第18話 砂時計の部屋

 こんな夢を見た。


 気づいた瞬間、私は周囲を大小さまざまな砂時計に囲まれていた。重力に沿って、棚に収まっているものがあれば、重力など関係ないと言わんばかりに、空中に静止しているものもある。デザインもシンプルなものから、やたらと装飾が施されているもの、砂の色もそれぞれ微妙に異なっているようだった。

 右斜め上から、ペンを走らせるような音が聞こえているのに気付いたのは、すぐのことだ。厚手の紙に、堅いペンを走らせるような音。音は時々途切れて、その代わりにガラスの小瓶の縁を叩くような音がする。書き手はインク壺にペン先を浸しているのだろう、しかし休みなくペンは走り続けていた。

 ゆっくりそちらに視線を上げると、柔らかな墨色に包まれたような白い頭蓋骨が見えた。眼窩ががらんどうなので、視線をうかがい知ることができないものの、きっとペンを走らせている紙の上に集中しているんだろうと思った。墨色の袖の先から、白い骨の指が見えている。ペンは細く真鍮色で年期が入っているようだった。それを、時折ラベルの剥がれているインク壺へ入れて、インク壺の縁に何度か擦りあてて無駄なインクを落とし、また熱心に紙に書きくわえている。

 砂時計はなおも砂を落とし続け、落とし終わると、自分で上下を反転させていた。骨の姿のまま仕事をしているここの管理人は、こちらになんのリアクションも示さないし、私は少しずつ、でも慎重に動いてできるだけ管理人から離れたところに移動し、不思議な砂時計をのぞき込んでみた。

 その砂時計は薔薇色の砂をゆっくりゆっくり下へ落とし続けているが、それももう終わりで、あと幾何かで薔薇色の砂を落とし切るところである。私は砂時計が自分で反転するところを見たかったので、そのまま観察を続けた。

 やがて薔薇色の砂時計は砂を落とし切り、ゆっくりと上下を反転させはじめる。また薔薇色の砂を落とし続けるのだろうと身構えていると、不意に砂の色が白く変化した。滑らかだった砂の粒も、何かごつごつとした形状に変化している。その砂の粒に注目してみれば、それはひとつひとつが細かい頭蓋骨のそれだった。綺麗に反転した砂時計は、頭蓋骨の砂をゆっくりと落とし始める。と、その隣の簡素な造りの砂時計もゆっくりと反転しはじめた。それも頭蓋骨の砂を落としていたようだか、反転する途中で砂が変化する。頭蓋骨の砂から、新緑を思わせる砂になっている。


 かさかさ…と聞きなれない音を聞いたので、そちらを見れば、先ほどまで一心不乱に書面に何かを書き込んでいた白骨の管理人が、机から立ち上がり、ひとつの砂時計を白い指で摘まんで、左右に振っては中身を確かめている。揺さぶられている砂時計の砂の色は真っ黒で、管理人は砂時計をゆすっては、中身の砂が下に落ちないかどうかを調べているようだった。砂時計のくびれのところで黒い砂が詰まったのか、管理人がどんなに揺り動かしても、砂時計の黒い砂は下に落ちる気配がなかった。管理人は何度か何度か確かめたあと、砂時計をパッと手放した。

 砂時計は重力に従って床に落ち、割れて、まるで溶けるように消えてしまった。管理人はそれを見届けたあと、足早に机に向かい、紙に大きく×の印をつけて、その紙を机の脇にある木箱の中へ突っ込んで、また何かを書き込む作業へと移っていく。

 ふと、周囲からたくさんの人の囁くような声が聞こえていることに気が付いた。それは会話をしているのではない。ぼそぼそと呟くような、はっきりしない抑揚だけが聞こえる。

 おそるおそる管理人に近づいて、先ほどの紙が棄てた机の脇の木箱を覗くと、そこに、大きな×がつけられた紙を見つけることができた。大きな×と共に読めたのは、「堕落」「怠惰」「高慢」そして最後に「輪廻脱落」の文字。

 見上げれば、無数にある砂時計の中に、ちらほらと黒く染まって今にも輪廻から落第しそうな砂時計や、綺麗な色をしているのに、ほんのり黒に染まりつつあるものが見える。私の砂時計の砂の色は何色なのだろうか。近くの砂時計を見たが、個人名らしきものは見当たらない。


 「名前の記載はしてませんよ」


 管理人の頭蓋骨の奥から声か聞こえた。まるで筒を通して出たような、くぐもった声だ。


 「全部の名前は、私が記憶してますから」


 今、自分の砂時計の砂の色を見て、生き方を改めるという不正は出来ないようだ。きっと常日頃から心がけよということなのだろう。人は目の前ではっきりと提示されないと、自堕落に過ごすものだから、心に決めて生きていかないといけないのだろうけど、私にはここまで見せられても、まだ立派に生きる自信がない。

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私式夢十夜 見瑠人 @MIRUHITO

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