ヒューマナイガンとのキスについて4

───────(8)───────


 食事をした後、僕は居間で本を読んでくつろいでいた。しばらくして、食事の後片付けが終わったマルカたちがやってきて、テレビのダイヤルを回し始める。


「なんか面白い番組やってないかなー?どう?トロツキーネちゃん」

「うーん、面白そうなのは見つからないわねえ」


 トロツキーネは机の上に新聞を広げて、載っている番組表とにらめっこをしていた。


「あっ!そういえば先週のこの時間に地元のペットを紹介する番組があったよね?あれ見ようよ」

「あー、あれね。何チャンネルだっけ?」

「Nの91だよ。Nの91……」


 マルカがそう呟きながらダイヤルをキリキリと回すとチャンネルの目盛りが『N91』に切り替わった。が、テレビの画面は砂嵐のままザーザーと唸っているままだった。


「あれ、何も映ってない。おかしいなあ、ちゃんとNの91になっているのに」


 と、マルカが首を傾げる。


「番組表によると、N91チャンネルは本日付けで放送終了らしいですわ」


 と、レニッコが横から番組表を覗きながら該当部分の文章を指差していた。


「えー!?」

「あーもう、字が小さすぎて読みづらいったらありゃしないわ。……番組表ってどうしてこうごちゃごちゃしているのかしら。新聞の半分が番組表を占めているとかどう考えてもおかしいでしょ。チャンネル多すぎよ」


 トロツキーネはそう言って自分の目を指でマッサージしだした。僕は本をパタンと閉じる。


「しょうがないさ、それが資本主義ってやつだよ。視聴率の高い番組はものすごく儲かるからね。だから皆どんどんチャンネルを作るんだ」


 僕が言い終えた後に、突然、テレビから声が聞こえてきた。マルカがスイッチを入れてからずっとノイズ音しか撒き散らしていなかったので、座っていた僕たちは一斉にテレビに視線を向けた。マルカもダイヤルを回す手を止めて少しだけ後ろに離れる。


「あっ、綺麗に映った。これは何の番組かな?」


 チャンネルを示す目盛りは『P34』を指していた。


───────(9)───────


 観客の拍手とともに、スーツを着た二人の男がスタジオに入ってきた。


「皆さんこんばんわ。司会の加藤です。今日は公園について議論しましょう」

「こんばんわ、漫才師の山田です。ほう、公園ですか。公園について何を議論するんですか?公園の数?公園の広さ?」

「いいえ、公園のモラルについてです」

「モラル!と、いいますと……?」

「公園で目を背けたくなるような光景を見たことはありませんか?」

「目を背けたくなるような光景……と、いいますと、ばらばら死体とかですか」

「見たことあるんですか?」

「ないですね」

「そうですか。頭の痛くなるような会話はこのぐらいにしてさっさとVTRに入りましょうか」


 映像が切り替わる。軽快なBGMが鳴り出し、どこかの公園が映しだされた。そこから視点が移動し、ブランコを漕いでいるヒューマナイガンが映しだされる。手にはマイクを持っていた。


「こんにちは!レポーターのベルルコスカです!今日はP公園にお邪魔してみました。目を背けたくなるような光景ってどれでしょうか?」


 レポーターがブランコを降りて公園の中を歩き出す。レポーターがあちらこちらと指をさす度に映像の視点が動いて公園にいるカップルが次々とフォーカスされる。手をつないでいるカップル、キスをしているカップル、体を触り合っているカップル、服を脱ぎ合っているカップル。最後のカップルは流石に公共の電波には流せないようで、途中でカメラがあさっての方向を向いていたが、行為中のカップルの声はカットされること無く普通に流れた。このVTRが伝えたい事はどうやら、公園にたくさんのカップルがたむろしていること、そして人目をはばからずに愛し合っていることのようだ。


 レポーターが公園の中を一通り歩いて、公園の出口に出る。


「いやー、皆さんアツアツですねー。今は夏でしたっけ?現場からは以上です」


 レポーターがカメラに向かって手を振ると、テレビの映像がスタジオに戻った。司会と漫才師がまた映しだされる。


「これは酷いですね」

「酷いんですか?」

「酷いと思う人もいます。そう思わない人もいます。山田さんは後者のようですね」

「いや、僕も酷いと思ってますけど」

「そうですか。と、いうわけで今日の議題はこれです。じゃじゃん」


 司会の声と共にスタジオの真ん中にある大きなスクリーンに文章が映しだされた。『公園でイチャイチャすることの是非について』と、書いてある。


「『公園でイチャイチャすることの是非について』。では、賛成派と反対派の意見をそれぞれ聞いてみましょうか。まずは反対派からどうぞ」


 カメラがぐるりとまわり、二つに分かれてそれぞれ赤と青の椅子に座っている集団が映しだされた。青の椅子の集団から、厚化粧をした見た目四十代の人間女性が立ち上がる。


「私は人間ですが、公園での不純異性交遊には反対ざますわ。公園にかぎらず、人目につくような場所で破廉恥な行為を行うことに断固反対しますざます。理由?汚らわしいからに決まってますわ。崇高なる愛に対する冒涜ざます。愛というのはもっとプラトニックでなければなりませんざます」


 続いて金髪のギャルが立ち上がる。


「私はヒューマナイガンの立場から反対しまーす。人間は平日は忙しいから知らないと思うんだけど、平日の公園はヒューマナイガンの憩いの場、なんだよね。老いも若きも皆でワイワイガヤガヤ楽しんでる、的な?ゲートボールとかすっごい盛り上がるわけ。そんな憩いの場が休日になるとカップルが大量にやってきて雰囲気がぶち壊しになるんだよね。イチャイチャしている隣でゲートボールなんか、とてもじゃないけど出来ないよ、的なね」


 二人が座ると、司会の人がうんうんと頷いた。


「なるほど、平日の公園というのは盲点でしたね。山田さんは何か感想ありますか?」

「反対派の人たちは頭が悪そうですね」

「そうですか。では次に賛成派の意見を聞いてみましょう」


 赤の椅子の集団から頭髪の薄いひ弱そうな三十代の人間男性が立ち上がった。


「私は人間でサラリーマンをやっております。公園で愛を語る…‥とてもいいことだと思います。反対派の人は汚らわしいなんて言っていましたけどね。何も汚くないと思うんですよ。だって愛を語っているだけなんですからね。むしろそうやって隠そうとするのが良くない。性的なものを何でもかんでも隠そうとしているからこそ、少子化に悩まされ続けているんだと思います。もっとオープンにいきましょう」


 続いてネクタイをゆるく締めた長髪の若い男性が立ち上がった。


「ヒューマナイガン。俺は今のままでいいと思うな。だって、俺達が生まれるずっと前から休日の公園ってあんな感じらしいじゃん。これはもう文化と言って問題無いっすよ。土日の公園が憩いの場になっていないのは……まあこれもどうでもいいんじゃないかな。公園はナイガンだけのものじゃないし、カップルの半分はナイガンだし」


 二人が座ると、司会の人はまたうんうんと頷く。


「ふむふむ、賛成派の意見はやはりポジティブですね。山田さんは何か感想ありますか?」

「つまらない意見ばっかりですね。よくもまあ、テレビに出る気になれましたね」

「そうですか。さて、それぞれの意見を聞いたところでどちらが正しいのか決めてみましょうか。皆さんこのグローブをはめてそちらのリングに上がってください。その前に、一旦CMです」


 『CMの後、驚きの展開が……!?』というテロップが浮かんだ後、CMが流れた。

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