終章

エピローグ

 日本橋で行われた大乱闘のその後について説明しよう。

 まず弥刀首相が内閣総辞職を行った、あれだけ圧倒的な政治力を見せていた人間がそんな簡単に辞められるのかと思うかもしれないだろうが、まあそこら辺は疑惑に乗っかるような形であえて辞めるように仕向けてみせたといった具合である。

 まあ端から見ればそんなこと分かりようが無いではないかと言いたい所ではあるが、あの三大勢力が入り乱れての争いが何事もなかったかのように報道されていない時点で彼女が何かしらの策を打ったことは言うまでもない、大桐も関わったかもしれないが。

 無論その後は選挙が行われるのだが、その点についてはどうやら弥刀側の息の掛かった人間が次期首相の筆頭と呼ばれており、抜かりはなさそうである。

 とは言ってもそれだけでは何も変わってはいないと、ただ敗北を決定打に逃げたとしか思えないように思われるだろうが、次期首相の筆頭議員が関東レジスタンスのリーダーとの対話を約束しているだけでなく、一部法改正も視野に入れた発言もしており、僕達の闘いが全く無駄ではなかったということだけは間違いは無さそうであった。

 因みにキモオタ共のゾンビ化に関しては最早僕達が出張らなくとも政府側が同様のワクチンを開発していた為に、出来るだけ早く事態は収束に向かうことだろう――ゾンビからただの人間に戻ったレジスタンスの処遇をどうしていくかや、荒れに荒れまくった日本橋の復興をどうするかなど、その他諸々に問題が山積みなことには変わりはないが。

 ついでに大方の役目を僕達だが、ひと通りボロボロになった身体をコンフィーネ製最新医療機器によって治療して貰った後は、顔も割れていなかったこともあり何事も無く元の日常に帰ることは出来たのだったが――それから約数週間、大桐から何の通達もなかった僕達は少し不審に思い保健室を訪れた所、そこには誰もおらず――


 コンフィーネの秘密基地へと繋がる引き出しも、ただの引き出しに戻っているのだった。


 こんな夜逃げでもかますようなやり方で別れを告げてくるなど、あれだけ僕達のことを利用しておいてとんだ先生だなとも思ったのだが、自分が腐女子根性丸出しであった姿が相当恥ずかしかった為にこんなことをしたのではないかと思うと、僕も長峡も箕面もただただ可笑しくなってしまい、こういう別れ方もアリだなという結論に至った。

 余談の余談になってしまうが、出来島に関しては未だ学校へは戻ってはいない、政府の和解を求める声明を受けてから一部の生徒(過去に僕達が倒したレジスタンス等)は復帰してくるようなこともあったが、生まれた溝が元に戻ることそんな簡単なものでもない、暫くはこんな学校模様が続くのだと思うと、なんとも言えない気持ちにならなくもないが。

 さて、そんな僕はと言えば別段なにか変化があったのかと言われれば、はっきり言って何も変わってはいない、まだ弥刀が大桐との下らない喧嘩によって意固地になって通した法律はまだ存在しているのだしな、リッターとして、二次元を守る者としての生活をしていた前と同様に何一つ変わっていない生活を送っている。

 強いて言うなら知り合いが二人ほど増えたぐらいだろうか、それも女子が二人程、その事が二次元に行ける事と何か関係があるのかと言われればまるでないことは言うまでもないが、別に悪い気はしない、長峡も箕面も、それなりに知識はあるしな。

 そんな風にして、今日も何事も無く授業を終えると帰宅部である僕は直行で校門へと向かっていく、長峡と帰ったりしないのかと言われると無いわけでもないのだが、リッターとして闘っていた時の自分(覚醒時を除く)のポンコツ具合が実は意外にショックだったらしく、運動神経を戻そうと最近は専ら近くのサッカースクールで汗を流しているそうだ。

 という訳で僕は一人で黙々ととある場所――そう、同人誌やら一部の漫画、ゲーム、オタクグッズを非合法に取り扱っているショップ、オタク達の心のオアシスへと向かう。

「お小遣いの兼ね合いもあるし、隠し場所のスペースも考えればあまり沢山は購入出来ないからな……とはいえ何を買ったものか――ん?」

 そんなことを考えながら店の前へと差し掛かった時、ふと出入口からにサングラスにマスク、黒の帽子に黒のコートという、この湿気で蒸し暑い時期にどう考えても不信感マックスの人間が周囲を異様に警戒しながら出てくる人間がいることに気づく。

 見た感じは女性――であることに間違いは無さそうだが、それ以上に彼女から漂ってくる雰囲気がその変装からは隠し切れないまでの既視感を感じる。


「まさか――――大桐か?」


「ギクウッ!? は、はて何のことやら……」


 いやそんな反応の見せ方して大桐じゃないと偽ることの方が無理があるだろう……。

「こんな所で何やってるんだお前……もしかしてその紙袋の中身ってビーエ――むぐぅっ」

「いやー本当にこの学生さんったら何を言っているのかしらねー、あはは、いやいや全くもーちょっーとこっちでお話しようか」

 そう言って大桐は僕の口を塞いだまま路地へと引っ張りこんでいく。

 いや、これ一歩間違えたらかなり問題のあるシチュエーションだから・

 人目のつかない所まで彼女は僕を連れて行くと、そこでようやく口から手を離し、サングラスと眼鏡を外すと、案の定そこには大桐の姿が現れる。

「ちょっと! 何で公晴君がここにいるのよ!」

「いやそれはこっちの台詞だが……何でお前が同人を漁りに来てるんだよ、それもこんなこそこそと人目につかないようにして」

「そんなの当たり前でしょう! 貴方とは違って私みたいな立場の人は堂々とこういう本は買えないのよ! いや現状だと堂々と買える筈なんてないのだけれど」

「別に誰もお前の趣味を馬鹿になんてしたりしないのによ、どうして僕達に黙ってコンフィーネを解散させて、しかもあの施設まで閉鎖させてしまったんだ?」

「それは……貴方達には大きな迷惑をかけてしまったし……これ以上コンフィーネを存続させる必要性も無くなったから、せめて何事も無かったかのように生活して欲しいという私なりの計らいよ、変に縁を残したら何かと後で面倒でしょう」

 自分の趣味が全員に露呈して気恥ずかしかっただけだろう、とは言わない。

「あれだけドンパチやって何事もなかったかのようになんて言う方があり得ないだろ、せめて親戚の長峡ぐらいには話してやってもよかったんじゃないのか」

「仕方がないじゃない、あれから私だって色々大変だったんだから……日本橋の後処理をどうするだとか、グローセンハンクだってあのままにはしておけなかったし、何より弥刀との関係を修復させるのだって簡単じゃなかったのよ」

「お前達の私情が原因でこんなことになってしまったんだからな、そこに関しては僕が攻めなのか受けなのかという部分を使ってでも解決して貰わないと困るが」

「まあ実際それがきっかけではあったのだけれどね、感謝はしてるわ」

 完全なノリで言ったつもりだったが、マジだったのか……。

 僕の闘いの記録とはまるで関係の無い所で自分の作用が働いていることに、悪いとは思わないが良いとも言えない実に微妙な感覚に陥りそうになる。

「今でようやく根回ししていたことが軌道に乗り始めて、少しずつ進展はして来ているという感じね、貴方達がしてくれたことを決して無駄にはしていないから安心して」

「そういうことなら安心は出来るが……というか、弥刀の奴はどうしているんだ?」

「彼女も彼女で必死になって走ってきたから、今は休息中と言った所ね、敢えて悪者となって辞めてしまった形だから、議員として復活出来るかどうかは不透明だけれど……今は私以外誰も与り知らぬ別荘地で悠々自適に腐女子の日々を送っているわ」

「人には裏表はあるし、何をしようが勝手ではあるがあれだけ猛威を振るった元一国の長がそこまで自堕落な生活を送られているとなんとも言えない気持ちになるな……つまりその紙袋の中に入っている大量の同人誌も弥刀の為に用意した奴なのか」

「それもだけれど、勿論私の分もあるわよ、何? 文句でもあるの?」

「いや、別にないけど……心を癒してくれる存在が無い状態が如何に辛いのかというのは僕もよく分かっているからな――」

「そういえば私からも聞きたいのだけれど、学校の状態とか、貴方もだけれど影子とかみゆきの調子はどう? なにか変な事になっていたりしないかしら、施設の閉鎖と新しい保険の先生の擁立とかをしただけで何も見る暇がなかったから」

「学校は至って平和なもんだよ、リアルが充実している人間に関してはな、自我持っていたオタクゾンビ以外はゾンビ化してからの記憶はないし、特に目立って面倒な事態にはなっていない、人によっちゃ政府と闘ったヒーローみたいな感じで持て囃されている奴もいるぐらいだしな、まあそれでも大半は昔と変わらぬ状況を強いられている者が多いが」

「そう……やっぱりその辺も何とかしていかないといけないわね、どんな形であれ事の発端となった種を撒いてしまったのは私達なのだから、その義務は必ず果たすわ」

「僕も長峡も箕面も、特にエスカの影響があるということはない、治療も十二分だったし、まあ闘いが終わってから数日間は、筋肉痛に悩まされもしたが、今は問題ない」

「なら安心ね、とは言ってもウチのスタッフは優秀な人材揃いだから当然だけれど」

「近況で言っても特に変わりはないな、僕は言うまでもないし、箕面はコスプレ同好会の連中と楽しくやっている、コミケが復活した時に備えて腕がなっているみたいだ」

 そんな箕面に僕は強制的に入会させられかけたんだけどな、男の娘キャラコスプレがこんなにパーフェクトな人材いないってことで、つってもその姿を人前に晒してしかも写真を取られるなど、どんな羞恥プレイなのだと言って全力で逃げたが。

「長峡は――どうだろうな、変わったといえばそうかもしれんし、何も変わっていないと言えば変わっていない、ほんの少し顔の表情が変化するようになったとか、声のトーンが微妙に変わるようになったとか、それぐらいだ、あとサッカーを再開したもあるか」

「いや、それは彼女からしたらかなりの変化だと思うけれど……昔からどんなことがあっても無の境地を貫いていた子だったし……やっぱり公晴君のお陰じゃない?」

「大袈裟だ、僕はただあいつの中で眠っていた、いや見ることを忘れてしまった想いに気づかせてやっただけだ、僕じゃなくても、いつか別の形で気付いていたかもしれない」

「だとしても、貴方のお陰であることに変わりはないわ、ねえもうデートとかしたの?」

「は? なんでそうなる」

「だってあんなに貴方のこと想ってくれているのよ、ちょっとぐらいそれに応えてあげてもいいじゃない、どうせ現実じゃ影子以外で一生彼女でき無さそうだし」

「僕は自分の芯から愛したヒロイン以外に興味を持つつもりは毛頭ない、長峡は確かに悪くないかもしれないが……そんな半端な気持ちで付き合うなど逆に失礼だ」

「ふーん、でも無理ってことでもなさそうなのね――いやーやっぱり想いっていうのは素晴らしいわね、一つ間違えればそれは毒にもなるけれど、でもどんな形でも想いというのは無限の可能性を切り開く唯一無二の感情だわ」

「それについては僕も同意だが――」

 そう言いかけた所で僕はふとある事を思い出し、それを口にする。

「なあ大桐、そういえばあの時、『お礼はいつか返す』って言ったよな?」

「へ? そんなこと私言ったかしら」

「長峡の持つクオーレを自覚させた時だ、忘れたとは言わせんぞ」

「言ったような気もするけれど……それがどうかしたの?」

 僕は自分でも珍しいと思うぐらい真面目な顔になってみせると、姿勢を正し、改めてその目線を大桐の方へと向き直し、こう言った。


「お前が人の想いを素晴らしいと言うのなら、誰もが自由に想いを表現出来る国を構築してくれ、それが人の為でもあり、何より二次元世界の為でもあるから」


 それが僕がお前にして欲しいお礼だ、と付け加える。

「――ふっ、言ってくれるわね、始めからそのつもりだったし、その為に政界に戻る準備もしていたけれど、男の子にそんな顔で言われちゃったら、是が非でも返さないといけないわね」

「頼む、そうじゃないと、この一件に関わった人間は、誰彼も報われない」

「公晴君がそんなこと言うなんて――もしかしたら貴方も少し、変わったのかもしれないわね……いいわ、任せておきなさい、その代わりちゃんと私に投票しなさいよ?」

「馬鹿言うな、未成年は投票権持ってる筈ないだろ、だから言っているんだ」

「それもそうだったわね――――あら」


「先生ー! 何処に言ってしまわれたんですかー! もう次の会合の時間ですよー」

「先生ー! お願いですから早く出てきて下さーい!」


 明らかに近くで大桐を呼ぶ声が聞こえ、それに気付いた大桐は慌てて紙袋を鞄の中へと押し込む。

「サボりは関心しないな、さっさと僕達の為に働いてこい」

「酷い言い草ねもう――本当は格好良く総理大臣になって始めて私が何をしていた知って貰おうと思っていたのだけれど、結果的に公晴君とお話が出来てよかったわ、それじゃあ戻るとするわね、次逢う時は国会を背景にしたテレビの画面越しかしら」

「そうだったらいいがな――ああ、最後にもう一つだけ」

「何かしら、手短にお願いね」


「お前もしかして、この世界線の人間じゃない、とかじゃないよな?」


「――――――――あり得ないでしょう、仮にそうだとしたらもっと上手く政治を回していると思わない? いくらなんでも漫画の読み過ぎよ、公晴君」

「――そりゃご尤もな話だ、悪いな無駄な時間を取らせて」

「いいのよ気にしなくて、それじゃあさようなら、怪我と病気には気をつけて」

「お前もな」

 そう言って、大桐は走って彼らの元へと戻っていったのだった。

 それから暫くして、僕もゆっくりと路地から顔出す。

「さて……と、今晩のおかずでも探しに行きますか」


「おかずは教師との逢引モノかしら」


「悪くはないが今はどちらかと言えば生徒同士の純愛モノの方が――ってうおい!?」

 あまりに自然な流れで口にしてしまったが、そこにいるのは長峡さんじゃないですか。

「何でお前もここにいるんだよ……」

「スクールの練習が今日はお休みだったからなのだけれど、さっきのは生野先生?」

「あ、ああ……そうだけど……」

「ふうん、一応元気ではいるみたいね」

「なんだ、あんまり興味が無さそうだな」

「お世話になったのだから無いというものでもないけれど、遠縁の親戚という以外に昔から接点があるというものでもないしね、名残惜しいとかそういうのは無いわ」

「ふうん――っていうか、スクールが休みだとしてもここを嗅ぎ付けるってどう考えてもおかしいだろ、お前どこから付けて来てやがった」

「私はね、柴島君の全てが知りたいのよ、だから性癖も当然知りたいわ、あなたが私をこうしてしまったのだから、きっちり責任を取りなさいよ」

「まるで調教をしてやったみたいに言うんじゃない」

「さあ、デートと洒落こみましょう、何なら私のこと千春って呼んでもいいわよ」

「呼ばねえわ、つうかお前ってやっぱり若干そういう基質あるよな……」

 しかしだからと言ってどうすることも出来ず、結局無理矢理連れられる形で、長峡とショップに入る羽目になってしまうのであった。


 人の想いというのは、自分や他者に関わらず実に千差万別である。

 だからこそ、それをきっかけに距離がぐっと縮まることもあれば、些細なきっかけで争いにまで発展してしまうこともある。

 きっと、それはこの世界が終わるまで続くことであろうし、そして完璧な着地点など永久に見つかることもないのであろう。

 だとしても。

 それを奪うような真似も、捨てるようなことも、何があってもしてはならない。


 何故ならそれは人にとって有って然るべきものなのだから。


                                       〈了〉

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クール・ジャパン・ウォー 本田セカイ @nebusox

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