エピローグ
「プラチナ。次の惑星まで、あと何分だ?」
いつものようにキャプテンシートで足をタッチパネルにかけ、ボトルごとラム酒を飲りながら、ラドラムは声をかける。
プラチナは定位置に立って背もたれに腕をかけ、答えた。
「はい。あと四十八分十二秒です、ラドラム」
「じゃあ、一眠りするから、到着の三分前に起こしてくれ。おやすみ、プラチナ」
「おやすみなさい、ラドラム」
眠りに落ちる少し前、もう一口飲って、瞼を閉じた。
だが。
「あの……」
躊躇うような、酷く人間臭い口調で声をかけられ、ラドラムは薄目を開けた。
「……愛しています、ラドラム」
ラドラムが、ラム酒を飲み損なって派手に咳き込んだ。
「ああ……すみません、ラドラム。大丈夫ですか」
ゆるゆると背中を撫でられて、ラドラムは毛を逆立てた。
「触るな、プラチナ! ッゲホ、ケホッ……」
キトゥンが飛んできて、ラドラムの首に手をかけて引き寄せ、プラチナに啖呵を切る。
「プラチナ! ラドラムは私のラドラムなんだから、愛してるとか言わないでちょうだい!」
「ですが、ラドラムは私に言いました。ブレイン・ダイヴから上がる際、『愛している』と」
「あたしにも言ったわ! あたしは、ラドラムのお嫁さんなんだから!」
「ゲホッ……」
ラドラムは少しの間、身を折ってむせていたが、頭上で交わされる不毛な攻防に待ったをかけた。
「おい! 俺は俺のものだ、勝手に取り合わないでくれ」
「ラドラム。貴方は私の方を先に、『愛している』と言ってくれましたよね」
「違うわ! あたしはお嫁さんだもの!」
「だからあれは、ものの弾みでだな……」
頭を抱えるラドラムに、更に二人が追い討ちをかけた。
「ラドラム。貴方は、弾みで『愛している』などと言うのですか。それは心を弄ぶ行為です」
「酷いわ、ラドラム! あたし、生まれて二週間目から、ずっと貴方を愛してるのに!」
プラチナは静かに
残り二名のクルーはと言えば、必死に笑いを堪えていたが、事の成り行きに盛大に噴き出していた。
声が出ないよう押し殺すが、肩はくつくつと揺れてしまう。
ラドラムが、『それ以上笑ったら殺す』という目で鋭く振り返ると、慌てて明後日の方へと顔を逸らす。
ある意味、船内に日常が戻ってきた。
だがラドラムにもカードはあった。それもただのカードじゃない、取っておきのジョーカーだ。
ニヤリと片頬を上げて、ラドラムは二人に言った。
「……で? 状況をお楽しみのようだが、お前たちはどうなんだ、ロディ、マリリン」
瞬間、二人は襟首をつままれた猫のように、きゅっと首を竦めて赤面した。
そろーりと互いを振り返ると、一瞬だけ目が合って、すぐに逸らされる。万事が万事、こんな調子だった。
「ラドラムが愛しているのは、私です」
「違うわ! あたしよ!」
まだまだ続く本人不在の取り合いに、ラドラムがウンザリといった顔で叫んだ。
「決めた! 船内恋愛禁止!!」
瞼を閉じて早々と寝息を立てるラドラム以外の四人に、激震が走った事は、言うまでもない。
便利屋を営む、宇宙船ブラックレオパード号は、ある意味今日も平和なのだった。
END.
Expressman~宇宙船での便利屋稼業~ 圭琴子 @nijiiro365
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