第57話 57 そして伝説へ…

「それで、Cの様子がオカシいまんま元に戻らないのに焦って、AとBは地元に古くからあるD寺にCを運び込んだんだけど――」

「うぅわ、出た出た、出ちゃったよ、寺! T・E・R・A、寺! 何故だか霊感キレッキレな和尚がいるやつ! あと登場人物の名前がアルファベットなの、ぶっちゃけウザい」

「これはどっちだ? 『ワシのチカラではどうにもならん』パターン? 『浄霊の儀式をするからお前らも手伝え』パターン?」


 語りの途中でゴチャゴチャと混ぜっ返され、後部座席のカズシは舌打ちを禁じ得ない。

 運転席と助手席のヘッドレストを拳で軽く殴り、友人とその彼女に文句をタレる。


「てめぇらが怪談を話せって言うから、知ってるのを持ち出したのに……何なのこの仕打ち。田舎者に特有の都会っ子イジメ?」

「おいおい、生まれも育ちも南房総だろ。経歴偽装とか訴えんぞ、カズ」

「ていうかさぁ、ネットで似たような嘘っぽい話、いっぱい見てるし」


 カズシからの抗議を、ヒロヤとリリカはツープラトンで一蹴してくる。

 事実、実話怪談をまとめたサイトで読んだ話をアレンジしていたので、リリカからの指摘はクリティカルだ。

 しかしながら、ここで引き下がると一方的に負けになる気がする。

 そんな思いから、カズシはリリカへと強引にバトンを渡すことにした。


「じゃあ次はリリちゃんね。聞いたらその夜に、本物が迎えに来ちゃうタイプのスゲェやつ、いっちょ頼むよ」

「知らないよそんなの! ……でも、中学の頃に聞いた変な話でよければ」

「へぇ。俺も知らない話かな」


 ヒロヤの質問に頷いたリリカは、オレンジ風味の水を一口飲んで、小さく咳払いをしてから話し始める。


「あの、えっとね、これはパルちー……ああ、小中で一緒だった友達で、春海ハルミちゃんって子のアダ名なんだけど、そのパルちーのおじいちゃんの兄弟の、孫? 曾孫ひまご? とにかく、そんな感じの親戚が、法事か何か……じゃなくて、正月! そう、お正月に親戚が集まるって時に、ちょっと何かそういう感じのアレになって。何ていうの、ネタ話をするみたいな、変な流れの、そういうの。でね、そんで、そこでその、おじいちゃんの兄弟の孫だか曾孫……はとこだっけ? またいとこ? まぁ、その年上の、十個くらい上って言ってたかな。その人が、クラスメイトから聞いたって話を始めたんだけど――」

「説明下手クソか! 前フリ長いっていうか、状況が把握できん!」


 グダグダにも限度があるリリカの喋りに、我慢の限界に達したらしいヒロヤからのツッコミが入る。

 カズシとしても完全に同意だったが、あからさまに不機嫌になっているリリカに追撃を入れるのはどうかと思ったので、苦笑に紛らわせて黙っておく。


「だから、そのパルちーの親戚のクラスメイトのお父さんが、会社の同僚の家族の体験談だっていって聞いたって話なんだけど――」

「またしてもワケわからん! その同僚の家族ってのを適当な仮名にするとかして、そんで話を進めてくれよ」

「えぇええ……もう、めんどくさいなぁ……」


 ヒロヤからの二度目のツッコミに、腕組みをしたリリカは車の天井を見上げて唸る。

 一分ほどで話の内容が整頓できたらしく、もう一度ペットボトルから水を飲んでから話を再開した。


「その同僚、えっと……山田でいいか。その山田さんの奥さんの山田さんが、中学生だった時の話ね。山田さんが通ってた学校で、コックリさん……のアレンジ系? なんかそういうのが、急に流行りだしたことがあったんだって」

「あぁ、キューピッドさんとか、星の王子様とか」

「そうそう、そんなの。十円玉じゃなくて、外国のコインを使うルールだったとか何とか。で、山田さんも友達二人に誘われて、放課後にやってみたらしいんだけど、どうも変な感じのトラブルっていうか、呼び出したのが普通じゃない動きで」

「動きが変っていっても、そりゃあ……」


 参加者の誰かが動かしてるんだろうし、そいつの匙加減次第なのでは。

 とでも言いたげなヒロヤだったが、途中で言葉を濁した。

 リリカは怪訝けげんそうに首を傾げるが、気を取り直して話を続ける。

 

「イタズラでやってるにしても、何を訊いても『しぬ』とか『しね』ばっかりで、ちょっとタチ悪い感じだったとか。そんなんだから、もう一人の友達が怒っちゃって」

「まぁ、そうなるだろうな」

「その子は、『いいかげんにして』って怒鳴って、席を立って帰っちゃった。もう一人の友達も、帰った子を追いかけてどっか行っちゃって。残された山田さんはしょうがないんで帰ろうとしたんだけど、呼び出した霊だか何だかは絶対に帰らせないといけない、ってルールを思い出したのね。だから、馬鹿馬鹿しいと思いつつ『お帰り下さい』って言いながら、指先で押さえてたコインを出入口的な場所に移動させようとしたんだけど――」

 

 数秒の溜めを置いてから、リリカは一つ強めに息を吐く。


「コインがね、動かない。抵抗するっていうか、もう全然動かないの。やだ、何これ、ってなった山田さんが思わず手を離すと、コインが『いいえ』のところをグルグル回って、止まらない。困った山田さんは、悩んだ末に……放ったらかしにして家に帰っちゃった」

「いや帰るなよ! その前にコックリさん的な何かに、ちゃんとお帰りいただけよ!」

「そんなん言われても、あたしは聞いただけだし」


 ついカズシが突っ込んでしまうと、リリカが素で返してくる。

 赤信号で車を停めたヒロヤが、助手席の方を見ながら訊いた。


「それから、何か起きたのか? 呪われたり祟られたり」

「そういうのは別に、なかったらしいんだけど……」

「けど?」

「次の日に教室に行ったら、儀式に使った紙がグシャグシャに丸められて、教卓の上に置いてあったんだって。それを最初に登校したクラスメイトが見つけて、何だろうって紙を開いてみたら、中にはこう……四つ折りにされたコインが」


 その光景を想像し、カズシの背筋を冷たいものが通り抜けた。

 ヒロヤも、重たい溜息を吐きながらアクセルを踏んでいる。

 リリカの語りのヘッポコさからして、しょうもない話に終始するのかと思いきや、予想外に薄気味悪い話になっていて、やや意表を突かれた感じだ。


「まぁ、何だ……カズのインチキ話よりは、ちゃんとしてる」

「いちいち俺をディスらなくても褒められるだろ! つうか、何で唐突に怪談なんか」

「え、だってこれから肝試しだから、そっちにテンション持っていかんと」

「……は?」

「はぁ?」


 ヒロヤからの想定外な返答に、カズシは軽く金縛る。

 リリカも聞いていなかったのか、アホを見る目を運転席に向けていた。


「ん? 言ってなかったか?」

「いや、そんなラノベの主人公っぽい発言はいいから」

「ていうかヒロ、何なの肝試しって」

「知らんのか。夜中に墓場とか心霊スポットとかに行って――」

「じゃなくて! 何でいきなりそんなことになってるの、って話だから」


 シラケ面のカズシと半ギレ状態のリリカに、ヒロヤは妙に気取った声で応じる。


「んー、今年はまだ夏らしいイベントもないし、ここらで一発行っとこうかな、と」

「いやいや、意味わからん」

「まずさぁ、行きたいかどうか確認してから計画進めてよ……大人なんだし」


 明らかに乗り気じゃないリアクションを見せるカズシとリリカ。

 しかしヒロヤはフッと鼻で笑って、既に絞り気味にしてあった音楽を停めた。

 そして、ドリンクホルダーに置いてあるレモン風味の炭酸水を一口飲んで、軽い咳払いをしてから口を開く。


「これから行く病院ってのはな、マジなやつだ」

「マジって……本当に本物が出ちゃう、ってこと?」


 リリカのこんがらがった問いに、ヒロヤは重々しく頷き返した。

 雰囲気が変わったのを察したカズシは、とりあえず黙って話を聞くことにする。


「ていうかな、出ても不自然じゃないいわれがあるんだよ。俺が前のバイトで知り合った沖山おきやま、会ったことあんだろ? あの坊主頭の。その沖山の高校時代の友達にアキラってのがいたんだけど、そいつが仲間四人と車で――」


                                    (了)

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