15 再会

 私達が魔法学園に戻れたのは、事件の3日後でした。


「申し訳ないですが、例え学生でも魔法を扱える以上は、役立ってもらいます」


 王都では、今回の事件で多くの犠牲者が出ており、魔導師の数も減っていた為、私達のような魔導師見習いである学生も、存分に扱き使われる羽目になりました。

 特に、アーデルハイトは"ケリュケイオン・ヴァッサ"に認められたということで、その力を活かすべく、怪我人の治療などであちこち飛び回っていました。

 まだ、その力に不慣れらしく、神器に振り回されているよう見えましたが、それもそんなに長い事ではないでしょう。

 彼女なら、きっとすぐに使いこなしてくれる筈です。

 ......ただ、一応立ち直ったとはいえ、まだ若干ユーディットの死を引きずっているようで、時々、暗い表情を浮かべているのが、少し心配になりますね。


 そんな風にして、慌ただしく王都での日々を過ごし、魔法学園へと漸く帰って来た私達を待っていたのは、まさかと言える人物の姿でした。


「遅いよ~。エステル、アーデルハイト」


 聞き覚えのある、声変わり前の少年のような中性的な声で、私たちを迎えたのは、とても見覚えのある顔でした。


「あれ、どうしたの二人とも?なんだか、幽霊でも見たような顔になってるよ?」


「......へ、は?いえ、どうして......。いや、あなたは何者ですか!」


 思わず私は剣を抜き放ち、その少女へと切っ先を向けます。

 一方の、アーデルハイトはと言うと、フリーズしたように完全に固まってしまっています。


「え。ちょっ。見れば分かるでしょ!ボクだよ。ユーディットだよ!」


「いいえ、ユーディットは死にました!遺体もちゃんとこの目で確認しましたし、間違いありません!あなたは一体、何者ですか!」


 死んだユーディットの姿そっくりの、目の前の少女の目的は、分かりませんが、どうせろくでもないことでしょう。

 剣を向けたまま、私はゆっくりとその少女へとにじり寄って行きます。


「い、いやっ、だからっ。レイン先生に蘇生してもらったんだよ!」


 焦りながらも、そう言う少女の表情は、嘘をついているようには見えません。

 その事実に私は、一度静止し、少しだけ冷静さを取り戻します。


「蘇生魔法は不可能だって、レイン先生は言っていたはずです」


 ですが、彼女の言い分は、レイン先生が、かつて教えてくれた事と矛盾しています。

 その事について私は指摘しますが、


「確かにそんな風な事は言ってたけど、それは正確には一般的な魔導師の話であって、レイン先生は例外だってさ」


 と回答が返ってきました。

 返事の淀みなさから、予め答えを用意していたのか、それとも彼女が、既にその疑問をレイン先生にぶつけていたが故なのか。

 なんとなくですが、後者のような気がします。


「確かに思い返せば、レイン先生自身が、使えないとは、一言も言ってはなかったように思えますね......」


「そう。そうなんだよね。これは只の推測に過ぎないけど、どうもボクらにミスリードさせるつもりで、あんな事言ったみたいだよ?」


「うーん。先生の性格を考えれば、如何にもやりそうな事ですね......」


 同時に、そこまでレイン先生について詳しいということは......。


「でしょう?酷いよね、大体――」


 目の前の少女が、尚もレイン先生に対する愚痴を言い募ろうとしていますが、それを遮ります。


「ねぇ、ユーディット。あなたは本当にユーディットなのですか?」


「あ、まだ疑ってたの?そうだよ、ボクは正真正銘、本物のユーディットだよ」


 そう言って太陽のような笑顔を浮かべます。

 その姿に、目の前の少女が、ユーディット本人であることを確信してしまった私は、安堵の余り、思わず膝を落とします。


「本当、なんですね......」


「ちょ、ちょっと。急にどうしたのさ?」


「いえ、だって......。もう二度とユーディットに会えないんだって、思ってましたから......」


「あー。......そのなんか、心配かけて、ごめんね?」


 手で後ろ髪を撫でながら、ばつの悪そうな表情を浮かべて、そう謝ってきます。

 そんな姿にも、懐かしさを感じてしまいます。

 そんな感動に耽っていた私でしたが、ふとあることを思い出します。


「アーデルハイト!いつまで惚けているつもりですか!ユーディットが帰ってきましたよ!」


 先程、ユーディットの姿を目にしてからずっと固まったままです。

 普段は気が強い癖に、非常時にはホント弱いんですから、アーデルハイトは......。


「え、はい!?......ほ、本当に、ユーディットなんですの?」


「うん。そうだよ。ただいま、アーデルハイト」


 未だに状況を把握し切れていないアーデルハイトに対し、ユーディットが優しく微笑みかけます。


「わ、わたくし......。あなたに謝らなくては――」


「いいんだよ。ボクがやりたくてやったことなんだ。アーデルハイトは何も悪くないよ」


 アーデルハイトの懺悔の言葉を遮り、ユーディットが彼女を抱きしめます。


「ああ......ユーディット。わたくしは......。ううっ」


 まだ何かを言い募ろうとしていたようですが、結局ハッキリとした言葉になることは無く、そのまま静かに泣き続けてていました。

 そんなアーデルハイトをあやすように抱きしめながら、聖母のような笑みを浮かべるユーディット。

 そんな二人の姿を私は、微笑ましい気持ちで見守っていました。


 ◆


 それからどのくらい時間が経ったでしょうか。

 漸くアーデルハイトも落ち着きを取り戻したらしく、抱き合ってた二人が離れます。


「あうっ、すいませんっ。こんなみっともない所をお見せしてしまい......」


 両手を上げ顔を真っ赤にしながら、アーデルハイトがユーディットに頭を下げています。


「いやー。ボクとしては、ずっとそのままでも良かったくらいだよっ。アーデルハイトは女の子らしく柔らかくていいねぇ」


 などと一方のユーディットは、そんなおじさん染みたことを言える程、余裕があります。

 というかやはり、アーデルハイトのあれは柔らかいのですか......。

 ......別に羨ましくなどありませんからね!


「何を言っているのですか!まったく、もう......」


 そんな怒ったようなことをアーデルハイトは口にしていますが、顔を相変わらず真っ赤にして、ただ照れているようにしか見えないので、あまり説得力がありません。


 そんな風に私を蚊帳の外にして、2人がじゃれ合いを続けているのを見守っていたい気持ちもありましたが、このままでは一向に話が進みません。

 仕方なしに、私は間に割って入ることにします。


「はいはい。二人とも、仲が良いのはよく分かりましたから、その辺にしてください」


「残念。ボクは、もうちょっとアーデルハイトと、イチャイチャしたかったんだけどな」


「な、な、な、何を言ってるのですか!ユーディット!」


「......アーデルハイト。話が進まないので、ちょっと黙って下さい」


 騒ぐアーデルハイトに、ちょっとキツめの口調でそう注意すれば、直ぐに彼女はシュンとした顔で俯きます。

 意外と素直な子なのです。


「ユーディットも、あまりからかわないように」


「ちぇっ、はーい」


「それでユーディット。何があったのか詳しく話して下さい」


「そうだね。実は――」


 そう言って、ユーディットがこれまでの経緯を語ってくれます。


 ザッとまとめると、黒ずくめの集団――恐らく、王城にも現れたセブンズベトレイヤーという集団でしょうね――に襲われて、その最中、大槍を持った大男の攻撃からアーデルハイトを庇い死亡。

 その後、レイン先生の蘇生魔法によって復活といった所でしょうか。


 アーデルハイトに教えてもらった話と特に食い違いはありませんし、特に間違いは無いでしょう。

 ただ、改めて違う方の視点から、再度話を聞かされると、色々と違和感が見えてきます。


「そのアルドと名乗った男の方、ちょっと気になりますね」


 どうもセブンズベトレイヤーとは少々異なる事情をお持ちのようですし、メイナード先生を相手にして尚、余裕を失わないその実力。

 見た目もその能力も特徴的。一度見たら、まず忘れられないような存在にも関わらず、その場にいた誰もが彼の事を知らないという。

 普通それ程の実力者ならば、名前が売れているものなのですが......。

 エルフであるアーデルハイトの姿を見つけた瞬間に、激高したという話ですが、それだけでは推測の材料としては不十分ですね。

 一体、何者なのでしょうね。


「そうだね~。特にあの使ってた大槍は、そこらの魔法具じゃ、及びもつかない逸品だったと思うよ」


「そう、ですわね。わたくしの見立てでは、恐らく八星神器アハトシュテルン級かと......」


「その杖と、同じくらいに凄いってことですか?」


「ええ、そうなりますわね」


 手に持ったケリュケイオン・ヴァッサを撫でながら、アーデルハイトがそう答えます。


「ということは、それが八星神器アハトシュテルンの一つ"グングニル・エールデ"だったのでしょうか?」


 槍の神器というと、それしかありません。


「それは。......分かりかねますわね」


 アーデルハイトが落ち込んだように、そう答えますがそれも仕方ないことでしょう。


「ああ、すいません、気にしないで下さい、アーデルハイト。伝承にしか残っていない八星神器アハトシュテルンですから、その存在を知らなくても当然ですよ。私がそれを実際に見たとしても、恐らく判断は付かなかったでしょうし」


 グングニル・エールデは、正統王国設立以前より、ずっと行方不明である謎の神器であり、その能力や姿は、ほとんど伝わっていません。


「そうなの?」


 どうも、そう言った事情に疎いユーディットが、そう尋ねてきます。


八星神器アハトシュテルンは、八大神が扱った魔法武具ですので。当然、神々の数に合わせ、神器も8つ存在するとされています。ですが、現在所在が分かっているのは、6つしかないんです」


「へぇ、そうだったんだ」


「ここ正統王国に、今アーデルハイトが手にしているものを含めて3つ。神聖帝国に2つ。ナーミア教国に1つです。残り2つの神器は名前のみが伝わっており、どんな姿をしているのか、どんな能力を持っているのか、分からないのです」


「ふーん。それじゃあ、どうやって、神器かそうじゃないか見分けるの?」


「それは実はそんなに難しくはないんですよ。神器というだけあって、他の魔法具とは隔絶した力を持っていますから、見る人が見れば一発で分かります」


 そう言いながらも、私は自身の言葉に何か引っかかりを感じます。


「じゃあ、もし神器と同じくらいの力を持つ魔法具があった場合、どうやって区別するの?」


「神が扱っていたとされるモノですから、そうそう匹敵する魔法具なんて――」


 其処まで言って私は、思い出します。

 神器であるケリュケイオン・ヴァッサと対等以上に渡りあっていた魔法具の存在を。


「そう言えば......。メイナード先生が持っていたあの魔法具。あれは一体何なんでしょうか?」


 あの時は、随分な修羅場だった為、気にしている余裕などありませんでしたが、思い返せば色々とおかしいことに気が付きます。


「そう......ですわね。確かに、ケリュケイオン・ヴァッサにも劣らない魔力を感じましたわ」


 そして、それを敵であったクロトも指摘していたはずです。

 どうしてこんな大事なことを、今まで失念していたのでしょう。


「確か、"ケラウノス・トネール"、メイナード先生はそう言っていたはずです」


「でも、そんな神器、聞いたことありませんわよ?そもそも、杖型の神器は、このケリュケイオン・ヴァッサ以外に存在しないはずですし......」


 私とアーデルハイトは、黙って考えこんでしまいます。


「うーん。ここで悩んでても、仕方ないんじゃない?それよりも後で、メイナード先生本人に聞いてみれば?」


 結局、ユーディットのその提案により、その話題は一旦、棚上げしておくことになりました。


「そもそも、その、セブンズベトレイヤー?だっけ。その組織は一体何だったの?」


 そう言ってユーディットが新たな議題を持ち上げます。


「確か、何かの宗教団体を名乗っていましたが......」


「クロトの言ってたことから察するに、多分ですが、八神教関連の団体のようですね」


 途中で八大神の一人、エルマーレの名前を出していましたからね。


「そうですわね。ただどうも、雰囲気的に、普通の八神教ではない気がしますけど」


「ですね。八神教にはあまり詳しくはありませんが、あんな狂信者の団体では無かったはずです」


「ですわね。それに、何か、八大神のどなたかに騙されたとかで、恨みを抱いている節がありましたし......」


 何かおかしいのは分かるのですが、それが一体なんなのか分かりません。

 また、2人で考え込んでしまいます。


「それよりもボクが気になったのは、たかが八神教の一団体に、あんな大規模なテロがやれるかなってこと。いくら何でもおかしくない?警戒が厳しいはずの王都で、あんなにあっさり襲撃を成功させたり、神聖帝国軍まで動かしたりしてさ。これは噂で聞いただけなんだけど、なんか王国軍の上層部に裏切り者までいたって話だよ?」


 最後の部分は初耳です。


「そう言えば、ユーディットは知りませんでしたね。どうも、今回の一件、裏で糸を引いていた黒幕がいたようですよ?」


「黒幕?」


「ええ、まんま"ブラックカーテン"なんて、名乗っていましたが、多分彼らの仕業なんでしょう」


「なにそれ、詳しく聞かせてよっ」


 私は語ります。王城での出来事を。

 特に、クロトを倒した後に現れた謎の少年について。


「なにそれ?自分から黒幕だって名乗ったの?」


「ええ、まったく人を馬鹿にしたような話ですよね。でも本当ですよ」


 ユーディットが視線をアーデルハイトへと向けますが、彼女も黙って頷きます。


「うーん。ちょっと信じがたいけど、でも信じるよ。でもそうなると――」


 ユーディットが何かを思い出したような表情で言葉を切ります。


「どうしました?何か気になることでも?」


「ああ、いやね。レイン先生が何か、裏にいる誰かについて、何か知ってるような口ぶりだったんだよね」


「本当ですか!?」


「うーん。と言っても、ちょっとそれっぽい事を口にしてただけだから......」


「そうですか。ならレイン先生を問い詰めないとですね」


「うーん。多分無理だと思うけどね」


 そうして、いくつも謎が残った今回の一件でしたが、その後、大人達に聞いても、大した答えは得られずに謎は謎のまま残ることになりました。

 果たして、これらの謎が明らかになる日は来るのでしょうか。

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落ちこぼれ少女の成り上がり 王水 @ousui213

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