静寂と喧騒

十(じゅう)

静寂と喧騒

 最近なぜか妙に忙しく、部室に行く暇が無かった。

 それはSOS団の他のメンバーも同じだったようで、偶に古泉と立ち話をしても、部室には誰も行っていないらしいとのことだった。

 というわけで、特に何をするでもないけれど、久しぶりに部室にやってきた。

 そこでは、長門がいつものように黙って分厚い本を読んでいた。一体俺が読んだら何ヶ月かかるんだろうな……。

 そんな事を考えていた時。

「うっ」

 長門が、突然ちょっとした呻き声を上げて、俺の方にやってくる。

「どうした長門」

「……つい先程、長門有希を構成する諸要素に対して更新をかけていたが、エラーで止まってしまった」

 相変わらず長門の言葉は時々訳が分からない。

 と、長門はいきなり俺の膝に頭を乗せた。

 俺は仰天したね。意味が分からない言葉の次に、もっと意味の分からない行動が続くんだからな。

「長門、お前いきなり何を」

「安定するまでこの姿勢で待機する。時間は30分……と……ミリ秒……」

 そんな事を呟いたかと思うと、長門はすぅすぅと寝息を立て始めた。


-------------------------------------------


 何事も上手く行かない日というのは、おそらく誰にでもあると思う。

 今の俺がまさに現在進行形のそれで、願った方の逆へ逆へと進んでいくので、ほとほと参った。

 さっき長門は、この状態が続くのは30分と言っていた。

 つまり、30分誰にもこの状態を見られる事がなければ、何事も無く(?)終わるはずだったのだ。

 どうか、朝比奈さん、30分はこの部屋に足を踏み入れないで下さいっ!

 ガラリ。

 ドアが開く。

「キョンくん、久しぶりにお茶でもどうですか?」

 朝比奈さんは、俺が長門を膝枕している様子を目撃し、石のように固まった。

 それから、ネジが切れかかった人形のようにぎこちない歩み方をしながら、

「き、キョンくんにも禁則事項があったんですね……ちょっと私、禁則事項が終わるまで部屋から出てますからっ!!」

 朝比奈さんは、ダッシュで部屋の外へと消えた。

 朝比奈さん、その禁則事項、意味がおかしいです。

 俺は冷静に呟いたが、その言葉を聞く者はいなかった。


-----------------------------------------


 古泉、お前は来ないよな!

 ガラリ。

 無情に開くドアに対して、俺は心の中で泣いた。

「新しいボードゲームでもしませんか。……おや……そう……ですか」

 古泉は、顎に手をかけたまま、一人で納得して部屋を出て行こうとする。

「お前っ! 俺はまだ何にも言ってないだろう!」

 古泉は柔和な表情を浮かべながら、 

「ボードゲームはまた今度にしましょう。ちょっと用事を思い出しましたのでこれで。ああそうだ、ルールブックを置いておきますので、良かったら読んでください」

 古泉も部室を後にした。


-----------------------------------------


「これでハルヒが来たら大笑いだな」

「キョン! 美味しい焼き芋が売ってたからお裾分けに来たわ! ありがたく受け取りなさいよね!」

 ハルヒはそう言った後、俺と長門の様子を目にして、焼き芋をぽろっと床に落とす。

 俺は、胃がきゅぅっ、と痛くなった。

 この30分間、間違いなく世界は俺に優しくない。ハードモードのさらに上、隠し難易度並みに設定されているに違いない。

 ハルヒは焼き芋の袋を床に置くと、無言でどこかに走っていった。

 それから数分後、なぜかハルヒは座布団を持ってきてパイプ椅子の上に敷き、俺の隣に座った。

「どういうことだ?」

 俺が冷や汗をかきながら言うと、

「ったくもう……分かってるわよ。どうせ有希がエラーか何かでそういう状況になっちゃったんでしょう。団長の私がそんな事も見抜けないと思った?」

「ハルヒ、分かってくれたか! ……ところで耳たぶが故意に引っ張られてるような感覚があるのだがこれはどういうことだ」

「別に何でもないわよっ! ばかっ!」


 それから俺は、焼き芋を食べたりハルヒの今後のSOS団エクスパンション計画について聞いたりしていた。

 しかし。

 ふと気付くと、さっきまで少しやかましいくらいだったハルヒの声が、聞こえない。

 そして、俺の肩に重い感触。まるで頭蓋骨のような。

 俺はハルヒの方を見ると、ハルヒはいつの間にか、俺の肩に頭を載せて寝ていた。

 ウソだろ。俺、身動きできないじゃないか。

 どうすれば……。

 その時。

『キョン、焼き芋おいしいわね~』

 ハルヒが寝言を言いながら、よだれを俺の学ランに垂らしやがった。

「は、ハルヒお前っ!! よだれが、ちょっと起きてくれっ! おいっ!!」

 その時、長門がむっくりと目を覚ました。

「エラー修復完了。修復に伴い減少したビタミン類を補給する為、何か買ってくる」

「ああそうか、よかったな……」

 俺は、ハルヒを俺の肩から引きはがそうとする。

 誤解が無いよう言っておくが、これは別に長門を優遇しているわけではない。長門はよく分からんがエラー修復中だったらしいから止むを得なかったが、ハルヒはグーグー寝てるだけだからな。

 しかし、

「引きはがしてはいけない」

 長門が、真剣味を持った声色で言う。

「どうしてだ」

「今、涼宮ハルヒは極めて安定的な状態にある。それをむやみにかきみだそうとするのは、穏やかな水面に大きな石を投げ込む行為と同じ」

「そうか……って、じゃあ俺はこのままでいなきゃいけないのか?」

「そう。2時間もすれば、涼宮ハルヒは覚醒する」

「2時間!?」

「残念ながら事実」

 長門は言うと、部室を後にした。


-----------------------------------------------


「昨日は疲れた……」

 俺は、頭をぼりぼり掻きながら、手札を眺めていた。

「お疲れ様です」

 古泉はにこやかに言う。

「でも、あなたから事の顛末を聞いて改めて思うのは、長門さんも少し寂しかったのかもしれないですね」

「どういうことだ?」

 すると、古泉はぽかん、とした。

「勘のいいあなたが、今回は気付いていなかったのですか?」

「何を」

「長門さんは、久しぶりに部室のみんなの喧騒を聞きたいと思った。それが、長門さんの更新エラーという形で始まり、その後の事は、当事者のあなたが一番ご存じでしょう?」

「……つまり、長門の希望通りに全てが進んでいったって事か。でも、よだれは勘弁してほしかったなあ……」

「まあ、オチがつくのもSOS団らしい、ということで一つ」

「はいはい」

 俺は、手札を一枚場に出した。

 なんだかよく分からないがそれは相当強いカードだったらしく、古泉は降参した。

 今日もSOS団は平和なのである。この一文に、「俺を除いて」という修飾子がつかないことを心から願っているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

静寂と喧騒 十(じゅう) @lp1e6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る