それこそ全てを捨てる覚悟がいる。


 そう言ったのは自分自身のはずなのに。



 ◆◇◆◇◆


 

 午前三時。


「……っはぁ……」

 ゆっくりと目を開ける歩駆。汗でシャツが体に張り付いて気持ち悪い。

 窓をカーテンで締め切った暗闇の部屋の中、歩駆はソファから上体を起こすと、隣のベッドで安らかに寝息を立てる礼奈の顔を見た。


「れな……」

「……すぅ……んん…………」

 枕を抱きしめ、とても幸せそうな表情をしている。

 自分には勿体ないくらい、寝顔もとても美人だ。


「…………くっ」

 何故か歩駆の目から自然と涙が溢れてくる。嬉しい反面、情けなさもあった。

 この時を待ち焦がれたハズなのに不安な気持ちが拭えない。

 隣に礼奈が居る。それだけで幸せだ。


 だがしかし、彼女を歩駆は幸せにすることが出来るのか。

 お金の心配は無い。

 IDEALに居た時──シンドウ・アルクが稼いでいだのも含めて──ので貯金は働かなくても毎日遊んで暮らせるほどある。

 なのに礼奈は事務の仕事をしているし、今住んでいるマンションも高級ではない1LDKの普通なマンションだ。


「れなちゃん…………」

 ちゃん、と言っても渚礼奈は今年で二十七歳になる。

 同い年。のはずだが、歩駆の肉体は高校生で止まってしまった。

 偶に電話するくらいで、この姿を親には見せてはいない。

 親との会話の中で結婚の話題も出るが、のらりくらりと避けていた。

 近所では姉の家に同居している弟、という設定で通している。


「……どうすれば良いんだ、マモルよ……」

 窓から見える夜空の星に向かって呟く歩駆。

 無数に輝く星の一つが一瞬だけ赤く輝いて見えた。それは不吉の予感だと歩駆は心に感じて全身に寒気が走る。


「礼──!」

 歩駆が叫ぶと同時に大きな地震が建物を揺らした。体勢を崩して歩駆はタンスに激突する。


「いたっ……な、なにっ?!」

 飾ってあったぬいぐるみが顔に当たって礼奈が目覚めると、揺れはピタリと収まった。


「どうしたの歩駆?」

「礼奈、敵が来た」

「敵ぃ? 誰の?!」

「俺っぽい……取り合えず外に出れる準備をしてくれ」

 二人は手早く服を着替えると部屋を飛び出す。不思議な事に、あれだけ激しく地震があったにも関わらず、外は騒ぐどころか何もなかったかのように静まり帰っていた。


「当然か、この辺はほとんど元イミテイターの奴らが住んでる町だからか……ゴーアルターッ!」

 呼んで五秒も立たずに全長二十メートルの白き機械巨神、歩駆の《ゴーアルターアーク》は空の彼方から光を放って歩駆たちの目の前に召喚された。


「乗ってくれ」

「…………嫌だ、って言ったら?」

「困る」

「じゃあしょうがない」

 しゃがんだ《ゴーアルターアーク》の大きな鉄の手に乗り、礼奈をエスコートしながら歩駆はコクピットへ乗り込もうとした、その時だった。

 

「歩駆……?」

「な、なん……でだ?」

 驚く歩駆の左胸から血が滲む。さらに手足を貫かれるような激痛が襲い、歩駆は崩れるように倒れて《ゴーアルターアーク》から落ちた。


「うっ……ぁ?!」

 冷たいコンクリートに突っ伏したまま体を動かすことが出来ず、声も出せない。


「何? 誰ですか貴方達は? あーくん!?」

 いつの間にか礼奈の周りを武装した蛇柄迷彩服の男たちが取り囲む。


「我らはパイパーレッグ……地球の未来を……」

「……来てもらう……渚礼奈。抵抗は……無意味…………」

「…………何な…………ーくん!?」

「駄目で……隊長……このSV……もありません」

「……ならば……壊しろ……これは……はならない……のだ」

 頭がボンヤリとして意識を持っていかれそうになり会話がよく聞こえない。どこからか吹き付ける突風に歩駆が飛ばされると、上空から二機のSVが着陸しようとしているのが見えた。


(これだけのダメージは回復まで時間がかかりすぎる。でも、何だこの違和感は?)

 霞む目で男達をか見るが、それにしてもおかしかった。

 さっき歩駆の感じた不吉の予感は、この男たちから発せられたものなんかではない。

 むしろ、この男たちに何かしらの意思、敵意すら全く感じられないのだ。サイボーグやアンドロイドの類いではない。

 歩駆の目が《ゴーアルターアーク》を通して確認するが男たちが生命体なのは間違いなかった。


(……わかってるよゴーアルター。お前と約束したもんな、こんな中途半端な所で終わってたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!)

 火事場の馬鹿力とでもいうのか、歩駆の全身に溢れんばかりの力が漲る。

 普通の人間なら致命傷レベルの傷の痛みも全く感じなくなり、頭の中がクリアになって無意識の内に駆け出す。

 歩駆が手にしていたのは落ちていたボロ傘だ。大きく丈夫そうな傘の布を引き千切って骨組みを露にさせる。


「こいつ起き上がっ」

 ヒュン、と風を切る音と共に見張りの男の喉から鮮血が霧のように吹き出した。

 自分に降りかかる前に飛び退く歩駆は次のターゲットへ向かう。

 爆弾を《ゴーアルターアーク》に設置している男たちの後ろから一閃。今度は喋らせる暇さえ与えず首を切られて倒れた。


(礼奈が居ない)

 顔を上げると昼間のように目映い光に目が眩み、うっすらと動く二つの影が離れていくのが見える。

 礼奈は既に連れ去られてしまっていた。


「……クソやろうがッ!」

 目を擦り、頭を振ってクラクラする視界を元に戻しながら、歩駆は今度こそ《ゴーアルターアーク》に搭乗した。

 まだ遠くではない。

 早さ比べなら地球上のSVなんかに《ゴーアルターアーク》が負けるはずはないのだ。


『やっと見つけたよ』

 その時だった。突然、背後から少女の声に呼び止められて《ゴーアルターアーク》は振り変える。

 音もなく現れたそれは《ゴーアルター》に姿形が瓜二つの《機械巨神》だった。

 しかし、よく見るとスタイルは女性的で若干だが細身の体型である。

 歩駆は《ゴーアルター》を通じで感じ取った。


「出たな……不吉の元凶」

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