第17話 行きつけの店
こんな夢を見た。
私は夢の中に、長いこと通いつめている行きつけのレストランがある。バイキング形式のそこは、世界中古今東西の料理が出来立てのまま提供されていて、大きな銀の皿に盛られている。私の幼いころから間取りも変わらず、磨き込まれたオーク材の滑らかな玄関と、大理石の床も変わらない。唯一変化があったのは、私が成人後、初めて店を訪れた時、飲料コーナーに「世界の酒」が追加されたことぐらいだった。
いつ行っても従業員を見かけたことはない。
いつ行っても他の客を見かけたことはない。
いつも私の貸し切りで、好きなものを自由に、ゆっくりと食べて幸せな時間を過ごしていた。私は痛覚も味覚も嗅覚もある夢を見るため、錯覚でも朝起きれば満腹の心地で目覚めることになる。この店を訪れる夢を見た日には、一日ずっと幸福な気持ちに包まれていた。
私は、世界中の料理が用意されているのに、いつもローストビーフしか食べない。切り分けてあるものを数枚と、塊をひとつ取ってそれをたいらげる。スープは春キャベツのコンソメスープで、白い生地に金の縁どりがされたシンプルなスープ皿に入ったものをひとつ。そして、たくさんのアイスクリーム。時々、カリカリのフランスパン。グレイビーソースをふかしたジャガイモにかける。お勧めなのか、定期的に中華や、イタリア料理の皿の下に赤いリボンがつけられているときがあるが、それを一切無視して、ローストビーフに夢中なのだ。まだ見ぬシェフはがっかりしているかもしれない。
今しがた、ついさっき、うたた寝をきっかけにして、久しぶりにこの店に立ち寄った。決まりきったメニューを白いクロスかひかれた丸いテーブルの上に並べ、一通り眺めて確認したあと、珍しく他のものも食べてみる気になった。
アルコールのコーナーから、船乗りのマークがついたラム酒を一杯と、大きな白桃をひとつ。チョコレートマカロンの山からけっこうな量を皿に移してテーブルに運び、ジェラートのコーナーで立ち止まってミルクジェラートと、ストロベリージェラートを大量に器に入れた。
思えば、アイスクリームコーナーでジェラートを食べるのは初めてだった。ストロベリージェラートには、赤く美味しそうなイチゴのクラッシュされた部分が見え隠れしており、本当に美味しそうだ。クレイビーソースをふかしたジャガイモにかけて、ローストピースを一枚食べ、桃は少しだけ薄毛をふき取ってから皮ごと齧る。旨い。
春キャベツがとろけるように柔らかく、コンソメスープは丁度良い温かさだ。アイスで体が冷えたら、このスープで温めることにしよう。この店の料理は決して冷めない。
ミルクジェラートに、チョコレートマカロンを突っ込んで食べる。濃厚なビターチョコとミルクが相まって、自然に口元がほころぶ美味しさだ。チョコがとにかく美味しかったので、マカロンの横に並べられていたオペラをひとつ取り、一口切り取って口に放り込んだ。なんて美味しいチョコレートなんだろうか。チョコケーキはそんなに得意じゃないけど、オペラのように重厚で艶やかなものは大好きだ。
ストロベリージェラートは、新鮮なイチゴを少し潰して入れてあるみたいだった。甘い物は食事の後のデザートとして食べるのが定番だろうが、そんなこと関係ない。食事の途中でデザートを入れて、また最後にデザートをいただけばいい。
ラム酒とチョコレートマカロンの組み合わせも最高だった。最後はこの組み合わせを交互に食べ、飲んでいるところで目が覚めた。これからは固定メニューにこだわらずに、あの店のいろいろな料理を食べようと思う。たぶん、全部が絶品だろうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます