第29話 俺の覚悟


 皆が寝静まった頃、俺は詰め所前の草原に寝そべって空を見上げていた。

 元いた世界では絶対見る事ができないような輝く星々が、この大地を照らしている。


 暗いのに明るい。一言で言えばそんな感じだ。この輝きを邪魔する灯りなどどこにもなく、ただただ自然の輝きが夜空を映えさせる。

 夜空満天の星々。

 その輝きに俺は目を奪われる。


「綺麗だなぁ……」

「そうね……。確かにとても綺麗……」


 突然後ろから発せられた声に驚き、俺は後ろを振り返る。


「清華……? どうしてここに……寝てたんじゃないのか?」

「……眠れなかったから外に出てみたの。そうしたら、貴方を見つけたから声をかけただけ」


 清華はそう言うと、俺のほうにゆっくりと近づいてくる。


「隣、いい?」


 俺は「うん」と頷き、また寝転がる。

 前にもこんな事があったなぁ。あの時も、今みたいに俺が寝転がって、清華がその隣に座る。

 なんでかわからないけど、これが凄く落ち着くんだよな……。


「晴羽君も眠れなかったの?」

「ああ、うん。ちょっとね」

「……『希望の救世主アマル・ソティラス』について考えていた?」

「……うん」


 聖の加護を受けた俺は、『希望の救世主アマル・ソティラス』と呼ばれるらしい。


 古くから伝わる聖の精霊についての言葉……。あれは未来を予知したものだと隊長は語っていた。

 聖の精霊であるルナさんに加護を受けた。それは、災厄を滅ぼすという使命を受けたと同じこと。

 きっと、災厄――それは魔王の事なんだ。実際に、俺はルナさんに魔王を倒して世界を救うよう言われた。世界を救うという事は、災厄を滅ぼす事。だから、『希望の救世主アマル・ソティラス』である俺は魔王を倒さなければならないんだ。


「……隊長の前ではさ、救世主だろうとなってみせるとか言ったけど、正直不安なんだ」

「……どうして?」

「俺にそんな事できるのかな……って。普通の人間相手に苦戦してた俺がさ……魔王なんて倒せるのかな……」


 元々は魔王を倒すためこの世界にやってきたけど、今はこっちの生活に慣れるので精一杯だ。

 しかも、いまだ魔族とも戦ってすらいない。人間相手に苦戦してるのに魔族となんて戦えるのだろうか。


 この前は清華を助けたい一心で、無我夢中に戦っていた。だけど……ダメだな。やっぱり自分の命をかけてまで誰かを助けるなんてバカバカしいかもな……。

 そうだ……。誰かの為に戦ったって所詮自分が傷つくだけなんだ……。


「大丈夫。大丈夫よ」

「……え?」

「……聞いたの。私を助ける為にオモシナ山まで来てくれたって。私を信じて……戦ってくれたって」


 清華は、優しく微笑んで空を見上げる。


「そんな事が出来る人、滅多にいないわ。誰かの為に戦う……当たり前のように思えるけど、全然違う。それでも、貴方は当たり前のようにやってみせた」

「……俺は別に……」

「だから、自信をもって? 晴羽君ならきっとやれるわ」


 なぜなのだろう。清華の言葉は、俺の心に大きく響く。清華に「できる」って言われると、本当に何でもできるような気になる。


「それに……私は、貴方の事を救世主だって思っているのよ?」

「……えっ? それってどういう……」

「……そのままの意味よ。私を救ってくれた救世主様」


 その言葉を聞いた俺は、一瞬ドキッとしてしまった。

 清華は、悪戯な笑みを浮かべながら、上から俺を覗いてくる。


「……清華。ありがとう」

「……お礼を言うのは私のほうよ。あの時、私を救ってくれてありがとう」


 清華は、どこか恥ずかしそうに顔を赤らめ、優しく微笑む。


 ああ、そうだ。俺はこういう笑顔を守りたかったんだ。たとえ自分が傷つく事になろうと、偽善だと言われようと……こういう笑顔を守るために何かをするって決めたんじゃないか。

 弱気になるな。ここで諦めたら、何も変わらない。何も変えられない。


 あの日――誰かの為に何かをすることを諦めたあの日。人を信じられなくなったあの日。

 その時の俺から変わるために、この世界に来たんだろ。


 どれだけ表面で嫌いだ等と言っていても、自分の心だけは偽れない。

 それに気づかせてくれた第五部隊の皆、そして清華。その人達の為にも、やるんだ。


 誰かを信じ、誰かの為――大切な人達のために戦う。それが、今の俺にできる事。

 そして、だ。


「……清華のおかげで決心がついた。俺、頑張るよ。皆の為に……頑張ってみる」


 俺がそう言うと、清華はスッと立ち上がり、俺に手を差し伸べる。


「さあ。そろそろ戻りましょう? 早く寝て、明日から頑張らないとね」

「……ああ。そうだな」


 俺は清華の手を取り、起き上がる。

 

 まずは強くなろう。誰かを守れるように強く……。

 そのためにも、明日からも特訓を頑張らないとな。







 案の定、俺は寝坊した。

 いつもは、隊長に起こされる前に起きていたのだが、今日は久々に隊長に起こされた。


 この前よりも正確さが増していて、俺が顔をずらしていなければ確実に当たっていた。


「おはよう拓斗。今日も実に清々しい朝だな!」

「もういっそ殺してください……」

「さて、次はザルマス達だな」


 隊長がザルマスさん目掛けて斬りかかろうとした瞬間だった。

 玄関の扉がコンコンとノックされる。


「……一体誰だ?」

「私が出ますね~」


 ミネさんが玄関に向かって行くのを確認した隊長は、再びザルマスさんに斬りかかろうと構える。

 しかし、今度はミネさんが大急ぎで隊長を呼びに来たため、止められた隊長は少し不機嫌そうにしながら玄関に向かって行く。


 俺はその間にザルマスさん達を起こす。

 二人を起こし終わると同時に、隊長が俺達を呼び寄せる。


「隊長。さっきの人って誰だったんですか?」

「軍長の秘書だ。実は、私達第五部隊に召集がかかった」

「僕達にですか? という事は……」


 ザルマスさんは、何かを悟ったかのようにその場に倒れ込む。

 ティレンさんとミネさんは嬉しそうにしているが、状況がよくわからない俺と清華は首を傾げていた。


「大切な任務を任されたって事かしら~!」

「ああ。これから私は軍長の元に行ってくる。その間にある程度準備しておけ」

「もっと休みたかったなぁ……!」


 隊長はそのまま詰め所を後にし、俺達は各々準備を始めた。

 しかし、大切な任務かぁ……。一体どんな内容なんだろうか。ちょっと楽しみに思えてきた。


 そんなことよりも、準備って何すればいいんだろうか……? 着替えておくだけでいいのか? いや、でも大切な任務だっていうから色々持っていくんじゃ……?


「あの、準備って何すればいいんですか?」

「軍服に着替えて武器を持つ」


 ザルマスさんの着替えスピードは凄まじく、すでに武器まで準備し終わっていた。

 俺もできるだけ素早く着替えながら、続きを問う。

 

「その後は何するんですか?」

「終わりだよ」

「え?」

「新人君。終わりって言ったんだよ?」


 もうそれならわざわざ「準備しろ」なんて言わずに「着替えろ」って言えばよかったんじゃないかと俺は思った。


 皆が着替え終えてから数分。隊長が詰め所に戻ってきた。


「今回の任務は『デオナーテ王国への使い』だ」


 デオナーテ王国……。確か地の精霊が祀られてるっていう国だったよな。

 ……待てよ。デオナーテ王国があるのはグロウ大陸……。つまり……。


「た、隊長。それってつまり……」

「海を渡る。船で二、三日待てば着くだろう」


 海を渡る。それは俺にとって自殺行為にも等しい。

 なぜなら俺は、もの凄く酔いやすいからだ。酔い止めの薬さえあれば何とかなるかもしれないが、最悪な事にこの世界にそんなものはない。


 はあ……。無事にデオナーテ王国に着けるといいんだけどなぁ……。

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