第1話「アメリカン・スピリット」

 人の世には、不思議なことがたくさんある。でも、それはもしかしたら俺のセンセー、もとい上司のしわざかもしれない。人間のみんな、すまん。運命の女神モイラさまに代わって、謝っておく。平に、平に。

 先日の、はた迷惑な事件について、思いをはせながら、俺は筆をとる。

 ぶっちゃけ、面倒くさい。でもそれが生まれたてほやほや、一番下っ端の神である俺の役目だ。モイラさまの活動記録を残し、天界に伝える。それが、創造神より仰せつかった仕事なのだ。

 俺には、自分の名前すらわからない。だから、モイラさまが「ふたつ名」をくれた。ゴンベという、俺の母国では非常によく知られた名前らしい。名前がないものは、まずこの名前からはじまる。そして、成長に合わせて名を変えていくのだという。

 まあ、俺のことはいったん脇にでも置いておこう。

 どこからいけば、よいものか。

 とりあえず、極寒のアメリカ。イリノイ州にふたりで降り立ったところからにしよう。


 ☆彡


 なにせ、見渡す限り一面真っ白。

 雪景色だ。

「クッソ寒い」

「女神が洟たらしながら言うセリフじゃねぇっスわ」

「うるせえ元人間」

 俺たちふたりは、ど田舎の道路脇で、肩を寄せ合い震えていた。

 動物どころか、車すら冬ごもりしているはずだ。

「俺、どんな死にかたしたんですかね」

「そんなのいちいち調べてないよ。まあ、神ってのは、生きた人間と同じじゃマズいから。すでに死んでると、なにかと便利なんじゃないの。概念的な意味で」

「ヒドイ……」

「人間やめてよかったな」

 モイラさまが、鼻水を凍らせながら、俺の頭をなでる。

「ドイヒーっすわ……」

「にしても車通らないねぇ。アメリカといえば、ヒッチハイク余裕だと思って舐めてた」

 道路の果てに、地平線が見える。

「凍え死にそうなんですけど」

「ユー、死んじゃいなよ」

「傷つくわー……」

 さすがに引いてしまう。この世には、神も仏もいないのか。

 いや、自分も神だけど。

「大丈夫だって! そうそう死ねないから!」

「死ぬこともあるんですね」

「う~ん……」モイラさまが首をかしげる。「たまに?」

「あるんだ……」

「少なくとも、凍死はしないからオーライ! オーライ!」

「なおさらツライじゃないっすかあ!!!!」

 俺の叫びが雪原にこだまする。

 人間やってた頃だって、こんな荒涼とした土地には来なかったはずだ。もしヒトが神にすがるのだとしたら、神はいったい何にすがりつけばよいのか。

 っていうか、神ってもっといろんな力があって、すごくて便利なんじゃないのか。俺の知ってる神と違う。なってみてわかるとは、世知辛い。

「しゃーない、このまま歩いていくのは、さすがの私もつらぽよだ」

「ぽよってなんスか」

「いいんだよ、言葉なんていうのは変わるものなんだ。ニュアンスが伝わればそれでいい」

「そんなもんですかね」

「ああ。つらぽよで、さげぽよだ」

「さげ?」

「セイッ」

 横っ面に衝撃が襲いかかる。怒りみたいに硬く、鳥肌みたいに冷たい。

「へぶっ」

 気づくと俺は吹っ飛ばされていた。耳の辺りが熱い。

 目をつぶっていてもわかる。俺は、モイラさまに回し蹴りをいただいたのだ。

 このときはじめて、雪が積もっていてよかったなあ、と感じられた。

「ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃウゼェ。しばらくそこで死んでろ」

「ありがとうございまう……」

 しゃべると口に雪がどしどし入ってくる。た~んとお食べ、と言わんばかりに。

 自然からのおくりものだ。

 別にうれしくはない。

 つらぽよである。

 体を起こすと、頭を振り払った。雪が俺から逃げていく。

 モイラさまはどこから出したのか、上部に十字のついた、杖みたいなものを片手に持っていた。もう片方の手を使って、器用に糸をたぐりよせていく。杖に巻いた糸が光を反射して、銀色に輝いた。

 いや、もしかしたら透明なのかもしれない。

 俺は瞬きをして、じっと見入った。

 運命の糸をつむぐ姿は、間違いなく、女神そのものだった。

 光輝いて見えるのは、目の錯覚だろうか。

 寒さなんて、一瞬でどこかへ消えてしまう。

「よし。十分だろう」

 モイラさまがこちらに背を向ける。

 俺は立ち上がり、近寄っていった。彼女が振り返ったときには、どこへしまわれたのか、すでに十字の杖はその手になかった。

「今、何をしてたんですか?」

「せっかく人間界に降り立っても、こうも辺鄙なところでは興ざめよ」

「まあ……そうですね」

 どの神も、ほとんどの例外なく、人間を好んでいる。俺はそんな予感がしている。天界を尋ねて回ったわけじゃないけれど。

 好んでいるからといって、大事にしているわけではないのが、人間にはきついかもしれない。

 どこかから、機械のうなる音が聞こえてきた。

 それは次第に大きくなり、俺たちの目の前で止まった。

「ヒッチハイク成功だ。車が来ないなら、来させるまでよ」

 ふふふ、とモイラさまが笑う。

 その笑顔は、特段美しいわけではなかった。


 ☆彡


 トレーラーの助手席に乗り込む。

 運転席には、ひげ面の大男が収まっている。シャツは盛り上がった筋肉で、はち切れんばかり。サングラスはレトロで、使い込まれている。フレームはメッキが剥げて、顔の脂にてらてらと光っていた。

「あんたら、よくあんなところに突っ立てたな。俺が通りかからなかったら、今頃は死んでたぜ」

「でも、通りかかった」しれっとモイラさまが返す。

「違いねえ」

 狭い車内に、ドライバーの笑い声が轟いた。「運のいいやつらだ」

「ひとつ訂正すると、運がいいのはわたしだけだ。こいつは違う」

「ズルしてるくせに」

 俺は小声で抗議する。

 そう、この女神は別に運がいいわけじゃない。正確には、運の流れを自在に操れるのだ。しかし、それはあくまで流れ。貯水池がにごるように、運気だって幸運ばかりではない。

 凍えるような思いをしたのには、もしかしたら意味があったのかも。

 いや、んなことないか。

 だいたい春か秋にでもくれば……。

「ぐふっ」

 俺の横腹に肘鉄がめりこんだ。

 地味に痛い。

「それより、おまえはどこへ向かっているのだ」モイラさまが、ドライバーに尋ねる。「南か?」

「まあ、そうだな。だいたい、セントルイスへ向かってる。あんたたちはどうなんた?」

「わたしたちも同じだ」

「へえ、そりゃますますツイてるな。すごい偶然だ」

 再び男が笑う。

「モイラさま、そうなんですか?」

 初耳だった。俺はこっそり尋ねてみる。そもそも、なんで荒野以外になにもない国道沿いへ降り立ったのか。何も聞かされていなかった。

「目的地は適当だ。彼に合わせた」

「それじゃなんで……」

 ここに? と聞こうとしたそのとき、ドライバーが割り込んできた。

「セントルイスといやあ、あんたらインディアンの集落には行ったことがあるか? 世界遺産よ。ありゃあ不思議なもんだ。なんともいえない気持ちになるぜ」

「セントルイスのはないな。ニューメキシコのだったらあるが」

 すかさずモイラさまが答えた。

 ちなみに俺は、どちらにも行った覚えがない。

 インディアン、というかネイティブ・アメリカンについても、人間だった頃に映画で見たくらいだ。褐色の先住民。白人といさかいを起こしていた。そんな程度の印象である。

 もし集落を訪れたなら、不思議といえば、不思議な気持ちになるのかもしれない。

「ニューメキシコか。俺はそっちはないな。娘が行ったと話してたよ」

「ほう。娘がいるのか」

 たいして意外でもなさそうに、モイラさまが言う。

「幸運なことに、俺にはまったく似てないが、背と笑った顔は俺の血を引いてる。まだハイスクールにかよってる、ひよっこさ」

「そりゃ気が気じゃないだろう」

「なあに、親はそのくらいでちょうどいいのさ」

「いい父親ってやつか」

「そいつは娘に聞いてくれ。俺にはわからん」

「一度、娘に会ってみたいものだ」

 はっはっは! と男が笑った。

「いつか会ってやってくれ。娘も喜ぶ」

「私も、そう願っている」

 モイラさまがほほ笑んだ。

 俺に対しては、そんな表情を見せたことはない。ちょっぴりさみしい。

「そういえば、娘からこんな話を聞いたよ。ニューメキシコにあるインディアンの集落じゃ、奇妙なことが起こったらしいってな」

「奇妙とな?」

 ドライバーが、車のワイパーを動かした。

 曇天に、雪がちらついている。

 車を一歩でも降りれば、寒風舞う荒野である。

 すれ違う車は、さっきからまったくなかった。俺たちの乗るトレーラーが走っているのが、おかしいとさえ感じられるほどだ。

 道路はすっかり年季が入って、よぼよぼだった。

「なんでも、ある日唐突に、インディアンたちが消えちまったらしい。集落から一斉に」

「消えた、というのはどういう意味だ?」

「うむ。うちの娘が言うには、集落が打ち捨てられた形跡があるんだそうだ。それまでは何百年と同じ場所をねぐらにしていたってのに、何を思ったのかやつら、一斉にねぐらを捨てちまったらしい。そのまま、インディアンどもは行方不明よ。どこへいったのかわからない。変な話だろ? 足跡すら、残ってないんだ。ま、大昔のことだ。足跡はともかく、やつらはどこへ行ったんだろうな」

「いくつかの可能性が考えられる。が、そう難しい話ではないな。ゴンベ、おまえにはわかるか?」

 モイラさまが、こちらを振り向く。

 まさかこのタイミングで話を振られるとは思っていなかったので、俺はおどおどしてしまった。

「えっと、引っ越したんじゃないですか? 全員で」

「なぜみんなで引っ越す必要がある。引っ越したければひとりですればいい」

「う……それは」

 そこまで考えていなかった。

「そこに住めなくなった理由があるんですよ、きっと」

「ほう? それはなんだ」

「気候が激変したとか、食料が確保できなくなったとか」

 ドライバーの男が同意する。

「まあ、そんなとこだろうな。夢のない話ではあるが」

「ですよね」

 俺はほっと胸をなでおろす。

 なのに、モイラさまがまぜっかえした。

「じゃあ私が、夢のある回答を用意しよう。先ほどの話じゃ触れてなかったが、その集落には、当時の文明にしては不可解な出土品があったんじゃないか?」

「ああ――まあ、そんな話も聞いたかもな。馬鹿げてると思って、気にも留めなかったが」

 あごひげをさすりつつ、ドライバーが言う。

 聞いてないぞ、そんな情報。

「いったい何が出てきたんです? モイラさまには、見当がついてるんですか?」

「いや、そこまではわからない」

「なあんだ」

 やっぱり与太話――。

「たしか水晶だか、なんかだった気がするな」

 運転席の男が、さらに余計な情報を出してくる。

 俺はさっきから、嫌な予感がしていた。

「私にかかれば、謎はすべて予定調和」モイラさまが前のめりになる。「インディアンどもの正体は、太陽系の外からやってきた調査団だ」

「それ以上は、ダメです!」

 俺は忠告したんだ。でも、もう遅かった。

「彼らは地球を調査しに訪れて、現地で生活してみた。しかし、あまり見るべきところがないと判断して、去っていったのさ。水晶は、宇宙船を呼ぶのに必要なアイテムだった。足跡もなく、集落ごと打ち捨てられて住民が消えたのは、宇宙へ帰って行ったのさ。そのとき、水晶を忘れていった」

 ドライバーが、轟くような笑い声をあげる。

 そりゃそうだ。誰も信じまい。話しているのが、ただの人間だったなら。

 とっさに俺は、抵抗を試みた。

「もしかしたら、地下にもぐったのかも」

「地下?」

 よし。モイラさまが食いついた。

「そうです。地下です。インディアンたちは、地下に通路を掘って、街を作っていた。もちろん、厳しい冬を越すためです」

「あの、いまいましい雪に囲まれてたら、気持ちはわからなくもないな」

 彼女がおごそかに頷く。

「頭の中まで真っ白に塗りつぶされて、気が狂ってしまうだろう。続けろ、ゴンベ」

「そこでインディアンたちは長いこと暮らしていました。毎年冬になると、先祖の先祖の、そのまた先祖の……用意してくれた洞穴で。しかし長い年月の間に、老朽化していたのに気づかなかった。それで、彼らはあるとき、全員生き埋めになってしまったんです」

「悪くない。が、ゴンベにしては、というレベルだな」

 モイラさまが鼻息をもらす。

「ならなぜ、骨が発掘されていない」

「まだ見つかってないんです。骨は埋まっている。けれど、地下深くのため、気づかれないまま、地上に出ていた集落だけが日の目を見たんです」

「ふむ……」

 俺はこぶしを握った。

 宇宙人よりまだマシだ。

「だがよ、あんちゃん。彼らはどうやってそんな昔に、地下の住居を作ったんだ?」

 またしても、あんたなのか。ドライバー。

 余計な茶々を入れやがって!

 いいんだよ、そのまま疑問は飲み込んでおいてくれれば。

「当然の疑問だな。ゴンベ、答えよ。どうやってインディアンどもの祖先は、地下に掘った洞穴に、住処を用意した?」

「うぐ……」

 知らんがな、と答えるわけにはいかない。

 何か、何かないものか。重機なんてあるわけもないし、そんな技術があったら――いや、ある。

「どうした? 詰みか?」

「水晶があるんですよね?」

 苦し紛れでもいい。推理をつづけるんだ。

「あるらしいな」

「どんな形のものですか? ミスター」

 俺は運転席へ、疑問を投げかける。

「えっと、いわゆる普通のだよ。店で売られているようなやつだ。何カラットとかで、指輪やアクセサリーにくっついてるような。今じゃレーザーでカットしてるが、当時、正確にきれいな水晶を、宝石として切り出すのは無理だったって話だぜ」

「でもできた。その技術や方法は失われてしまっているけれど、ものが出土している。つまり、それだけの英知を彼らは持っていたんです」

「ふむ……」

 モイラさまは、車のフロンドウィンドウの先を、じっと見つめた。

「ゴンベの説は、一理ある。が、なぜそんな技術を持っていて、それが失われたのか。そこに鍵がある。彼らはグレートスピリットを信仰しているそうじゃないか」

「らしいですね」

「そうらしいな」

 ドライバーの男と、ふたしりて頷く。

「ではグレートスピリットとは一体何か? それこそが母星の教えだよ」

「は? 母星?」

「彼らはやはり、高度な技術力を有した宇宙人だったのだ。そして洞穴を作ったかもしれない。無論、この星の調査のためだ。そしてそれは埋められた。しかし、彼らの死体ごとではない。やはり彼らは調査を終えて、自分たちの星へと帰って行ったのだ」

「いやいやいや! ちょっと待ってください! どうしてそうなるんですか」

 宇宙人説、万能すぎだろ。

 さすがに口に出しては突っ込めなかったが、顔には言いたいことが、表れていたかもしれない。

「古い映画に、そんな内容のもんがあったかもなあ」

 ドライバーがしみじみと頷いている。

 舗装の悪い場所をタイヤが踏んで、車内がぐらぐら揺れた。

 モイラさまの肩が、俺にぶつかる。

「なんとも腰に悪い道だ。仕事とはいえ大変だな」と、彼女が同情した。

「心配されるほど、俺はヤワにできちゃいないぜ。こいつと同じさ」

 ドライバーが、バシバシとステアリングをたたく。

 あれじゃかわいがっているのか、張り倒しているのかわからんぞ。

「どんな悪路だろうと、呼ばれればどこへだっていく。自分の足を使ってな。俺がいなきゃ、セントルイスの連中の不機嫌な顔に、いっそう磨きがかかるぜ」

「そいつは大変だ。洒落にもならんだろう。イーストセントルイスの辺りじゃ、死人が出る」

「それに関しちゃ、俺がいなくたって出てるさ。毎日お決まりの行事だよ」

「まったく、残念なことだ」

「俺には仕事と」ドライバーが、再びステアリングをたたく。「こいつがいる。それだけで、イーストセントルイスの連中より、ずっと恵まれてるさ」

「トレーラーは、燃料を食わせて整備してやっているうちは、素直だからな。人間はそうはいかん」

「まったく。神様はとんでもない世界が、さぞ好きらしい」

 声をあげて、モイラさまが笑った。

 その横で、俺は肩身の狭い思いをしている。自分の責任とは感じないけれど、申し訳ない気持ちがしてしまうのだ。

 もし俺に、特別な力があったなら、もうちょっとマシな世界にできるのだろうか。そもそも自分自身すらよくわかっていない俺が言うのは、おこがましいセリフかもしれないけれど。

 人間として生きていたときは、きっとこんなことは考えなかったはずだ。

「自分から遠い相手ほど親切にしたくなるのは、なぜなんでしょうね」

 俺は思わずこぼした。

 フロントガラスにはりつく、雪のちらつきのせいだ。

 モイラさまが、同じくらい小さな声で返す。

「利害が絡まないからさ。神になってよかったな、ゴンベ」

「はい」

 そうなんだろうか。

 神になれてよかったと思ったことはない。

 けれど、無関係だからこそ、動く理由は良心だけで十分なのかもしれない。

「さて、結論も出たし、帰るか」

 しれっとモイラさまが言う。

 おそるおそる、俺は尋ねた。

「あの、結論というと?」

「インディアンの話だ」

「……その説、変える気は?」

「無論」

「ある……?」

「ない。よいか、私は常に正しい。私のすることこそが、正しい行いになる。私こそが過去であり、現在であり、未来なのだ」

「ですよねー」

 俺はがっくりとうなだれた。

 ダメだった。

 また、人類の歴史に余計な一ページが加わってしまった。うう。

 名探偵というなら、モイラさまの推理は完全無欠。なぜなら、彼女こそが答えなのだから。

 彼女が結論を出すと、その通りになる。これまでや、これからがどうであったとしても。

 そうなのだ。

 だから、俺は人類の歴史のために頑張った。今回は徒労に終わったが、いつか歴史を正してみせる。これは夢とかでなく、使命だとひそかに俺は考えている。

 神に時間という概念は無意味だ。それだけが唯一、絶望であり希望なのだ。

「ところで、水晶の謎についてはどうなるんです?」

「さあな。地球外生命体が持ち込んだのだ。彼らに訊いてくれ」

「はい……」

 きっと、オーパーツ扱いにされるだろう。

 失われた超文明の遺産が、またひとつ増えてしまった。

 増やしてるのは目の前のお方だけど。

「それじゃ、改めて帰ろう」

 モイラさまが、ドライバーの方を振り向く。

 俺もそれに倣った。せめてもの礼儀だ。

「ご苦労。有意義なひとときであった。この道中は安心せい。事故は絶対に起こらぬと私が保証しよう。楽しい話が聞けて、満足だ」

「お世話になりました」

 俺は軽く頭を下げる。もちろん、モイラさまはそんな振る舞いはしない。

 ドライバーが、あいまいに返事する。

 きっと、頭のかわいそうな連中だと思われている。何も言わなくても、俺にはその表情だけでわかるぜ。

「はははは」

 乾いた笑いが、口をついて出る。

 ドライバーに、慈悲のまなざしを向けられているのがつらい。

「さらば。またいつかどこかで」

 モイラさまがこちらを向く。

 アイコンタクトだ。天界へ戻るらしい。

 頷いたとたん、ふたりの身体が金色に輝いた。車をすり抜け、天へと戻っていく途中、俺はたしかに聞いた。

 ドライバーのつぶやきを。

「オー・マイ・ガッー……。やつら、インディアンだったのか」

 違う。

 違うんだ、おっさん。俺たちは神なんだー!!!

 ふと、本当に頭がおかしいのは俺たちなんじゃないか、という考えが浮かんだが、自分のためにすぐ打ち消した。

 おっさんのつぶやきは、神に向けられたもの。

 ならばその祈り、聞き届けたぜ。

 となりでモイラさまが言う。

「元来はおまえの故郷へ行くつもりだったのだがな、ゴンベ。まあ、こういうこともある。許せ」

「えっ!?」

「次はもう少し集中して、近い時間軸、近い場所にするとしよう」

「はじめから――いえなんでもないです。スイマセン」

 俺に足りないのは、特別な力なんかじゃなく、もっと別のものかもしれない。

 例えば、いい上司とか。

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変格パラダイス 花木理葉(HANAKI Riyou) @flowercut

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