ヒューマナイガンとのキスについて5
───────(10)───────
「面白く無いね。チャンネル変えていい?」
「いいよ」
「はい」
「どうぞどうぞ」
誰も異論はなかったのでマルカはテレビに近づいてダイヤルを回した。画面がまた砂嵐になった。
「安直よね、議論の勝ち負けをボクシングで決めるなんて。昨日も似たような番組を見たわ」
「うん、すぐ消えそうな番組だったね」
「皆さんすっかり目が肥えてしまいましたね。視聴者が皆こんな感じだと視聴率を上げるのがいかに大変かが容易に想像できますわ」
マルカがダイヤルを回す手を止めた。
「でも、公園かー。確かに休日はカップルばっかりだよね。何でだろ?」
「お金がかからないからじゃない?それに、公園によっては木の茂みとか隠れる場所もたくさんあるしね」
と、トロツキーネが即答する。
「休日の公園はちょっと遊びに行きづらいですよね。男女同伴でないといけない雰囲気すら感じます」
「そう?私は気にしないけど」
「とまあ、これがナイガンの意見だけど、ヒューマンの旦那様はどう思う?」
トロツキーネが面白げに僕に話題を振ってきたので、僕はじろりとトロツキーネを睨む。
「嫌いだよ。僕は反対派だ」
僕は帰りに見た光景の風景を思い出しながら言った。
「公園に限らず、僕はカップルの存在そのものが気に入らない。あいつらは人前で当たり前のようにキスしてる。恥ずかしくないのかな。僕は見てるだけで恥ずかしくなるよ。理解できない」
「……そうだね」
マルカが少し落ち込んだような声で同意をしてくれた。
「そう?私としては旦那様のほうが理解できないけど」
と、トロツキーネ。
「……だろうね。君はこの中で一番破廉恥だからな」
「えー?そこ言い切っちゃうの?ショックねえ」
「ハハハ……」
レニッコが場を濁すように曖昧に笑った。トロツキーネもにこやかに笑っていて、とてもショックを受けているようには見えなかった。
「まあ、そんな冗談は置いといて……」
トロツキーネが一旦場を締める仕草をする。
「……真面目な話、旦那様はいつになったら私たちとキスをするの?」
「!」
僕は思わず目を見開いてトロツキーネを見てしまった。彼女は珍しく真顔で上を眺めていた。マルカとレニッコも驚いていた。
「……するつもりなんて、全く無いけど」
「へえ、それも言い切っちゃうんだ。ショックというかがっかりって感じよね。特にマルカが──」
「トロツキーネちゃん!」
トロツキーネの発言を遮ってマルカが叫ぶ。
「……なんでいきなり、そんな話をするの?」
「いいタイミングだったから」
トロツキーネは机に肘をついて口元に笑みを浮かべていた。そして僕の方を見る。
「あのね、旦那様。私、今のゆるーい関係に飽きちゃった」
「え……?」
「相変わらず鈍いのね。ねえ、私たちがあなたに引き取られて今年で何年目だっけ?」
「三年……」
「そう、三年よ。三年って長いわね。互いの相性を確認するには十分だった。私達はすっかりあなたを信頼しきってしまったし、旦那様もきっとそうでしょう?」
「……そうだな」
「だからそろそろ私たちに手を出すべきだと思うんだけど……」
「待った」
僕はトロツキーネを抑えるように彼女に手のひらを向ける。
「どうしてそこでそういう話に持って行くんだ。いいじゃないか、このままで」
「私は良くないと思っているから言ってるの」
そう言う彼女の顔は少し怒っているように見えた。
「旦那様は私たちの今後の人生がどうなるか知っていらっしゃって?」
「……未来のことなんて知るわけないが、順調に行けば君たちは死ぬまでメイドをやらないといけないだろうな」
「そうよ。私たちは一生旦那様に仕える予定」
「それが不満か?」
「不満はそこじゃなくて……死ぬまで旦那様のメイドをやるってことはさ──」
トロツキーネはそこで一旦間を置いてから続けて言った。
「──旦那様が私たちに手を出さなかったら、私たちはキスも知らずに死ぬことになっちゃうのよねえ」
「……!」
驚きの事実だった。いや、考えてみれば当たり前のことだった。
「意外そうな顔ね。いったいどんな気持ちでさっきの番組を見ていたの?あの公園にいたカップル達は皆ヒューマンとナイガンでくっつき合っていたじゃない。ご丁寧に執事服やメイド服でイチャついてるナイガンもいたしね。まず間違いなく、あのカップルのほとんどが主人と召使いの組み合わせよ」
「……そんなことは承知しているとも。僕ら人間が愛情を求めて君たちを養っていることだって。だから君たちのようなヒューマナイガンは、家ナイガンって呼ばれている」
「言わなくてもわかると思うけど、家ナイガンはよその人間と恋愛なんて絶対にしないわ。たとえ旦那様がいいって言ったとしても、私たちが嫌なの」
僕はマルカとレニッコの顔を見る。二人とも気まずそうに僕の視線から目を背けていた。気づけば場は静まり返っていて、僕とトロツキーネだけがしゃべっていた。
「まっ、そういうわけで……もし手を出すつもりならお早めにね。どうせなら花の十代のうちに経験しておきたいし、ヨボヨボのお婆さんになってから手を出されても困っちゃうから」
トロツキーネが立ち上がる。
「さて、面白い番組はなさそうだし、三人でトランプでもしない?」
「いいですわね。でも、その前にお風呂を沸かしておきましょう」
「そうね。とりあえず部屋に戻りましょ」
そう言ってトロツキーネとレニッコが部屋に戻っていき、マルカもそれについていった。マルカが居間を出るときにちらりとこちらを見たので、一瞬だけ目が合った。三人がいなくなってしばらくした後に、僕も本を持って自分の部屋に戻った。
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風呂に入ってさっぱりし、自分の部屋に戻って、寝間着姿で明日の仕事の用意をする。メイドたちはそろそろ寝る時間だろうか。そんなことを考えながら時計を眺めていると、ノックの音が聞こえた。ドアを開けるとそこにはパジャマを着たマルカがいた。
「どうした?」
「ん……別に。寝る前にもう一度ヒカルさんの顔が見たかっただけ」
「……そう。もう満足かな?」
「うん」
ドアノブに手をかけたところで、マルカがもう一度僕の顔を見た。
「トロツキーネちゃんの言ってたこと、気にしなくていいよ。私たちには私たちのペースがあるんだから、ね」
「……」
「おやすみなさい」
マルカは二階へと上がっていった。少し早いが僕も明かりを消して寝床に入る。
その後、僕は彼女たちとの口づけについてあれこれと考えながら眠りについた。
ヒューマナイガンは妊娠できる 吉良利休 @kirarikyuu
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