「オシャレの人」編
第20話 オシャレの人1
ポスン、という感じで、わたしは夢の中にお仕事へきました。
今回来たのは、どこかのお店の中みたいでした。
今まで見たことがないほど、たくさんのお洋服が並んでいました。どれもとってもきれいだったり、とっても可愛かったりしました。
でも、わたしは今までお洋服を買ったりしたことがなかったので、どうしたらいいのか分かりません。なので、どんなお洋服があるのかを見て歩くことにしました。見ているだけでもとても楽しい気持ちになります。
「ふんふふんふふーん」
わたしが歩いていると、どこからか鼻歌が聞こえてきました。お店の人かもしれません。
わたしはぶらさがっているお洋服とお洋服の間にもぐって、そーっと声がした方を見てみました。
その女の人はいろいろな服を手に持っていました。
きっとお買い物をしているんだと思ったので、そのまま様子を見ようとすると――
「あら?」
その女の人はこちらを振り返りました。わたしはお洋服の間から顔を出したままだったので、絶対にバレてしまいました。夢の人が女の人だと、すぐに見つかってしまうことが多いんです。それを、女のカンだと前に教えてもらいました。女の人の必殺ワザらしいです。
いつか、わたしもその必殺ワザを使えるようになる日がくるのでしょうか。
わたしに気付いたお洋服を持った女の人がこちらに向かってきました。
「どうしたの、こんなところにひとりで!」
「えーっと」
どう見てもこの人が夢を見ている人だと思ったので、わたしは正直に話してみました。
「わたしはあなたを夢から起こすお仕事をしています」
「あら、そうだったの」
その女の人はにっこりと笑いました。着ているお洋服もきれいでしたが、その女の人の方が何倍もきれいだと思いました。
「夢みたい! とは思っていたけれど、本当に夢だったのね」
「そうなんです」
「でも、あなたのお仕事を邪魔するみたいで申し訳ないけれど、私はまだ夢から覚めるつもりはないの」
「そ、そうなんですか?」
あまりにカンペキなフインキに、目に見えない力みたいなものを感じました。わたしはわたしを包んでいたお洋服とお洋服をもっとぎゅっと掴んで、バリアを強くしました。
「そう。だって、こんっっなに楽しいことって、ないでしょ? お洋服は選び放題、着放題。夢から覚めたら、きっとそうはいかないと思うわ!」
「うーん、たしかにそうかもしれません」
「ね、あなたも女の子なんだから、一緒にオシャレを楽しみましょうよ!」
女の人はわたしを包んでいたお洋服をうまくどけて、わたしの手を引っ張りました。
「来て! ここには古今東西、ありとあらゆるブランドが揃っているの。本当に夢みたい!」
「で、でもわたしはお洋服を選んだこともないですし――」
「大丈夫よ、キュートなあなたに似合う、とっておきのお洋服を、わたしが選んであげるから!」
「あ、ありがとうございます」
なんとなく、この女の人に出会った最初から最後まで、女の人のいきおいに負けているような気がしました。すごいパワーです。
オシャレの人はそれからいろんなところにわたしを連れて行ってくれました。その中でオシャレについてたくさん教えてもらいましたが、わたしにはむつかしくて、よくわかりませんでした。
とってもいろいろなお洋服があって、わたしには違いがよくわからないものもあります。
お洋服のお店がちょっと暑かったので、すずしそうで遊びやすそうな真っ白の服を選んで見せてみました。
「これはどうでしょうか? とってもすずしそうで遊びやすそうです!」
「それはダメよ」
オシャレの人はピシャッと言いました。
「そんな服ではあなたの本当の魅力は出せないわ。オシャレじゃないわ。それにそんな何のブランドでもない服を着てどうするの。選ぶならまだこっち」
オシャレの人は別の場所にあった白いお洋服を取ってわたしに見せました。
「イタリアの老舗ブランド店のものよ。素材も作りも一級で、あなたの持っているそれとは比べものにならないわ」
「えー、そうなんですか? わたしには全然違いがわかりません」
「それはあなたがまだ子供だから、審美眼が成長しきっていないせいよ」
何のことかよくわかりませんでしたが、たしかにわたしは背が低いまま成長してないので、『成長していない』と言われたらなっとくするしかありません。
「そのブランドさんはそんなにえらいのですか?」
「そうよ、とっても偉いわ。高価なものを身にまとっていると、意識もキチッとして、何事にも自分に自信をもって取り組めるようになるし、何より周りからの評価もプラスになるわ。分かる?」
「そういうことでしたか。わたしも自信を持って頑張れるということはわかりました」
わたしも大事なプロのアカシを持っているので、このお仕事のプロとして自信を持って頑張ることができます。オシャレの人は、それと同じようなことを言っているのだと思いました。
「その歳で分かっちゃうなんてすごいじゃない。それなら、やっぱりもっといい物を選ばないとね!」
ほめてもらえたのはうれしかったのですが、わたしはずっと歩いていたので、ちょっぴり疲れてしまいました。地面にぺたっと座ります。
「その前に、ちょっときゅーけいしたいです」
「そうね、うーん、確かにずっとわたしのペースで歩きっぱなしだったものね。うん、そうしたらあなたはここに座っていていいわよ」
「え?」
「わたしがすぐに素晴らしいお洋服を選んできてあげるわ! あなたは待っているだけでいいの」
「そうなんですか?」
「そう」
オシャレの人はカバンからペットボトルのジュースを取り出してわたしにわたしました。
「レモンティー、まだ飲んでいないのをあなたにあげるから、ここで静かに待っていてね」
「はーい!」
そうしてオシャレの人はすごいスピードでわたしの前からいなくなりました。走っているわけではないのに、不思議です。
もらったレモンティーという飲み物は、甘くなかったのでジュースではありませんでした。
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