①-1-2
元いた場所に戻ってみると、彼女は呆然としたまま同じ場所に座っていた。
顔を涙と泥でグシャグシャにして、泣きつかれたのか虚ろな目をしたまま固まっていた。
あれからずっと、その場から一歩も動かず座っていたのだろう。彼女の周りには歩いた形跡(足跡)は無かった。
「アンタもどっかにいっちゃったのかと思った」
恨みがましい、というよりは、何もかもをも諦めた世捨て人の様なその棒読みトーンは、少なからず俺の良心をチクリと刺した。
「で? どこほっつき歩いていたわけ?」
彼女の問いに、俺はこれからどうしようかと考える。
ここで言うどうしようとは、今後の行動についてではなく彼女の処遇をどうするかという意味だ。やるべき行動は既に決まっているが、彼女を連れていくかについては迷いがある。
――動かずに救助を待ち続けるという選択肢もあるが……。
状況を考えればその選択は愚だと思う。だが先のことはわからない。逆に連れて行って絶対に助かるという保証もない。命がかかっている以上無理強いすべきではない。選択は彼女自身にさせるべきだ。
俺は顎を斜めに振り「いくか?」と合図をした。
「知らない!」
そうか行かないのか。
彼女の選択は成った。
まさかこの状況でへそを曲げて意固地になているなんてことはあるまい。俺が一人で何も言わずに行動したとしても彼女にそれを責める理由は無いはずだ。彼女が怒る要素などない。俺も怒られるいわれはない。俺には彼女にお伺いを立てなければならない義務など無いのだから。
だとするなら、彼女には今後生存するための何らかの打開策があるという事なのだろう。
彼女の秘策に少し興味を持ったが、しかしその答えがどうであっても俺の知るところではない。それに俺を引き留めないという事からその策が彼女一人しか助からない類のものである可能性は高い。
ならば俺は一人で行くべきだろう。足手まといになってしまうのは御免だ。
そう判断し俺は彼女を置いて歩き出した。
「はぁああああ!? 馬鹿!? 馬鹿なの!? ばっかじゃないのアンタ!! 死ねよ! 死んじゃえ!! あああああもおおおああおあおあおお!!」
十歩。
俺が十数歩歩いた所で彼女は振り絞るような奇声を上げた。
「…………」
当然俺は驚いた。それはもう、発狂し始めたと言っていい。そう、まさに彼女は狂いだしたのだ。
何というミステリアスな行動か。すわ何事かと、俺は思わず振り返る。
そうしたら、わんわん泣きまくり鼻水だか涎だか泥だかで表情がわからないくらい真っ黒になった顔をくしゃくしゃにして、彼女は声と息を震わせながら俺の顔を凝視していた。
「なんでぇおいでぐぅ、おいでごぉうぉするぅうあぁあぁあ……」
「…………」
意味が分からない。ついてきたいのならそう言えばいいだけではないのか。
俺は来た道を引き返すと、彼女の前に立ち止まり、手を彼女に差し伸べた。
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