#00.3 強襲のバイパーレッグ
地球滞在二日目のシンドウ・マモリが織田大河に連れてこられたのは、とある建物の一室だった。
手錠を外され牢屋にでも入られるかと思いきや、想像していたものとは真反対の場所であった。
「ほえー、これが噂のスイートホーム」
「それを言うならスイートルームね。ただの来客用の宿泊部屋なんだけど」
トヨトミインダストリーの敷地にあるタワーの最上階。ここいら一帯の景色が一望できる、高級ホテルのように豪華な内装の広い部屋。並べられている高そうな家具やインテリアにマモリは目を光らせる。
「適当に座ってちょうだい」
大河は冷蔵庫から缶ジュースを二つ掴むと、オレンジ味の炭酸ソーダをマモリに投げ渡し、自分はグレープ味を一気飲みした。
「毒は入ってないよ」
「どっちかといえばブドウのが良かったのに」
「……改めて、私の名前は織田大河。少なくとも貴女の敵ではないわ」
「取調室にしては些か場違いなんじゃないんですか?」
フカフカのソファーに腰を下ろしてマモリが言う。
「地下牢に鎖繋いで尋問されたかった? それとも宇宙人の解剖ショーを開いて欲しかったな?」
「ハハハ、お姉さんがそんなことをする人には見えませんよ」
笑うマモリだが大河の表情は無だ。両手で飲み終えたスチール缶を潰すと、ソファーのマモリを上から下まで舐めるように見定める。
「て言うか私が宇宙人だって前提なんだね。こんなに可愛いのに?」
「火星に設置した観測機から通信があった。私の妹が作った物なんだけど、その反応は妹が知るマシンと同じなよう性質で少し違う。もしかして冥王星から来たのでしょう?」
「実家までバレてるのか。宇宙人って言ったって見た目は変わらないじゃんさ!」
膨れっ面をしてマモリはプリプリと怒ってみせたが、大河は小型のタブレット端末に目を落としてスルーされてしまった。
「イミテイト……模造獣……イミテイター……随分と名称があるのね」
「それは地球の人達が勝手にそう呼んでいるだけらしいよ。正式名称ってのは何かと言われたらと困るけど。この世にも生まれた同じ生命体って事は確かだよ」
説明しながらチビチビとジュースを啜るように飲むマモリ。
「でも、資料で見ると……貴方達の正体は水晶の様な半透明のモンスターなんでしょ? それで誰かに化けて姿を手に入れる、と」
「他のヒトらがどうかは知らないけど私は他の誰でもないシンドウ・マモリ。何かの模造(イミテイト)なんかじゃないよ、パパとママから生まれた正真正銘の霊長類ヒト科ヒト属」
「そのパパとママって言うのは」
大河が続けて質問しようとすると突然、入り口のドアが三回ノックされた。こちらの入室の返事も聞かずドアは開かれる。
「織田君、彼女から何か聞き出せたかい?」
部屋に入ってきたのはガタイの良いボウズ頭をした三十代ぐらいの男。一見、厳つい風貌は暴力団組員の様に見えるが、その物腰は柔らかく爽やかに微笑む。
「ガランさん、いらしてたのですか?」
柱に寄り掛かっていた大河が緊張して姿勢を正し起立する。
「風の噂でね……君が例の宇宙から来た少女かい? はじめまして、私は伽藍童馬だ。よろしく」
「こ、こちらこそ」
マモリがそっと手を出すと伽藍の大きな手に優しく包み込まれる。父以外の男の人に手を握られるのは生まれて初めてだった。
「私も地球外事件対策室の人間、まあリーダーって所かな? 困った事があったら、いつでも相談に乗るよ」
にこやかに挨拶を済ませて伽藍は手を離すと、直ぐに大河の元へ歩み寄って耳打ちする。
「……例の〈蛇足〉のSVが近くまで来ている。奴等は手当たり次第に次々と日本のSV工場や企業を狙っているんだ。ここも時期に戦場になるかもしれない」
「そんな……ここの防衛システムは完璧のハズよ?」
「あとデータの流出にも気を付けろよ。黒須エレクトロニクスの《Gアーク》といい、ここの社員に敵が紛れ混んでいるかもしれない。奴等は内側から混乱を」
その時だった。
建物に響く大きな爆発音と揺れが大河達を襲う。壁に掛けていた絵や台の上の花瓶などが床に落ちて割れていく。
「爆発?!」
マモリが叫んだ。とっさにテーブルの下に隠れようとするも、二度目の爆発で頭を強打。隠れるのは止めた。
「早速か……もっと早く伝えていれば」
謝罪する伽藍だが時は既に遅い。廊下から聴こえてくる銃声と共に黒いマスクの集団がマモリ達の部屋に突入する。その手にはライフルや日本刀を携えている。
「…………お前が織田大河だな?」
先頭の男が尋ねる。
「だったらどうだっての?」
「ジャビ様の名により粛清する!」
黒マスク達がライフルを構えると同時に、伽藍がソファーを黒マスク達に目掛けて投げつけた。
「大河君ッ!」
「マモリちゃん飛ぶよ!!」
伽藍の合図を聞いて大河はマモリを抱えてベランダへ駆け出す。軽い身のこなしで手すりを踏み台に躊躇なく飛び降りた。
このビルの高さは約百メートルは越える。舞い上がる風を受けながら大河の胸元が光る。
「ナイスタイミングだよ。流石は私の《錦・尾張》だ!」
ペンダントの輝きと共に上空から黄金色のSVが大河の落下スピードに合わせるように追随する。
頭部の庇から覗く双眸は、とても機械とは思えないほど生命力に満ち溢れている目をしていた。
大河達は差し出された《錦・尾張》の腕を伝ってコクピットに乗り込む。
「こ……このマシンは生きているの?」
生物と鋼鉄の中間の様な手触りをした内壁にマモリは驚いた。
「説明すると長い。今は、敵だ!」
落ちながら地面を確認する。トヨトミインダストリーが誇るセキュリティ部隊が壊滅させられ、謎の四機の黒いSVが建物を取り囲んでいた。その内の一機が《錦・尾張》に気付いてライフルの銃口を向ける。
「そんな鉛玉は!」
放たれた無数を弾丸を《錦・尾張》の周辺に発生した光の障壁が無力化する。さらに《錦・尾張》は背部のブースターを吹かし、落下速度を早めて黒いSVの頭上に落ちると、光の障壁で相手を押し潰した。
「こいつら《尾張イレブン》の試作改良型じゃないか?」
爆煙を纏う《錦・尾張》が敵の位置を見渡す。一機が撃墜され残りの三機が警戒して間合いを取った。だが、こちらは非武装で手や内蔵武器の類いは無い。
「何なんです? 尾張? これも尾張って言ってませんでした?」
「こっちは二代目。あっちは十一代目の《尾張イレブン》がベースで通称は《スレンディア》だ。装甲を薄くして機動力を高めた軽量タイプで……って全く、ウチの弟妹の管理体制はどうなってんのさ」
呑気に会話してる間に一機が向かってくる。SV専用の作業道具である電磁チェーンソーを振り回してきた。
「まぁだけど私の敵じゃあ……ないねッ!」
唸りを上げるチェーンソーが《錦・尾張》を襲う。だが、真っ二つにされたのはチェーンソーを持つ《スレンディア》の腕だった。
「極彩輝刀(ビームサーベル)に断てないものはない」
いつの間にか《錦・尾張》の手に握られていたのは鮮やかに閃く刃だった。何もない空間から突如として呼び出された異界の宝剣が《スレンディア》を一瞬にして細切れになる。
残骸は光の粒となって爆発四散。とっさの空間跳躍能力(アドジョインジャンプ)で《錦・尾張》は爆風から逃れ、少し離れた位置に瞬間移動した。
「少し派手にやり過ぎたか」
僅か一秒の荒業に中のパイロットは自分が死んだことにすら気付かず、命は天に召されただろう。
残りの敵は二体。
「出力低下……けどまだやれる。お客様の君はここで待ってて、後は大人の仕事だ」
「わかった。気を付けてね」
機体を下げて、マモリをコクピットから下ろす。
大河の《錦・尾張》は駆け出し、残りの《スレンディア》を全速力で追いかけた。
「さぁ、どっからでもかかってこい!」
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