第31話 デオナーテ王国の情勢
グロウ大陸。
マデンカ大陸よりも一回り程大きい大陸である。
大陸の沿岸には木々が生い茂っており、中央部は灼熱の砂漠が広がっている。その砂漠に位置するのが、デオナーテ王国だ。
グロウ大陸にはデオナーテ王国以外に国は存在せず、小さな村や町などが存在している。
その村や町は全てデオナーテ王国領の私有地となっているため、実質はデオナーテ王国がグロウ大陸を治めているということになる。
デオナーテ王国に辿り着くまでは、最低でも二日掛かるため、村や町を転々としながら王国まで行くのが一般的なルートらしい。
しかし、隊長はできるだけ早く王国に向かいたいらしく、俺達は最短ルートで進むことになった。
船着き場から歩いて約一時間。そこにはシェハレタという町が在る。デオナーテ王国に向かう者達が、最初に訪れる町だ。ここで食料や飲料水、荷台と馬を借りてから出発するのが基本らしい。
町と言っても、外に出ている人は少なく、商人達の姿も見当たらない。
「なんか……ここの人達、元気ないですね……」
俺は、隣を歩く大男に話しかける。
「そりゃあそうだぜ。なんつったってここはグロウ大陸なんだからよ」
この大男は、俺達を乗せてくれた貿易船の船長だ。
頭にバンダナを巻き、整えられていない髭がよく目立つ。筋肉質な体にタンクトップと半ズボンを履いていて、船長とは思えないような恰好をしている。
「グロウ大陸だからって……どういう事なんですか?」
船長が言った「グロウ大陸だから」という言葉。俺はその言葉が引っ掛かった。
「あん? お前なんも知らねえのか? デオナーテ王国の税の取り立てが厳しいんだよ」
「税の取り立てですか?」
「ああ。毎月財産の三分の二は持ってかれてるらしい。払えねえ奴は極刑だと」
財産の三分の二……それはとてつもなく生活が厳しくなってしまうだろう。一生懸命に働いても、給料は半分以上持っていかれる。
この世界の通貨は『ハルート』と呼ばれていて、世界共通の通貨らしい。
そのハルートを『円』に換算すると、1ハルートは約100円なんじゃないかと考える。
この世界の一ヶ月の平均給金は、およそ1800ハルート。約18万円だ。
その半分以上を持っていかれると、600ハルート以下で生計を立てなければならなくなる。
グロウ大陸では物価が高く、パンを一つ買うだけでも40ハルートはする。パン一つに4000円だ。
物価が上がったのもデオナーテの国王が原因で、値段を勝手に決め、その通り売らなければ死刑だとか言ったらしい。そして、売り上げの三分の二をデオナーテ王国に収めるという決まりを定めたという。
「しかも、若え女は無理やり国王の夜の相手をさせられるっつう話よ」
「なんてことを……」
「相手に恋人がいようが、夫がいようがお構いなしなんだと」
酷い。素直にそう感じた。
人の気持ちとか考えずに、ただ人形のように人を扱ってるんじゃないのか? 国王だから人の財産を獲っていいのか?
そう考えるたびに、胸の奥から怒りがこみ上げて来る。
「いいか? この事を王国内で口にするなよ? この国では国王に対する批判や非難は反逆罪として裁かれる。兵士達に聞かれでもしたらまずい」
「さすがに口には出しませんよ。態度には出るかもしれないですけど……」
「それもアウトだ。ましてや国王の前でそんな素振りみせたら即死刑だ」
正直耐えられるかわからない。
そんな国王の前で、何も言わずにいるのは我慢できそうにないんだ。
自分が偉いからって、人を玩具のように扱うのは違うと思う。
勿論、この世界にはこの世界のルールがあるって事ぐらいわかってる。俺も今はこの世界の人間だ。ルールには従う。
でも、だからと言って見過ごせないだろ。
この町の人達は皆死んだ目をしている。
何もかもがどうでもいいと思っている目。全てを諦め、受け入れた目。正しい事が何かわからなくなった目。自分が信じていたものに裏切られた目。
そして、生きる事を諦めた目。
俺もこの世界に来るまでは、この人達と同じ目をしていたんだと思う。でも、今は違う。
俺は誰かを信じるって事は間違いだと思ってた。他人を助けるのは間違いだって思ってた。心の奥底ではそれが正しい事だってわかってた。でも、それを認める事が出来なかったんだ。
この世界に来て――隊長達と出会って俺は変わった。いや、元に戻ったと言ったほうが正しい。
隊長達が教えてくれたんだ。他人を助けるのは――誰かを信じるのは間違いなんかじゃないって。
だから、俺は自分の信じる事をやる。この人達に生きる希望を少しでも与える事が出来るのなら、なんだってやってやる。
「すまない。遅くなった」
俺が決意するのと同時に、食料などを調達しに行っていた隊長達が戻って来た。
隊長の後ろには、マデンカ王国にいるものに比べると少し痩せているグリフォンが荷車を引いていた。その荷車には清華、ミネさん、ティレンさんがくつろいでいる。
ザルマスさんはというと、痩せたグリフォンの上で項垂れていた。
「ザルマスさんどうしたんですか?」
「ちょっと乗り心地がね……。ああ、お尻が痛い……」
痩せている分、背骨が出張っているため乗り心地が悪いらしい。
グリフォン達のためにもこの国を変えてあげないとな。
「晴羽君、どうしたの? 思い詰めたような顔してるけれど……」
少し考えすぎていたのか、俺の表情を見た清華が心配そうに話しかけてくる。
「いや、なんでもないよ。ちょっと眠かっただけ」
「……そう、ならいいの」
清華は納得いかなそうな顔をしたものの、すぐにいつも通りのクールな表情に戻る。
「心配かけたみたいでごめんな」
「別に心配はしてないから謝らなくていいわ」
俺が国王に税の事について意見を主張するなんて言えば、清華は自分も手伝うなんて事を言ってくれるだろう。
でも、それはダメだ。俺一人だけが言えば、罪を追うのは俺一人になる。それでいいんだ。これ以上皆に迷惑はかけられない。
別に皆を信じていない訳じゃない。信じているからこそだ。
「では、そろそろ出発するとしよう」
「……隊長ぉ。俺はずっとグリフォンの上ですか?」
「ザル君~。頑張って~!」
「ザルマスは副長ですのでグリフォンに乗るのが普通ですよ」
「ティレン、それ副長関係あるかな?」
……俺がその事を相談すれば、この人達はきっとやり過ぎてしまうだろうしな。
こうして、俺達はデオナーテに向けて砂漠へと足を踏み入れた。
アマル・ソティラス 黒又コト @tona_toko
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