第6話 ほうい。がろう。きかん。うそだ。(2)

 門をくぐり、夜の帳が下りた町中を二人に付いて進み、まっすぐギルドまで帰ってきた。

 ギルドの窓からは淡い光が漏れ、中からは人の話し声が聞こえる。


 関羽さんが扉を開け、ミルドが続いて俺が最後に入り、扉を閉めた。


 中ではまたも半裸のオーバーオール男たちが騒がしく喋っており、俺達が入ってきたのを認めると、


「おうモヤシ! 運よく狼の夕食にはならずに済んだみてえだな! まあ、関羽さんとミルドが一緒ならそれも当然か! 大方二人の後ろで縮こまってたんだろ! どぅはははは!」


 はぁ……一々声でかいんだよ。そんな声出さなくても十分聞こえてるって。あとなんで毎回毎回下品な笑いが付いてくるんだよ。


 二十人ほどのオーバーオール男たちは一様に「ぶはははははは!」と品のない哄笑を続けている。


「気にするな、サイカイ。あやつらはいつもああなのだ」


「そうだ。奴らは多人数でないと調子に乗ることもできない、可哀想で小さい男たちなんだよ」


 関羽さんとミルドが気を遣って慰めてくれた。俺はちょっとうるうるしそうになったが、なんとかこらえて返事をした。


「大丈夫。あいつらにも少し慣れてきたから」


 そんなやり取りを交わしてアルティのいる窓口に向かった。


 関羽さんとミルドとともに窓口の前に行くと、


「お? 今帰ってきたの? おかえりー! お疲れ様ー!」


 例に違わず無邪気な声が飛んできた。


 関羽さんは、「ただ今帰った」と他の言葉に聞こえる挨拶をし、ミルドは淡々とした表情で「お疲れ」と言った。

 俺は疲労を隠せず、苦しい笑顔を作って、「ただいま」と答えた。


「ありゃりゃ。ボロボロだねー、サイ君。でも怪我とかしてないから、まだいい方かな?」


 俺の様子を確認したアルティが感想を述べる。瞬時に状態を判断したその観察眼は受付嬢として培ってきたものか、それとも……。


「うん。でも関羽さんとミルドがいなかったら間違いなく死んでたよ。怪我しなかったのは奇跡かもしれない」


 奇跡なんて軽く口に出してしまう俺。でも俺にとっては、今日体験したことは臨死体験のようなものであり、ほとんど奇跡のように感じられたのだ。


「そっか。なにはともあれ無事でよかったよ。ここ出る時サイ君顔がひきつってたから、どうかな? って心配してたんだよね」


 俺の生還を素直に喜んでくれるアルティ。その思いやりと気配りの心に、さらに生きている喜びを実感した。


「ありがとう、アルティ」


 素直に心に湧いた言葉を口にした。


 アルティは飾らない笑顔で、「どういたしまして」と言い、それから少し真面目な顔をして、


「……それじゃ、依頼の報告を聞こうかな」


 と、言った。


 報告は関羽さんとミルドがすらすらと行い、狼の群れ――二十頭ほどを退治したことをアルティに伝えた。

 その報告の中には俺の危機一髪の件も含まれいて、どのように対応してどういう結果になったかも逐一報知されていた。

 多分、入会試験の内容を伝える意味でも報告したのだろう。



 それが終わり、窓口の前で関羽さんとミルド、アルティが何やら議論しているのを椅子に座って聞いていると、


「それじゃ、試験の結果を話しあうから二階に行ってくるね。サイ君はここで待ってて」


 アルティおねいさんにお留守番ね? と言われた。


 ぼくは素直に、「うん。早く帰ってきてね。アルティおねいちゃん」と言うわけがなく、


「おう、わかった。ここで待ってるわ」


 と無難な返事をして脚をぶらぶらさせた。



     ※



 オーバーオール男たちに絡まれ、いろいろとひどいことを言われて一時間くらい過ごしていると、アルティたちが二階から降りてきた。


 俺に近づいてくるアルティ達を見て、ほぼ無意識的に立ち上がり、喉を鳴らして言葉を待った。


 すると。


「おめでとー! 合格だよ! これでサイ君もギルドの正式なメンバーだね!」


 パチパチパチーと拍手をするアルティの言った単語が理解できなくて……、


「え……?」


 と間抜けな返事をしてしまう。


「え……? じゃなくて! 合格だって! これでサイ君もブレイザーの一員だよ!」


「……まじで?」


「マジだよ! マジも大マジ! 本当に合格したんだってば!」


 ふとアルティの隣を見ると、関羽さんがこちらに微笑みかけ、ミルドは腕を組んで呆れ顔をし、「大丈夫か? 頭がおかしくなったのならブレイザー資格は剥奪されかねんが」と言っている。


 俺はようやく事態を把握して、


「……じゃあ、俺……喜んでいいの?」


「もちろん!」


「うむ」


「まあ、ここはとりあえず喜んでおけ」


 俺は飛び上がりながら拳を天に突き上げて、


「やっっっっっっっっ、たあああああああああああああ! 合格だあああああああああああああ!」


 脇目もふらず喜びを叫びにして跳ね回った。



     ※



 ひとしきり興奮して、落ち着きを取り戻したあと、アルティが窓口の奥から何かを持ってきて俺に差し出した。


「はい、準ブレイザーの腕章。仕事の時はいつもこれを付けておいてね」


 剣と盾、炎をモチーフにした腕章を受け取り、ちょっとワクワクしてしまったが、それよりもアルティの言葉が気になった。


「ああ。それよりアルティ、『準』っていうのは?」


「ああ。それはね、ブレイザーの種類。ブレイザーには正ブレイザーと準ブレイザーがあるの」


 人差し指を立てて説明してくれるアルティ。そんなギャルゲーみたいな仕草されたら抱きつきたくなっちゃうな。


「もしかしなくても、準ブレイザーは正ブレイザーの下の階級だよな」


「うん。あと、ブレイザーにはランクがあって、実績と実力のあるブレイザーほど高いランクに分けられてるよ」


 窓口の前の椅子に折り目正しく座って、さらに解説を進める。……ううむ。また聞いたことあるような設定が。正とか準とかランクとか聞き覚えありすぎて妙な危機感を覚えますね。


「俺のランクは?」


「いー」


「え?」


 直視したくない現実を聞かされて聴覚が錯覚を起こした。言い換えると聞きたくないことだったので聞こえてないふりをした、ということである。


「E、だよ。一番下のランクだね。つまりE級準ブレイザーってこと」


 ああ。そんなに『E』とか『準』とか連呼しないで。劣等感で鬱になりそうだから。会社勤めの日々を思い出しちゃうじゃないか……。ノルマこわいよノルマ。


「関羽さんとミルドは?」


 俺の後ろで話し合っている二人を意識して言う。二人は今回の狼の群れ――その集団的行動を議題にして討論をしている。


「二人は正ブレイザーで、A級」


「A? じゃあ、一番上ってこと?」


「そう。関羽さんとミルドは、うちのギルドでもトップクラスの実力者だよ」


「わお。どうりであの強さか」


 満面の笑みで言うアルティを見て素直に驚いた。まあ並の強さではないとは思っていたけど、最上級か……。どうりで関羽さんの腕が見えないわけだよ。


「ランクの下に、さらに順位もあるよ。サイ君は今、31901位だね」


 三万……? ブレイザーってそんなにいんの? それにしてもその順位……。


「それってもしかして……」


「うん、最下位。全ブレイザーギルド中一番下の順位だね」


 容赦なくその言葉最下位を以って俺を切り捨てた。……アルティさん、言ってることと表情が噛み合わなくてすごく痛いです……心が。


「おうふ……。まあ、なんとなく予想はついてたけど……」


「ちなみに関羽さんとミルドは――」


「いい。聞いたら気が遠くなりそうだから聞きたくない」


 アルティがしゃべるのに割り込んで中断させた。……聞きたくない聞きたくない……社員の営業実績なんて聞きたくない……。


「そっか。じゃあ言わない」


 良かった……。アルティが素直で。俺のトラウマが耳かきのようにほじくり返されるところだったよ。あわや出血沙汰の大惨事。


「最下位……最下位ね……」


 俺が今のブレイザーランクと順位を思い出して呟いていると。


「名前もサイカイでおんなじだね!」


 椅子の下にズコーッとずり落ちた。しかしなんとか体勢を立て直し、


「ひど! アルティひど! それ一生懸命考えないようにしてたのにひどいわ! アルティ」


「え! そんなに悩んでたの!? ――ごめんごめん! もう言わないから! 許して! ね?」


 アルティは意外に天然でした。


 最下位orz……。



     ※



 ギルドの入口前でミルドに魔法をかけてもらった。


 するとミルドは解析の結果を見てか、目を見開き、


「こ、この能力値は……。サイ、お前どうやってこんな能力値を手に入れた? システムが許すはずはないと思うが……」


 俺の能力値が規格外だと言ってきた。信じられない、という顔で。


「はは。すごいだろ? 魔力と神力に極振りしたんだ。余った数値はバランスよく振ってさ」


 俺は楽観的に答える。ミルドの驚きが、能力値が高すぎることによるものだと考えて。


「サイカイ。お主はシステムに却下されなかったのか? この能力値の設定で」


 珍しく関羽さんが質問してきたので俺は答えた。


「本当にこれでいいのか? みたいなことは言ってましたけど、却下はされなかったですね。……でも、なんでです?」


 なぜそんなことを聞くのか、それを聞く。多分、極振りが許されないからミルドも関羽さんも聞いてきているんだろうな。


 すると関羽さんはしゃべるのをやめ、言いづらそうに、


「……うむ。それはだな……」


 変な関羽さん。疑問符を浮かべながらも、俺はミルドに向かって得意気に言った。


「どうだ。これだけの能力値があれば、禁呪とか封印魔法の類も使えるだろ?」


 そして続けて、


「そこでお願いなんだけど……ミルド、魔法教えてくれない? 俺頑張るからさ。教えてくれたらミルドの目的とか恩返しとして手伝ってもいいし。……どう?」


 軽いノリで暢気のんきにお願いする。しかし魔術の習得を楽観視しているわけじゃない。極めるには人生を掛ける覚悟が必要だろうこともわかっている。その上でこうして頼んでいるのだ。


「……っ」


 だがミルドは何も言わず、言葉の接穂を失い困っている、ように見える。一体どうしたのか。いつもの罵倒がないから調子が狂う。


「う、うーむ……」


 関羽さんの方にも視線をやると、これまた何事か言いにくそうにして窮している。


 俺はミルドを見やり、関羽さんを見やり、もう一度ミルドに顔を向けて、口を開いた。


「……な、なんだよ。何かあるなら言ってくれよ。なあ、ミルド。返事しろよ。なんでさっきからだんまりなんだ? ――関羽さんもですよ。どうして何も言ってくれないんです? なにか重大なことがあるんですよね? 言ってくださいよ! じゃないとわからないじゃないですか!」


 喚くように言い募っていると、ミルドがこちらを見て言った。


「残念だが……お前に魔力や神力を用いた術は使えない」


 その言葉に俺はまばたきを何度かして、


「……は? なんで……?」


 間抜けな声で質問する。しかし今はそんなことどうだっていい。理由が知りたい。


「お前の能力値――知力の値が低すぎるからだ」


「知力が低いとなんで使えないんだよ?」


「知力が一定以上でないと術式を理解できないからだ」


「じゃあ知力を、経験積んだり勉強したりして上げればいいじゃん。そうだろ?」


「上がらないんだよ。知力はな。だから最初からある程度の知力がないと、魔法を覚えることすらできない。そういうシステムだ」


 淡々と、しかし告げるのが憚られる、といった表情で教えてくるミルド。

 今さらな見解だが、関羽さんはともかくとして、ミルドも外の世界から来た人なのだ。ようやっと気づいた。


「上がらない? 上げる方法は何かないのか?」


「魔法によるサポートで一時的に上がることはある。それに珍しい食物とかで上がる可能性もあるが、それは望み薄だ。魔法によるサポートをしても、覚えることができていないんじゃ行使することも不可能だ」


「つ、つまり……?」


 最悪の結論を再度確認するため言葉を促す。わかっていてもどこかに突破口があるのではないかと信じたくなり、口をいて出た。


 しかし。


「さっき言ったとおりだ、サイ。お前は魔術も神術も、おそらくずっと使えないままだ。この先一生、死ぬまでな」


 そんなものはどこにもなくて――


「うそだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」



 ギルドの前で、俺の絶叫が天を貫いた。

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ヒキニク!~ヒキニートの異世界転生狂騒曲~ kapuri @clazybones

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