①-1-3

森は六時間ほど歩いた所で終わった。


本当なら半分の時間で抜けられる程度の距離だったが、彼女が泣いたり喚いたりで手間がかかり、その度に休憩となったので倍も時間がかかったのだ。


「アンタさっきっから何黙ってくれちゃってんの? まさかアタシの事うざいとか思ってるわけ?」


俺はその言動にまた驚く。


まさか思っていないと思っているのか。


なんてことだ。自分のことしか考えない人間というのは特段珍しいものではないが、この女はどうやらそれに輪をかけた上位種らしい。とても付き合いきれない。


俺は彼女を今までより一層無視して黙って歩く。


体感時間、太陽の位置、木々の影の伸び方などから大体の方角を割り出した俺は南に向かって歩いている。北に山が見えたのでという安直な理由からだが、そのお陰ですぐに森を出る事が出来た。遭難マニュアルの基本に逆らう事ばかりしているが結果オーライ。森を出るとすぐに小川が見えた。


今度は川に沿って下流へ行けばいい。そのうち海か湖に出るはずだ。


途中にはきっと村なり町なりがある。それはどんな世界でも多分同じだろう。


ぎゃあぎゃあ騒ぎ続けている彼女を無視し続け、俺は辺りを観察しつつ黙って歩き続けた。


川沿いに歩くこと一時間ほど。


小川は大きな川になった。幾つかの支流が合流し、渡るには橋が必要な程の川幅となっていた。


空の色が変わってきている。日はかなり傾いていて、そろそろ夕方になろうかという時刻だ。


「ちょっとアンタ。頭おかしいんじゃないの? その歳で枯れてるわけ? それとも不能なの? 男でしょ? 目の前に美少女がいるのよ? 優しくしておいて美味しい思いをしたいっていう脳はないわけ? それともそんな事も考えられないくらい頭悪いわけ?」


恨み言を飽きる事無く言い続けてきた彼女も、そろそろ本当に体力がなくなってきたのか音量は落ちていた。


罵詈雑言の内容はともかく、目は虚ろでこれ以上進む余裕はなさそうだ。


俺一人なら夜通しでも歩ける。邪魔な彼女をここに置いて行くのもアリか、と考えたが、さっきの狂気っぷりを思うと二の足を踏んでしまう。先に進んで助けを呼んでくると説明しても従うような女ではあるまい。説明を理解するどころか窮鼠猫を噛まんばかりに襲われる可能性が――俺が思う以上に――大きいかもしれない。こんな所で暴れられてつまらない怪我をさせられるのはまっぴらごめんである。


――やむを得ん。ここで野宿するか。


『〈Fetchフェッチ〉』


俺は川岸の平らな場所を拠点とし荷物を引き出す。


ばら撒かれた荷物からハンドタオルを引っ張りだすと、その場で服をすべて脱いだ。


「は!? ば、馬鹿じゃないの!? 何脱いでんの!? あ、アンタ、あ、アンタ……」


彼女は目を白黒させて顔を背けたり両手で顔を隠すのか隠さないのかよくわからないような狼狽え方をしていたが、俺はそれを完全に無視した。


驚きと疲れで尻餅をついた彼女は最後の力を振り絞るような叫び声を上げなから懸命に後ずさりしていたが、俺はそんな彼女を尻目に颯爽と背を向け川へ向かう。


「挑発されたから頭に血が上ったわけ!? こんな所でアタシを犯る気!? ふざけんじゃないわよ! 上等じゃない! 噛みちぎってやるわ! ナメるんじゃないわよ! アンタなんかこの私がその気になれ……ば、ちょっ……ドコイクの!? ねぇ!! え……? あ、……え? え? ちょっと、待ちなさいよ! 何よそれ! ねえ! あたし! 無視? ねえ! ねえってば! ちょっ――」


彼女は動揺極まったのか、俺が川へ入っても暫く騒ぎ続けていた。

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時の七鍵≪セプティマ≫ ―― Mephistoの蝶 ―― にーりあ @UnfoldVillageEnterprise

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