第19話 ヒーローの人(終)
わたしたちが飛んでいると、コジーンの原っぱのアミアミのところに、ある人をみつけました。ヒーローの人です。
「コドラさん! あそこにヒーローの人がいます! あそこに下りれますか?」
コドラさんはえっへんと言いたそうなようすで、ぐるっと空を回り、ゆっくりと地面におりていきました。
ヒーローの人は、笑っているような笑っていないような、変な顔をして、アミアミによりかかっていました。
「よう」
「こんにちは」
ヒーローの人は元気がないみたいでした。
「こんなところで、どうしたんですか?」
「いやな、どうもこうも、おまえがヒーローの称号を受け取ったと聞いてな。祝いに駆けつけたんだよ。ありがたいだろ」
「ありがとうございます! でもでも、みなさん町でお祭りをしていましたけど、ヒーローの人は一緒にお祭りをしないのですか?」
「あぁ、お祭りな。うん、そうだな。そうなんだよ……。そうなんだけどなぁ…………」
ヒーローの人は、わたしに背中を向けました。
「どうしてなんだろうなぁ。俺はどこで道を間違っちまったんだろうなぁ……」
ヒーローの人が立っているところに、ぽつぽつと雨が降ったような跡ができました。
「何で俺じゃなくておまえがヒーローになって、しかもそれを喜んでやれねぇんだろうな……」
わたしはオロオロしてしまいました。コドラさんの首に掛かっているバッジとヒーローの人を順番に見て、それをまた繰り返しました。
「あ、あの、もしよかったら――」
「いらねぇよ。さすがに受け取れねぇよ」
「そうですか……」
わたしにはどうしたらいいのか分かりませんでした。
わたしはオロオロするばっかりで何もできませんでした。
しばらくそうしていると、ヒーローの人は顔をうででゴシゴシして、こっちを振り向きました。
「最後に一つだけ頼みがある」
「さいごですか……?」
「ああ、ここは夢なんだろ。そしておまえは俺を目覚めさせる。そういうことだっただろ?」
「はい、そうですけど……」
「俺、起きるわ。たぶん現実でも近道ばっかり探して何者にもなれないヤツだったんだろうな。でも、なんか今起きたら頑張れる気がするんだ。何者でもねぇ俺だから、まだこれから何かになれる気がするんだわ。いつもの根拠のねぇ自信だけどな」
「わ、わかりました!」
「ちなみに起きるにはどうすればいいんだ? おまえがどこかに連れて行ってくれるのか?」
「違います。簡単な呪文をとなえるだけです」
「じゅもんね。そいつは都合がいい」
ヒーローの人はニヤリと笑いました。
わたしには、なにがいいのかさっぱりわかりませんでした。
「それでな、俺の最後の頼みっつーのはな――」
コドラさんとわたしと、そしてヒーローの人の三人は、空を飛んでいました。コドラさんは力持ちです。これならきっとカボチャも十個ぐらい持って飛べると思います。
「うぉおおお! すっげぇぇええ! まじで飛んでやがる!」
「そうです! コドラさんはすごいんです!」
わたしは何もすごくありませんが、コドラさんの代わりにえっへんとしました。
とてもとても高く飛び上がり、あと少しで、もくもくのくももさわれそうです。
わたしがくもにさわろうと手を伸ばしたところで、コドラさんがグラッと揺れました。わたしはなんとかドラゴンさんの首につかまりました。
「あ、あぶなかったです。ヒーローの人は大丈夫で――ええぇっ!?」
わたしは後ろを見てあわてました。
だって、そこにはヒーローの人がいないのです。少し落ちたところにいるのはすぐに分かりました。
「コドラさん! あそこ! あそこです!」
コドラさんは、もうスピードでヒーローの人の近くまで追いつきました。
ヒーローの人は、これでもかというほど笑っていました。
「ハハハハハハハハハハ! これはいい!」
「死んじゃいますよー!」
わたしは必死に叫びましたが、ヒーローの人はそんなこと気にしていないみたいでした。
「死なねえよ! 夢なんだろ!」
「でもとっても痛いですよ!」
「分かってらぁぁああ! 今だよ、今ぁあ!」
「え?」
「呪文とやらを教えてくれってんだよぉおおお!」
「えぇぇ! 今ですか!?」
「そうに決まってんだろ! 夢は落ちて覚めるんだよ! ベッドからな!」
「わ、わかりませんが、わかりました! 呪文はこうです!」
わたしはすうっと息をすいました。
「ねむいのねむいの飛んでゆけ!」
「ぎゃははは! なんだそれ、誰が考えたんだよ! まぁいいわ」
ヒーローの人は手をひらひらさせました。
「んじゃな!」
「はい、さような――」
「ねむいのねむいの飛んでゆけえぇぇぇぇえええええ!!」
ヒーローの人はすぐに白い光に包まれました。
とっても強い光なので、コドラさんがグラグラしてしまいます。でも、いつも通り、すぐに光はやみました。
はじめからそこには何もなかったみたいに、ヒーローの人はいなくなってしまいました。
「さようなら、です」
わたしは最後まで言わせてもらえなかった言葉をつぶやきました。
それを聞いたコドラさんは、今までで一番大きな声でぐるぉぉぉぉん、と叫びました。
わたしはコドラさんの頭をなでなでしました。
「コドラさんももう少しでさようならです。でも、それまでもうちょっと一緒に飛んでいてもいいですか?」
コドラさんは何も言わず、一回下に向かったかと思うと、今度はグイッと急上昇しました。
わたしたちは、くもの中にボフッと入りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます