第35話 エピローグ
ふたつの足音が同じリズムを刻む。
「ばかじゃないの。本職の葉花さんを巻き込んで。ううん、無関係のガリさんまで」
「あはは、本当だよね。立ってるだけなのにすごい汗をかいたよ」
「こっちは座ってるだけで汗かいたし」
二人で苦笑する。定休日のジム内で、初めて一緒にランニングマシンで歩く。プレゼンの日だというのに二人ともちゃっかりウエアを持参していた。やっぱり伸縮性のある運動着は性に合う。自由って感じがした。
回るのはコンベアのみで景色は変わらない。ずっと隣に出部がいる。思えば小さい頃から見てきた景色。大らかな丸い顔。ぽっちゃりした胴体。ぷりっとしたお尻。二週間会わない間にちょっと太った気がする。さてはトレーニングをさぼっていたな。私の目は誤魔化せない。
「どうだったかな。パーソナルトレーナー」
「分からない。まだあれが実用的なのかどうかは使ってみないと」
「そうだよね」
出部は頭をかきながら視線を下げる。腕には自らが開発したアプリ入りの腕時計が付いている。今もデータを収集しているのだろう。出部の一挙手一投足がどんどんアプリを精密にする。
「本気なんだね」
「うん」
謙遜したように視線は下がり気味。自信なさげで、どこか弱々しい。
「置いてけぼりにしたのに。しつこいなぁ」
「うん、だって好きだから」
なのにいきなり強気。
息が詰まるくらい心臓が高鳴った。
「ガリさん、よく協力してくれたね。自分で言うのもあれだけど恋敵でしょ」
「すごい悔しそうだった。でも『この悔しさをバネに』ってぶつぶつ言いながら手伝ってくれた」
「あはは、ガリさんらしいね。体育会系に見えないのにストイック」
「そうだね」
出部は笑いながら呼吸が乱れて咳払いをする。「はっは」とわざとらしく呼吸を整えるが若干苦しそう。
「息が上がるの早すぎ。開発に夢中でトレーニングさぼってたのがバレバレ」
「うぅ……。返す言葉がありません」
「はいこれ」
「なに? えっと」
一枚の紙切れを出部へ渡すと、出部は歩きながら顔をまじまじと近づけて黙読する。視線が何度も上から下へなぞる。難しい内容ではない。一度読めば分かるはず。だからこそ恥ずかしかった。
しかも出部の表情がどんどん明るくなり、なぜかペースを上げ始めた。
「あはは」
浮かれた息を漏らす。そんな嬉しそうな顔をするな。見ているこっちが恥ずかしい。
「頑張るねっ」
屈託のない笑顔は小さい頃にずっと隣で私を癒していた笑顔と同じだった。
太くて長くて薄くて
おわり
太くて長くて薄くて たなちゅう @tanachu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。太くて長くて薄くての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます