(7)カトレアの花
ラドラムは、四隻の船を引き連れて、惑星ヒューリに戻っていた。
思い思いに色彩と形を変えた、四人の男を引き連れて、一行は地下三層におりる。
プラチナの案内で、一直線にシーアとプロトの暮らす、シークレット・ラボを目指した。
少しでも歩みに躊躇を見せれば、犯罪に巻き込まれかねない治安だからだ。
細い突き当たりの路地を抜け、プラチナが記憶していた掌紋認証で、床のドアをスライドさせる。
「キャッ」
一階分を飛び降りて中に入ると、十歳くらいの、色素の薄いブロンドを後ろで一つに括って、使い古しのブカブカのローブに身を包んだ少女が声を立てた。
だが先頭のプラチナとラドラムの顔を見ると、胸を押さえてほっと息をつく。
「驚かせて悪い、シーア。プロトは何処だ?」
「ラドラム。今、買い出しに行っています。危険だからって、私はここから出られないの」
「そうか」
その、二人ぼっちの不自由な幸せを思って、ラドラムは目を眇める。
シーアは、そんなラドラムに向かって、花開くように微笑んだ。
「また会えて嬉しいです、ラドラムも、皆さんも。プロトが居なくて良かったわ。いきなりドアが開いたら、攻撃しかねないもの、プロト」
「アラ。じゃあアタシたち、隠れてた方がいいんじゃないカシラ」
「ええ、そうですね。マリリン。運命の
一瞬、バチッとロディとマリリンの目が合ったが、お互い気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「まあ……そうだったの。おめでとう、マリリン」
聡いシーアは、そこにすぐに意味を見い出す。
「い、いえ、とにかく隠れマショ」
「そ、そうだな」
それはまるで、まだ恋の正体を知らない幼年期の心地のように、二人はぎこちなく会話を交わす。
「こちらへ」
シーアが狭いモニターだらけの仮眠室に案内するが、ふと呟く。
「あら。ラドラム、貴方、星を連れてきてしまったんですね」
「あ? ああ……そうだ。それについて、頼みたい事がある」
シーアが、ふと入り口の方を見た。
「待って。プロトが帰ってきました。説明するから、少し狭いけど、待っていてください」
確かにそこは狭かった。
「おい、足を踏むな」
「仕方ないだろ。こう狭くちゃ」
ラドラムと同じ声音が、口々に不平を訴える。
部屋の外では、男女の声がぼそぼそと聞こえていた。
耳をそばだてていた一同が、扉が開いてなだれ出る。
「いてっ」
「おい、上から退け!」
またかしましく、不平が上がる。
「狭い所に入れちまって、悪かった。あんたには謝らないとと、ずっと思ってたんだ」
「ああ、いや……結果的に助かったから、謝らなくてもいい。その代わり、二つ、頼みがある」
プロトに助け起こされながら、ラドラムが言った。
「ああ。何だ?」
「まずプロトが作った、俺のクローンたちだが。訳あって、俺の記憶をインプットした。いつまでも隠して移動する訳にもいかないし、ばらけても、何かの拍子に捕まったら、違法クローンがバレてブタバコ行きだ」
「すまな……」
「ああ、だから、いいんだ」
プロトの謝罪の言葉を、ラドラムは手をあげて遮った。
「その代わり……クローンたちを、
「コールドスリープか。確かに、奥にマシンはあるが」
「ああ。それで百年おきに一人、目覚めるようにセットして欲しいんだ」
シーアが驚きの声を上げた。
「それなら、同じ時代に同一クローンが存在しないから、発覚しにくいんですね」
「ああ。俺のクローンだから、多分この部屋には留まらないで出て行くと思うが、ここの事を他言する事はないだろう。あんたたちが眠ったあとも、ここは守り抜く。だから、置いてくれないか」
「分かった。今の幸せは、あんたのお陰だ。それくらいで礼になるなら」
「もう一つ」
ラドラムは、喉元を探って、ペンダントを取り出した。
先には、古びた小さな四角柱がついていた。
「
「ああ。これを、ブレイン・ダイヴして見たい。だいぶ型が古いが、出来るか?」
首から外してプロトに渡すと、彼はそれを、太陽と同じサイクルで紫外線を発する灯りに指で挟んで透かし見た。
確かに中には液体が揺れていて、中身が詰まっている事が分かった。
「十八になったら渡そうと思っていた」とミハイルから託された、母カトレアのメモリーだった。
「大丈夫だ。このラボも古いから、このタイプは再生出来る。ただ、どっちも古いだけあって、誤作動を起こす危険性がない訳じゃない。いざという時、ダイヴから連れ戻す人物を一人、水際に置いておいた方がいい」
「私が。ラドラム」
「あたしがやってあげるわ」
声が上がったのは同時だった。
シーアが、ふと首を傾げる。
「あら? 貴方……まさか、あの時の……」
「そうよ。キトゥンよ。ラドラムにお嫁さんにして貰う為に、急いで大きくなったの!」
「まあ……あの時は、ありがとう。お幸せにね」
早合点したシーアが祝福をおくると、即座にプラチナが割り込んだ。
「シーア。ラドラムと幸せになるのは、私です」
「え?」
「あ~、ややこしいから、二人とも一緒に潜ってくれ。口論はなし!」
ラドラムは顔を顰めて、両方から上がるキトゥンとプラチナの声をぴしゃりとシャットアウトした。
まだ幼いアメジストパープルの瞳をぱちくりさせて、シーアはプラチナの心が読めず、不思議そうに長身な彼を見上げていた。
「じゃあ、頼む。プロト」
「ああ、こっちだ」
* * *
ラドラムとキトゥンは、実験台の上に横たわっていた。
両のこめかみに電極のある、サングラス型のダイヴ端末をかけている。
プラチナは立ったまま、アンドロイド用の端子をうなじに差し込んでいた。
「用意はいいか」
「ああ。プラチナ、キトゥンも頼んだぞ」
「はい、ラドラム」
「分かったわ!」
「再生開始……」
プロトの声が響くと、ラドラムは瞳を閉じた。
* * *
「……ドラム、ラドラム、ママよ」
柵のあるベビーベッドの上から、キャラメルブラウンの短髪にフォレストグリーンの瞳の女性が、覗き込んでいた。肌は、太陽に愛された琥珀色をしている。
カラカラと鳴るおもちゃを振ると、赤ん坊特有の高い音階の笑い声が響いた。
蠢く小さな手も見える。
ラドラムの脳波を、記録したものなのだろう。
「ご機嫌ね、ラドラム。貴方が笑ってると、ママも嬉しいわ」
「カトレア」
呼ばれた女性が、顔を上げる。
「何? ミハイル」
「レトルトミルクの温度が分からん」
「あら、こうすればいいのよ。そこの調理テーブルに置いて。
「はい、カトレア」
答えたのは、プラチナの男声だった。
そうか、プラチナ。お前は、俺が生まれた時から、俺を愛していたんだな。
ラドラムはそう思うと、プラチナの苦悩が分かるような気がして、今までの辛い仕打ちを思い、心がチクリと痛かった。
カトレアは、再びベビーベッドを覗き込む。
「ラドラム、愛してるわ。早く貴方と、沢山お喋りがしたい。元気に育ってね」
頭上から人差し指がおりてきて、頬をつつかれるような感触があった。
嬉しくて、それをカトレアに伝えたくて、つつかれた人差し指を握った。
「あら、上手ね」
だが反射的に口に含んでしまい、カトレアが笑った。
「そこからミルクは出ないわよ、ラドラム」
「カトレア。レトルトミルクの温め、完了しました」
「ありがとう、pt。ミハイル、ミルク取ってくれる?」
「ああ」
そうミハイルの声がすると、カトレアの横に、歳若い癖毛のブロンドにへーゼルの瞳の青年も覗き込んできた。
ふわりと浮遊感があって、ラドラムはカトレアの腕の中にすっぽりと収まっていた。
「ダ……ダァ」
「さあ、お待ちかねのミルクよ。いっぱい飲んで」
焦点は笑顔のミハイルから、目の前に出されたレトルトミルクの吸い口に移った。
口に含むと物凄い勢いで吸引し、透明なパウチの中身は、どんどん減っていった。
「はい、おーしまい! 偉いわ、ラドラム」
船医でもあるカトレアがトントンとラドラムの背中を叩いていると、ミハイルが意を決したように口にした。
「俺にも、抱かせてくれんか」
「まだ首が座ってないから、支えるように抱くのよ。そっと。優しく、ね。ミハイル」
「お……おう」
ミハイルが壊れものを扱うように、おっかなびっくりカトレアからラドラムを受け取る。
「ラドラム。お前はラドラムだぞ。公海上で生まれたんだ。お前は、宇宙一自由な人間になるだろう」
真剣な顔で言い聞かせるミハイルに、カトレアが可笑しそうに嗜めた。
「ミハイル。赤ちゃんの頃から、あんまり変な教育しないでちょうだい。貴方みたいに放浪癖のある子に育っちゃうわ」
「俺とお前の子なんだ、カトレア。こいつも便利屋家業を継ぐさ。爺様の代からそうなんだから」
「困ったものね」
カトレアは、表情をくるくる変えて、よく笑う。
カトレアの花言葉は、『優雅な女性』、『成熟した魅力』だったが、そんな言葉とは正反対の、少女のような心を持った母親だった。
他愛もない会話と、幸せな笑顔の日々が続く。
「ミハイル、今日ね、ラドラムが『ママ』って言ったの!」
「ミハイル、今日ね、ラドラムがハイハイしたの!」
「ミハイル、今日ね、ラドラムが掴まり立ちしたの!」
──ミハイル、今日ね。ミハイル、今日ね……。
その言葉が何度もリフレインしては、二人の幸福は一つずつ積み重なっていく。
だがある日、お腹が空いて泣いても、カトレアは来なかった。
「カトレア。カトレア。ラドラムが泣いています。レトルトミルクを温めましょうか? ……カトレア?」
プラチナの戸惑ったような人工音声が、空しく木霊する。
「カトレア!」
非常時と判断したプラチナが、カトレアのウェアラブル端末から、身体情報を集め出す。
「体温35,2℃、心拍数低下、血圧異常。カトレア、貴方を暖めます」
局所ヒーターが作動し、テーブルに突っ伏しているカトレアに温風が当たる。
「ミハイル! ミハイル!」
『どうした、pt』
船外で仕事中のミハイルに、必死にプラチナが呼びかけた。
「カトレアが意識不明です。すぐに帰ってきてください」
『何! 分かった。宇宙港から一番近くのドクターを呼んでおいてくれ!』
「了解しました」
ミハイルが駆け付けた時には、もうカトレアは艦橋のベッドに寝かされ、スヤスヤと寝息を立てていた。
泣いていたラドラムにもミルクが与えられたが、カトレアがいるのに入ってきた見た事のない顔の給仕に、しばらくぐずってドクターを困らせた。
全速力で走ってきたミハイルは、肩で息をして、しばらく口もきけなかった。
「ミハイル・シャー。カトレア・シャーの夫で、この船の船長です」
代わりに、プラチナが紹介した。
「ああ、旦那さんですか。落ち着いて座ってください。今は、病状は落ち着いています」
プラチナが、ベッドサイドに椅子をもう一つせり出した。
「カト……カトレアは、大丈夫、なんですか……っ」
それに座りながら、息も絶え絶えにミハイルは言った。
「ええ。……今は。覚悟をして聞いてください、旦那さん」
その言葉が、ミハイルの心臓をわし掴んだ。
「奥さんは、
ミハイルは、言葉もなかった。そんな馬鹿な。昨日まで元気だったのに。治療法がない!
胸中に短文が渦巻いたあと、カトレアを起こさぬように、静かに呟いた。
「何か……何かしてやれる事は……」
「未来の治療法発見に希望を託して、今すぐコールドスリープする事くらいしか……。お力になれず、申し訳ありません。設備のいいコールドスリープセンターに、紹介状を書く事は出来ます。告知するかどうかも含めて、よくお考えください」
そう残して、ドクターは対処療法の薬を置いて去って行った。
一歳まであと二ヶ月のこの冬、ラドラムの真ん丸のフォレストグリーンの瞳は、初めて自分以外が泣く所を見た。
ミハイルは声を殺して涙を流しながら、ラドラムのベビーベッドにやってきて、彼を強く抱きしめて言った。
「ラドラム……カトレアが、病気なんだ。俺に……俺に勇気をくれ。もうけして、泣かないから、今だけ……」
カトレアはその後、しばらく目を覚まさなかった。
ミハイルとプラチナは協力して、ラドラムとカトレアの世話をする。
レトルトミルクを温め、オムツをかえ、栄養剤を点滴し、身体を清拭した。
いつもキラキラと何かにときめいていたカトレアの重い瞼が上がったのは、二日後だった。
もうそのフォレストグリーンの瞳には、星は瞬いていなかった。
「ミハイル……私、どうしちゃったのかしら。動けない、の……」
ミハイルは、ずっと考えていた。
そして出した答えは、辛いだろうが、カトレア自身に自分の幕引きを選ばせる方法だった。
誰かの生き方を、人が決めるべきではない。それがミハイルの考えだった。
ベッドサイドの椅子に座り、両手でカトレアの手を握ってさすりながら、ミハイルは切り出した。
「カトレア……辛いだろうが、落ち着いてよく聞いてくれ」
「ええ……ミハイル、私、死ぬのね……?」
その言葉にミハイルが驚愕して目を見開くと、カトレアが微かに笑った。
「やっぱり、そうなのね……。貴方って、本当に嘘がつけないのね。そこが、好きになったんだけど」
「カトレア……」
「どれくらい、もつの? 一ヶ月? 一週間?」
「平均二ヶ月だそうだ」
そう言った瞬間、カトレアは確かに幸福そうに微笑んだ。
「良かった。じゃあ私が頑張れば、ラドラムの一歳のお誕生日まで、生きられる……!」
だが選択肢はもう一つある。再び、ミハイルはカトレアの手を握り締めた。
「今すぐコールドスリープすれば、治療法が見付かり次第、治して貰う事も出来る」
「え……? 嫌よ。何十年も、何百年も先でしょう? 貴方とラドラムが居ない世界なんて、死んでるのも同じよ。私、ラドラムの一歳のお誕生日パーティーを見てから、死にたいわ……」
「……分かった。盛大に祝ってやろうな……」
それからは、カトレアの発作との闘いだった。
次第に間隔の短くなる発作と、逆に長くなる意識不明の期間、ミハイルとプラチナは共闘した。
つきっきりで看病と育児をこなし、ミハイルは疲れ切っていた。
そんなミハイルを見かねて、カトレアが言ったくらいだ。
「ミハイル……私の事はいいの。ラドラムをみてあげて……」
「馬鹿言うな。どっちも俺にとっては大切なんだ。諦めるなんて、お前らしくないぞ、カトレア。お前は、カトレアの花言葉が似合うような柄じゃないだろう?」
いつしか、笑う事も少なくなっていたが、その言葉がカトレアの笑みを取り戻した。
「ふふ……そうね。私、上品に育つように、ってカトレアと名付けられたけど、今まで一度も似合いの名前って言われた事ないわ。『似合わない』ってハッキリ言ったのは、貴方が初めてだったけど。幾ら嘘が苦手でも、女性には多少のお世辞くらい言うものよ」
「嘘で誉められても、嬉しくないだろう?」
「そうね。貴方の、嘘がつけない所が好き。……ね、今日は何日? ラドラムのお誕生日まで、あと何日?」
「あと四日だ。頑張ったな、カトレア」
その時交わされたキスが、最後の暖かいキスだった。
直後にカトレアは激しく痙攣して発作を起こし、意識不明となったのだ。
動かないカトレアに声をかけ、世話をし、ラドラムの育児もキッチリこなし、合間に寝食を惜しんで、ミハイルは艦橋中を金銀の房飾りや色紙の鎖飾りで華やかに飾り立てた。
そして、プラチナに言い置いて十分ほど留守にした。
「pt、ちょっと買い物に行ってくるから、カトレアとラドラムを頼む」
「はい、分かりました。ミハイル」
ラドラムはしばらく、ガランとした空間にミハイルを探し求めて辺りを見回していたが、動かなくなったカトレアしか居ない事に気付くと、ぐずり始めた。
即座にプラチナがベビーベッドを優しく揺らしてあやしたが、急に寂しくなって、柵に掴まって立ち、ベッドから出てミハイルを探そうと身を乗り出した。
不意にラドラムの視界が一回転した。ベッドから転げ落ちたのだ。
「大丈夫ですか、ラドラム」
プラチナの心配そうな声がしたが、まだ身体の柔らかいラドラムは、びっくりしただけで何処も打ってはいなかった。
その時、四日ぶりにカトレアが目を覚ました。
ベッドの外にいるラドラムに驚き、声を振り絞る。
「ラドラム……! ミハイル、ミハイル!」
「カトレア。ミハイルは買い物に行くと行って、六分五十六秒前に船を出ました」
「何でラドラムがベッドの外に居るの?」
「転がり落ちたのですが、泣いていませんし、何処も痛くはないようです」
「ママ!」
「ラドラム……!!」
その時、ミハイルが帰ってきた。
目を覚ましたカトレアと、その傍らに立つラドラムを見て、急いでベッドサイドに駆け寄る。
だが先に口を開いたのは、カトレアだった。
「ミハイル、今ね、ラドラムが歩いたの! ここまで一人で! 私の枕元まで!」
その久しぶりのリフレインは、嬉し涙に濡れていた。
「そうか……! 二人とも頑張ったな。カトレア、今日はラドラムの一歳の誕生日だ。ケーキを買ってきたから、みんなで食べよう」
「ええ、そうね、そうね……!」
小さなホールケーキにキャンドルを一本立てて、灯りを消した。
カトレアのベッドサイドにテーブルと椅子をせり出して、ラドラムを膝に乗せたミハイルが座り、その魂そのもののような儚く揺らぐ炎を見詰める。
そして二人で、ハッピーバースデーの歌を歌った。
「ハッピバースデー・ディア・ラドラーム……」
「ア!」
ラドラムが丸まっちい手で、ケーキの苺を手に取った。
その拍子に、キャンドルが倒れて炎が消える。
「あ、こら、まだだぞラドラム!」
慌てるミハイルに、カトレアが笑った。
「ふふ……まだ意味が分かってないのよ。しょうがないわ、ミハイル。ラドラム、美味しい?」
「んまー」
「そう、良かった……」
だがそう微笑んだのも束の間、カトレアは胸を押さえてラドラムと揃いのフォレストグリーンの瞳を見開いた。
「ミハイル……ミハイル!」
「どうした、カトレア」
「私……私、死ぬわ……」
「何言ってるんだ、カトレア! しっかりしろ!!」
「愛してるわ……ミハイル、ラドラム……!」
おおよその位置だけつかんで語っているのか、二人を見るカトレアの視線は、微妙に焦点が合っていなかった。
「俺も愛してる、カトレア! まだ早い、逝くな、逝くなカトレア……!」
ラドラムの視線は、その時何を思ったのかは分からなかったが、カトレアをジッと見詰めていた。
その瞬間、カトレアは微笑んでいた。天国への門が開くのが、見えるような微笑みだった。
「私の分まで生きて……愛してるわ、ミハイル、ラドラム……愛してるわ……」
何度も『愛している』の言葉が繰り返される。
* * *
「愛しています、ラドラム」
「愛してるわ、ラドラム」
気付くと、顔をぐしゃぐしゃにして泣いているラドラムの両脇から、プラチナとキトゥンが抱き締めているのだった。
『愛している』。その音は、何て哀しく、愛しく、そして美しい響きだろう。
「ああ、愛してる……プラチナ。キトゥン……」
水際から引っ張り上げられて、ラドラムはブレイン・ダイヴから帰還した。
* * *
「じゃあな。ワン、ツー、スリー、フォー。上手くやれよ」
「ああ」
「さよならだ」
ラドラムと同じ姿かたちをした男が四人、コールドスリープ・カプセルに入っていた。
ラドラムが声をかけると、口々に同じ声音で返事を返す。
湿っぽいのが性に合わないのはオリジナルと同じで、みな笑顔を見せていた。
やがて蓋がしまり、急速冷凍が始まると、瞼を閉じて眠りにつく。唇には、微かに笑みが残った。
「サンキュ、プロト。これで気がかりはなくなった」
「簡単な事だ。借りが少しでも返せて嬉しい」
「シーア、またいつか来る。あんたがどれくらい別嬪になるのか、見てみたいからな」
「まあ、ラドラムったら、口がお上手」
頬を染めるシーアと、その肩を抱くプロトに別れを告げて、五人は船上の人となったのだった。
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