33. みおくり
数日かかってやっと、浅沙の亡骸全てが街の外まで運び出された。既に肉の一部は腐敗を始めており、別働隊の魔術師やエンシュリーズの手によって文女の遺体や他の屍と共に順次荼毘に付されている。念のため周囲に張られた結界のおかげでか、腐肉を狙って魔獣がやってくることはなかった。
「発動、炎。散開、燃焼」
そうして、残った巨体に今、エンシュリーズが詠唱を向ける。ごうと音がして魔族の肉体は、炎に包まれた。ここまで大型の骸を焼くのは珍しいこともあり、全体に油が掛けられているため火の回りは早い。
「発動、風。散開……上昇」
炎が程よく回ったところで、別働隊に所属している白い羽の魔術師が詠唱を紡いだ。もくもくと上がっている煙がその風に乗り、高い空へと消えていく。
「済まんな。助かる」
「いいえ。さすがにあの匂いが街まで流れてしまっては、住める者も住めなくなりますから」
微笑んだエンシュに軽く礼をされて、魔術師は小さく首を振る。セラスラウドほどではないが背も高く美形の彼は、色違いで幼い容姿とはいえエンシュリーズを敬っているようだ。それが彼女の家に対してか彼女自身に対してか、は分からないけれど。
「しかし、すごい匂いだな。なあ、カルマリオ」
「確かにねえ」
街中で作業があるらしい魔術師と別れ、万が一を考えて護衛についてもらっていたカルマに話しかける。彼は眉間にしわを寄せながら、顔の前でぱたぱたと手を振った。
腐敗臭だけでなく、そもそも巨大な肉が転がっているというだけでそれなりに臭うのだ。
「結局、一部は腐り始めてしまったな」
「一部で済んだんですから、良しとしましょうや」
「いっそアンデッド化してくれてたら、お前にも手伝わせることができたのだがな」
燃え、炭や灰と変わっていく浅沙の肉体をまじまじと眺めながらの軽口。エンシュリーズの言葉にカルマは、目を丸くして肩をすくめた。
「これ全部、一発浄化なんて無理ですよ」
「何、細切れにしてから結界にぶつけてやる」
「ラフェリナ戦法はやめてください。あれ疲れるんですから」
ヤマノ村でアンデッドの大群を相手にした時のことを思い出して、カルマリオはうんざりとした顔になる。
アンデッド避けの結界とて完全なものではなく、骸をぶつけられるごとにその力は弱まっていく。それを防ぐためにカルマは、何度も結界を展開することになってしまったのだ。
「それは私に言うな、ラフェリナに言え」
「言って聞くなら苦労しませんって」
「なら、誠哉辺りから伝えてもらったらどうだ。えらく懐いているようだし」
「ありゃ、懐いてるというよりは番犬ですね」
不意に出された仲間の名前に、今一度肩をすくめるカルマ。それは先ほどの同じ仕草とは違って、話題の主に対する好意も含まれているようで。
「悪いやつじゃないから、悪いやつ寄せ付けてたまるかって感じですよ」
「なるほどな。それで番犬か」
犬娘の無邪気な好意を思い浮かべつつ、エンシュリーズはぷっと吹き出した。そうして、この瞬間もかの青年に貼り付いているであろう別の『番犬』に思いを馳せる。
「まあ、あれだけいれば大丈夫だろう」
「弓姫、いつまでくっついてるの?」
「しばらくこのままー。だいぶ誠哉お兄ちゃんと離れてたしっ」
街の外で副隊長が自身のことを番犬に例えていることも知らないまま、弓姫はしっかりと誠哉の腕にしがみついていた。今回の任務ではずっと離れていた、その反動らしい。
「だいぶって、数日じゃねえか」
「せっかく帰ってきたんだから、できればずっと一緒にいたいの!」
「えーと……うんまあ、ごめん」
呆れ顔で突っ込む疾風に、ふくれっ面で反論する弓姫。二人に挟まれて誠哉は、ひとまず謝罪の言葉を口にするしかなかった。彼にしてみれば、義理の弟と妹が自分のせいで喧嘩をしているという認識なのだから。
彼らと連れ立って街中の再点検に歩いているシェオルは、やれやれという顔で言葉を一つ落とす。
「誠哉、モテるね」
「はあ」
猫娘の言葉に、誠哉が軽く首を傾げる。それから、困ったように微笑んだ。
「まあ、十年ほったらかしだったし」
「お兄ちゃん、かっこいいもの。疾風兄さんと違って」
「何をう!」
「……」
うわあ、こいつら話通じねえ。
もしシェオルが疾風だったとしたら、そういう言葉を即座に紡いでいただろう。ただ彼女はシェオルという名の猫獣人だったので、そう思ったことは口には出さない。そのかわり、アテルナルを見つけたのでそちらを言葉にすることにした。
「アテル」
「あら」
よく通る声で自身の名を呼ばれて、アテルはいそいそとやってきた。その直前に兵士に頭を下げていたから、ここまでは彼らに送ってきてもらったのだろう。一応非戦闘員である彼女を、一人でふらつかせるのは危ないから。
それはそれとして、合流したアテルナルが口にしたのは先ほどのシェオルとあまり変わらない言葉だった。
「まあまあ誠哉くん、大モテですわね」
「弓姫が貼り付いて取れないだけですよ。ほっといた僕にも責任はあるんですが」
「あらまあ」
「そう、責任あるんだもん」
「……だめだこいつ」
額を抑えた疾風と、多分このまま義兄の腕から離れるつもりのない弓姫を見比べてアテルは、すぐに彼女自身の中で結論を出した。
離れないのなら、しばらくくっつけておけ。少なくとも何かあれば、互いに互いを守るだろうから。
「弓姫ちゃん、見回りが終わるまで誠哉くんの世話を焼きまくっちゃってくださいな。今後、また忙しくなるかもしれませんから今のうちに」
「わっかりました!」
「マジか」
アテルの言葉に弓姫は空いた方の手で拳を握り、疾風は思わず空を仰ぐ。そうして誠哉自身は、「あ、はあ」と曖昧に頷いただけで。
「さ、お兄ちゃん、行こう」
「はいはい。シェオル、匂いの確認頼んだよ」
「分かった」
「いってらっしゃーい」
俄然やる気を出した弓姫に引っ張られながらも、誠哉は任務自体は忘れていない。声をかけられてシェオルも、ぱたんと尻尾を一つ打ってから二人の後を追いかけた。
のんびりと手を振って見送るアテルと肩を並べ、疾風は小さくため息をついた。
「いやあ、前からああいう性格だって分かってたんだけどなあ」
「まだ彼の中では十年前のままなんですよ、きっと」
「まあ、弓姫も中身そんなに変わってませんし。でもなあ」
実妹の態度と、それに対する義兄の反応。それを見比べていて疾風は、二人の意識の差に気がついていた。
もちろん弓姫にとっても誠哉は義理の兄ではあるが、恐らくそれ以上の感情を抱いていることは確実で。だが当の誠哉にとってはあくまでも、十年前の関係がそのまま続いているということだろう。
「十年寝ていたのと義理の妹。それを外したら弓姫ちゃん、同い年の可愛い子なんですけどね」
「髪の色でいろいろ言われてましたから、誠哉兄」
「ああ。この辺りや都ならともかく、田舎だとどうしてもそうなりますね」
「それで、自分は恋愛の対象外……ってか」
ため息が大きくなったことを、アテルも疾風も自覚する。あれは、多分しばらく治ることはないだろう。
まいったな、という言葉を口の中で噛み潰しながら疾風は、角を曲がって見えなくなった義兄の銀髪をいつまでも思い浮かべていた。自分にとってはたどり着きたい目標だった、あの色を。
無事に救出されたアルリアーナ・ラズフェール嬢は、別働隊の一部を護衛として都まで帰ることになった。
ここまで連れてきたカルカレンを始めとしたそもそもの配下たちはすっかり使い物にはならず、しばらくこの街で養生することになるらしい。
「アルリアーナ殿を、頼みますよ」
「お任せください。無事にご自宅まで送り届けます」
セラスラウドの言葉に、兵士たちは一斉に敬礼をして答えた。少しふてくされたような顔のアルリアーナを見ながら、ラフェリナが耳をはためかせる。
「大丈夫なノ?」
「だ、大丈夫ですわ。睡蓮の夫婦みたいな連中が、そうあちこちにいるわけでもあるまいし」
「そっか。なら大丈夫だネ」
「そう単純に考えられるあんたがうらやましいわ……」
脳天気な犬娘の単純な結論に、アルリアーナはふうと大きく息を吐いた。それから、ふと声をかける。セラスラウドたちの背後で佇んでいた、黒髪の彼女に。
「ソーマ」
「……何?」
「た、たまには家に寄りなさいよ。エミットの墓、一応ちゃんと手入れはしてあるんだから」
「……ええ」
ぷい、と視線をそらしながらアルリアーナはそう、蒼真に告げる。姉と名乗ることのない彼女は、妹を名乗ることのないお嬢様にそれでも、ふんわりと笑顔を見せた。
「それじゃ……助けてくれて、ありがとう」
ほとんど視線を合わせないまま、それでも礼の言葉を口にしてアルリアーナは、門から外に出ていく。それを見送りながらセラスラウドは、ちらりと蒼真に視線だけを向けた。
「エミット……君のお母様だったね」
「ええ。墓、あったんですね」
「ないなんて言ったら、ラズフェールの家が消えちゃうかもね。エンシュが怒って」
「蒼真のお母さんのお墓?」
ははは、と軽く笑うセラスラウドとわずかに微笑む蒼真を見比べて、ラフェリナはぱたぱたと尻尾を振り回す。二人とも機嫌がいいのだ、と理解できるから。
「ちゃんとお参り、行こ。ねッ」
「ええ」
そして機嫌がいいから、蒼真はラフェリナの言葉に大きく頷いてみせた。
優しい剣士は銀の髪 山吹弓美 @mayferia
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