第30話 グロウ大陸へ


 マデンカ王国から北に進むと、大きな港町が見えてくる。

 それは『港町レイネール』と呼ばれている。


 マデンカ王国の城下町みたいに活気づいており、商人達が名産品等を売りに出している。

 この港町は、貿易場としても盛んであり、違う大陸からやってきた者達との交流も行われている。その為、自然とこの町には人が集まっている。

 

「なんか凄いですね……」

「まあ、船を止めていいのがここだけだし、盛んにもなるよね」


 これは全大陸共通の決め事で、決められた場所にしか船を止める事が許されていないのだ。

 もし、仮に止めてはいけない場所に船を止めた場合は、結構重い罪に問われるらしい。


「さて、これから私とザルマスで船の空きがあるか調べてくる。お前達は少し待っていろ」

「え~……。俺もですか……」


 ザルマスさんは隊長に引っ張られながら、人混みの中に消えていった。


 このレイネールから行ける大陸は、今のところ三つ。

 今から俺達の向かう『グロウ大陸』に、西の『ブレーゼ大陸』、南西の『ソヒト大陸』である。


 この三つの大陸へは定期的に便が出されているが、他の三大陸への便は出ていない。その為、他の三大陸に向かう場合は、一度『ソヒト大陸』に渡っていくしかないという。

 便が出ていないのは、別に仲が悪いというわけではないらしく、ここから他の三大陸に渡るには距離があるためだとか。


「美原ちゃ~ん! 少しこの辺り見て回らな~い?」

「はい。いいですよ」


 ミネさんは清華と共にショッピングを始めるらしい。

 隊長達はあとどのくらいで戻ってくるんだろうか。

 いつの間にかティレンさんもいないし、探すついでに俺も見て回ろうかな。


 お金に関しては問題ないと思う。この間の山賊討伐の件で報酬を貰ったし、買いたい物も特にないと思うしな。


「ただいま戻りました」

「あっティレンさん」


 探しに行こうと思った途端にひょっこり戻ってきたティレンさん。

 ちょっと見て回りたかったけど、まあいいか。


「見てください晴羽さん」

「はい? おお! そのネックレス買ったんですか?」

「ね、ねっくれす? これは首飾りと呼ばれていて、先程近くにいた商人から買ってきました」


 あれ? ネックレスって言葉しらないのか? てっきり知ってるんだと思ってたけど。

 ティレンさんが見せてきたのは銀色の首飾り。シンプルなデザインの少しおしゃれな感じだ。


「自分用ですか?」

「いえ、妹用にです。きっと似合うと思ったので……。まだ見つけられてもいないのに変ですよね」


 少し寂しそうに苦笑いするティレンさんを見て、俺は少し可哀想だと思った。


「きっと見つかりますよ」

「そうだといいんですが……」

「大丈夫です。この任務が終わったら、俺も探すの手伝います」

「……晴羽さん。流石にそれは悪いですよ」

「ティレンさんにはたくさんの恩がありますから、それぐらいはやらせてください」


 俺がそう言うと、少し困ったように笑う。


「困りましたね……。こういう時何て言えばいいのか……」

「俺を頼ってください。それだけで十分です」


 ティレンさんにはいつも救われている。

 こんな俺を信じてくれたし、囮となってまで俺を清華の元に行かせてくれた。

 だから、少しでも恩返しがしたいんだ。少しづつでもいいから、恩返しを……。


「……では、晴羽さん。お願いしてもいいですか?」

「勿論です! 任せてください!」


 第五部隊への恩返しの第一歩として、この約束は絶対に果たしてみせる。

 そのためにも、早くこの任務を終わらせないとな。







 隊長達が戻ってきたのは、それから少し経った頃だった。

 それと同時に清華達とも合流し、船着き場へと足を運ぶ。


「グロウ大陸に渡る船が一隻だけ見つかってさ、本当によかったよ」

「だから結構時間掛かったんですね」

「なかなか見つからなくて隊長不機嫌になっちゃうしさ。見つからなかったらどうなっていた事か……」

「ああ……。隊長不機嫌だったんですね……」


 俺は不機嫌状態の隊長を想像してみる。

 なんだろう。余計なこと言ったら斬られそうなイメージが浮かぶんだけど。


「そろそろ着くぞ」


 商店街を外れた細道を抜ける。


「おお……!」


 抜けた先で俺の目に映ったのは、太陽の光を反射してキラキラと輝く海と、遠くにうっすらと見える大陸。


「綺麗ね……」

「あれがグロウ大陸ですか?」

「いや違う。あれはブレーゼ大陸だ。グロウ大陸は東にあると言っただろう」


 あまりにも海が綺麗でつい忘れていた。

 この世界で海を見るのは初めてだ。やはり、向こうの世界と違って海が透き通っている。

 沖縄の海に近い感じだろうか。とにかく、底のほうまでハッキリと見える。


「ザルマス。僕達が乗船するのはアレですか?」


 俺が海を眺めていると、ティレンさんがどこかを指さす。

 その指の先に視線を持っていくと、一隻の少し大きな船が見えた。


「そう。アレだよ。貿易船だけど構わないよね?」

「僕は構いませんよ」

「私も問題ないです」

「私も~!」


 皆が了承の返事をする中、一人返事をしない者がいた。

 そう、俺だ。

 多分――いや絶対に、俺が船酔いしやすいって事を話せば、ザルマスさんがすぐにからかってくるだろう。挙句には、俺が吐きそうなのを我慢してる最中にドロップキックかましてくるかも――いやそれはないか。でもちょっかいは出してくるはずだ。

 

 そうなった場合、俺はザルマスさん目掛けてリバースしてしまう可能性がある。というか絶対にする。

 だが、清華やミネさんはそっとしておいてくれる可能性が非常に高い。ティレンさんなんかは背中をさすってくれそうな気がする。


「あれ? 新人君、嫌だった?」


 話さなかった場合、その事実をしらない皆に、俺がリバースするところを予告なしに晒すことになる。

 それを見た皆は不快になるだろう。そんな思いはさせたくない。


 やっぱり話したほうがメリットは大きい。

 よし、言おう。言って、一人でリバースするんだ……。


「あの……。俺……皆に黙っていた事があるんですけど……」

「晴羽君……?」

「……船酔いしやすいんです」


 俺がその事を話すと、皆は一瞬ポカンとした表情で固まっていたが、ザルマスさんがすぐに笑い出す。


「どれだけ重要な話かと思ったら船酔いの事って……」


 船酔いの恐ろしさを知らないのかザルマスさんは。特にオレンジジュースを飲んだ後の船は魔物と化す。その恐ろしさも知らないのか……。


「なので、端のほうでリバース態勢に入るので、そっとしておいてください……」

「ねえ、晴羽君」


 俺が軽く頭を下げて頼んでいると、清華が不思議そうに声をかけてきた。


「フナヨイ……って何かしら?」


 そうして俺達は船の中に乗り込んだ。

 希望も何もない、船の中に……。


 船に乗ってしばらくが経過した。

 予想通り、ザルマスさんはちょっかい出してきたが、それは最初の頃だけだった。

 俺が本気で苦しんでいたら、死にかけの小動物を見るような憐みの目で見てきた。それから、ザルマスさんはちょっかいを出してきていない。


 何だかんだ言っても、ザルマスさんは優しい。それだけはわかっている。ただ、あんな憐みの目で見られたら流石に傷つくのでやめていただきたい。


 その後、なぜかは知らないが清華が隣にやって来て、何を話すわけでもなく、ただ静かに海を眺めていた。

 隣でぐったりしてる俺は、流石に悪いなと思ってその場から離れようとしたのだが、


「私は構わないから」


 と一言。

 いや、まあ俺が構うんだけどね。


 それからというもの、俺がリバースしそうになるたびに背中を優しくさすってくれた。

 俺は改めて、清華の優しさを感じた。

 いずれこの優しさが、誰か一人に向けられるのだと思うと、少し寂しく感じた。







 船に乗ってから一日が経った。

 肉体的にも精神的にもズタズタだ。ほぼ一睡もできてない。


 止まらない吐き気に俺は絶望していたが、徐々に消えていくそれに希望を見出していた。

 体って慣れるものなんだな……。なんて素晴らしいんだろうか……。


「でもやっぱり気持ち悪い……」


 デッキの手すりにぐったりともたれ掛かりながら、キラキラと輝く水面を見る。

 綺麗な海でも見て気分を晴らそうとしたが、どうしても吐き気が勝る。


 あとどのくらいでグロウ大陸に着くんだろうか。流石にそろそろ発狂しそうだぞ……。


 そんなことを考えていると、再び清華が俺の隣にやって来る。


「清華……。おはよう……」

「ええ。おはよう」

「また看病しに来てくれたのか……?」

「……特にする事もないから」


 清華は遠くを見つめて話す。


「私、海を見るのは初めて。初めてなはずなの」

「……?」

「なのに、どうしてかしら? とても、懐かしい感じがする……」

「小さい頃に海を見たとか……?」


 遠くを見る清華の目は、どこか寂しげだ。

 あ、ダメだ……。また気持ち悪くなってきた……。


「私が海を見た……? 確かにありえない話じゃない……。だとしたら、私は海の見える場所に住んでいたって事……?」

「話してる時にごめん清華」

「え?」

「吐きそう」


 それから俺は清華に背中をさすってもらいながら、リバースした。

 清華は苦笑しながらも、ずっと俺の背中をさすり続けてくれた。本当に優しい人だ。


 その後の俺は、すっかり元気になり、船から見える景色に心を躍らせていた。

 隊長にグロウ大陸の事について聞いたり、ザルマスさんに憐みの目で見られたり、ミネさんやティレンさんに清華と世間話したり、その日はとても楽しんだ。


 生まれて初めて体験した、船上での楽しいひととき。

 これはきっと一生の思い出となるだろう。

 この船での思い出はきっと忘れない。そしてこれからも、この六人で歩んでいこう。


 次の日、俺達第五部隊はグロウ大陸に辿り着いた。

 グロウ大陸に港町というものはなく、船着き場として桟橋が設置されているだけだった。

 船着き場は、辺りを木々で覆われていて、そこからだと大陸の様子が窺えない。

 

 隊長は船から降りると、俺達に向けて言葉を発する。 


「さあ、着いたぞ。ここがグロウ大陸だ」


 まだ見ぬ地に立った俺は、少しだけドキドキしていた。見知らぬ大地を仲間と共に旅をする。そう考えるだけでワクワクする。

  


 だが、のちに俺達は知ることになる。あれが、最後であったと。


 で過ごした、最後のひとときだったと――

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