終章 旅の始まり
「負け続けた名将」という不名誉な異名をとったフランツ・リライト・イワシュー。彼の不敗神話ならぬ不勝神話が始まったのは、西暦二三〇一年の第一次オルフェウス事変である。彼の戦歴には敗北の文字が多い。それでも、四五歳まで第一線の提督として活躍したのは、その負け方に理由がある。犠牲者を最小限に抑え、交渉で好条件を引き出し、勝機の無い戦場からはいち早く撤退した。もちろん、そんないい話ばかりではない。
「一万人を助けるためには、積極的に一〇〇人を犠牲にする」とは、彼の戦術を最も象徴している言葉だろう。友軍艦隊を見殺しにしたのは、公式戦闘記録だけでも一〇回を超える。提督府から退いた後も、敵味方問わず暗殺劇の黒幕として暗躍した。
だが、終戦後は一転して彼の評価が高まる。「たった一人で一億人の生命を救った」とさえ言われるようになったのだ。
イワシューがシスティーナ・ハーネイを忌み嫌っていたのは、多くの人が語るところ。しかし、彼は第一次オルフェウス事変の二年後、システィーナとほぼ同じ遺伝子コードを持つニキ・バックヤールを養女として迎えている。養女といっても事実上内縁の妻である。これは、彼女と結婚すると、また別に養子を迎えなければならないという事情からだ。ニキは、継母であるナスターシャ・ニジンスカヤ=コルサコワと最後まで良好な親子関係を築くことが出来ず、苦悩していたと言われている。
イワシューは、システィーナについて高慢で冷徹というイメージを持っていたようだ。しかし、素顔の彼女は無邪気で子供っぽい性格であった。
第一次オルフェウス事変の最中、イワシューとシスティーナが戦艦ルーブル第一艦橋にて会ったことは、艦内カメラにて後年明らかになる。その時の会話は本稿で忠実に再現してあるが、イワシューの心情については推測の域を出ない。ただ、この任務を機に、彼はシスティーナの悪口をやめたようである。
人類にとって二度目の「旅の時代」は、この二〇年後に訪れる。
ラリベラ、チェスキーといった周辺恒星系の開拓も、数千光年彼方の牧陽星、渦陽星への移民も、地球からの干渉を避けるために行われた。にも関わらず、いずれも避けたはずの干渉によって破綻を迎えるのである(了)。
不勝神話 ~ワールプール・サン(1) サンロフト @hibiya32
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