第21話 オシャレの人(終)

 わたしがレモンティーをちびちび飲んで、半分ぐらいになったとき、オシャレの人は戻ってきました。

 なんだかとってもフリフリしたお洋服を持っています。


「見て見て! こんなものまで取りそろえてあったわ!」


 オシャレの人が広げて見せてくれたのは、お姫様が着るような、とっても可愛らしい、真っ白なドレスでした。それも、わたしみたいな子供が着られる大きさです。


「すごいです、初めて見ました」

「でしょ? こういう服って、安っぽいのが多いんだけれども、これは全くそんなことないわ。なんて言ったて、アメリカの大人気ブランドバックアップのもと、世界中で活躍するあの有名デザイナーがデザインしたものらしいのよ」


 わたしがすごいと言ったのと、オシャレの人がすごいと言ったのには、何か違いがあるみたいでした。

 でも、オシャレの人がとっても楽しそうにしているので、わたしまでなんだか楽しくなってきました。


「それをわたしが着るんですか?」

「そうよ! もちろんじゃない!」


 わたしは着ていた服をぬぎました。


「お、着る気まんまんね!」


 オシャレの人はそういうと、わたしの後ろに立って、ドレスを着させてくれました。

 後ろの方でいろいろとめたりするのがあったり、リボンが難しかったり、たぶんわたし一人では絶対に着られないな、と思いました。すこしキツキツな感じがしましたが、オシャレの人は「そういうものだから仕方ないわ」というので、わたしはガマンすることにしました。

 それから、おしゃれの人は、実はドレスだけではなくて、ボウシやクツも持ってきていました。

 特にクツは、女の人がよくはいている、後ろが細いクツでした。


「できたわ!」


 オシャレの人はわたしの前にカガミを持ってきてくれました。カガミにうつっていたわたしは、まるで別人みたいにきれいになっていました。


「どう? いいでしょ?」

「すごいです! わたしが大人のお姉さんになったみたいです! ほら、見てください!」


 これなら女のカンを使えるようになってるかもしれません。


 わたしは前に映画で見たみたいに、ふわふわのスカートをちょこんと持ちあげて、走りってみました。

 あれ?

 なんだか、いつもと違って……

「ヘブッ」


 ビターーーン。


 わたしはすごいスピードでころんでしまいました。しかも、手はスカートを持っていたので、顔から地面についてしまいました。


「だ、大丈夫!?」


 オシャレの人は、すぐにわたしのところに来てくれました。


「うぅぅぅ、とてもいたいです」

「あぁあぁ、泣かないの」


 わたしは泣いているつもりはなかったですが、いたいと勝手になみだが出てきてしまうみたいです。


「ほら、これで涙と鼻血拭いて」

「えぇ!? 鼻血!?」


 なんだかとってもかっこわるい感じになってしまいました。これでは大人のお姉さんシッカクです。少し遠くにあるカガミを見てみると、確かに鼻血が出ていて、お洋服にも血がついてしまっていました。それから、わたしの鼻がサンタさんのトナカイさんみたいに真っ赤になっていました。

 わたしは、オシャレの人がくれたハンカチで、なみだと鼻血をふきました。


「ごめんなさい、やっぱりこのクツとこのお洋服は、わたしにはまだ早かったみたいです」

「そうね……」


 オシャレの人はさびしそうな顔をしました。


「わたしの方こそごめんなさい。お洋服のことばかりを考えて、女の子の顔を台無しにしてしまったら、元も子もないわね」


 さっきまでのパワーが、今はあまり感じなくなっていました。わたしはそれはもったいないことだと思いました。


「でもでも、お洋服はとってもきれいでしたし、わたしは選んでもらったお洋服を着たとき、とってもうれしかったです!」

「喜んでもらえていたのならわたしもうれしいわ。でもね、子供を傷つけてしまって、なんとなく目が覚めたの」


 オシャレの人は、フフッと笑いました。


「まだ夢の中なんだけどね」


 オシャレの人は、立ち上がると、いろいろ持ってきていたお洋服をたたみ始めました。


「さっき一人であなたのお洋服を探しているときに、あなたが言っていた夢のお話を考えていたら、思い出したの」

「現実のことですか?」

「そう。わたしは、現実世界ではモデルでありママさんでもあったの。お洋服が大好きで、子供も大好きなのはそのせい。子供の写真を撮ってブログにアップしたり、良いお洋服を着せてあげたり、高級な食事をしたり、わたしはわたしなりの愛情を子供に注いだつもりだったし、あなたにも同じことをしようとした」


 オシャレの人はフーっとため息をつきました。


「でも、あなたに怪我をさせてしまって、気づいたわ。わたしはわたし目線でしかモノを考えていなくて、わたしが感じる幸せがあなたの感じる幸せと同じだと思っていたことに。でもそれは違ったのね」


 お洋服を全部たたみ終わったオシャレの人は、わたしのカミの毛をゆっくりとなでました。

 わたしは頭をなでてもらうのが大好きなので、さっきころんだ時のイタさなんか忘れて、気持ちよくなりました。


「ごめんなさい、あなたに痛い思いをさせてしまって。でもあなたのおかげで気づくことができたわ。ありがとう」

「えへへ、どういたしまして」


 わたしはころんだだけでしたが、何かうまくいったみたいです。


「あなたを置いていくのは忍びない――なんとなく気持ちが進まないけれども、でもわたしは今すぐ現実世界に戻りたい気持ちなの。あなたのお仕事は――」

「そうです! わたしのお仕事は、寝ている人を起こすことです!」


 オシャレの人は、さっきよりももっとさびしそうな顔をしました。こういう時に元気付けてあげるのも、わたしの仕事のひとつです。


「心配しなくても大丈夫です! わたしはすぐに次の夢に行くので、わたしのことを気にする必要はありません!」

「でも……。いえ、分かったわ。あなたが言うのならきっとそうなのでしょう。現実への戻り方を教えてちょうだい」

「夢から覚めるのはとっても簡単です。わたしが教える呪文をとなえるだけです」

「魔法の呪文ってことね。とってもファンタジーで素敵だと思うわ」

「おぉー」


 呪文をとなえることがステキだと言われたのは初めてでした。わたしが初めて呪文のことを聞いたときも、いいな、と思ったので、オシャレの人とは仲間です。


「では、わたしの言った呪文を言ってくださいね。そうしたらすぐに現実に戻ることができます」

「わかったわ」

「はい」


 わたしはせっかくできた仲間なので、もう少しお話ししていたい気持ちもありましたが、でもこれはお仕事で、わたしはプロなので、起きたいと言っている人をひきとめることはしません。

 スゥっと息を吸い込んで、わたしはいつもの呪文を言います。


「ねむいのねむいの飛んでゆけ」

「ねむいのねむいの飛んでゆけっ」


 オシャレの人が呪文をとなえると、強い光がオシャレの人を包みます。


「次に会ったときはきっと――」


 オシャレの人がわたしに何かを言いましたが、最後までは聞こえませんでした。

 なぜなら、強い光もオシャレの人もいなくなってしまったからです。


「オシャレの人は、最後なんていいたかったんでしょうか」


 オシャレの人が言いたかったことをたくさん考えた結果、わたしは次の夢にいく前に、少しだけ後ろの高いクツで歩く練習をすることに決めました。

 もうころんだりはしませんでした。

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ねむいのねむいの飛んでゆけ 逢正和 @tomo

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