第6話 流産、そして不妊治療へ

第4話からつづく(前回第5話は、震災から5年ということで当時のことを思い出して書いた)。


子どもを授かったと聞いたときは、そりゃあうれしかった。

漱石まで引き合いに出して、青春が終わっちまうーと書いたけれど、じっさいにはそんなことはどうでもよくなった。そのくらいの破壊力インパクトがあった。


それが暗転したのは、数週間後のことだ。


《残念な結果でした。

内診で分かったことは

・胎嚢は週数相応以上に大きくなっている(が、三角形)

・胎芽は6ミリ、と前回から成長していない

・胎芽の心拍は確認できず

ということ。

以上のことから

稽留けいりゅう流産(胎児の発育が停止したものの、腹痛や出血などのいわゆる流産徴候が全くないままに2週間以上経過してしまう場合を稽留流産という。切迫流産とは違い、治療しても妊娠を継続することは不可能な状態なので、人工的に掻爬そうはを行わなければならないらしい。ただし自然流産にもなることもあるようだ)であろうとの診断がなされました。


覚悟していたとはいえ、やっぱり聞いたときには涙があふれました。


先生からはこのまま自然流産するのを待ってもいい、とも言っていただきましたが、気持ちの区切りをつけるために来週の土日に手術をすることにしました。

先生の話によると、

・当院は麻酔をするので、手術は痛くないです

・前処置のラミナリアが痛いかもしれません

・胎嚢付近のみを掻爬します

とのこと。鎮静ではなく麻酔をしてくれるということと、他の子宮内膜は掻爬しない、ということだったので一安心。

初めての妊娠が悲しい結果に終ってしまい残念ですが、40歳になっても自然妊娠できたということが分かっただけでも大収穫です。

とか、なんとか前向きに考えて次につなげたいと思います。》


40歳をすぎてはじめての妊娠は、けっきょく流産になってしまった。

最初のほうの記事にもつづいていくのだけれど、そう解った悲しさというのは、いまでも忘れない。

もう少しで掴めそうなものが、まるで手のひらのうえの氷が溶けていくように、そっと消えていってしまったのだ。

のどに何かがつまって、それを一生懸命吐き出そうとするけど、うまく吐き出せずに苦しむ。そんな感覚がしばらく残っていた。


といっていても詮方ない。しばらく(そんなに日にちをおいてないはずだ)時間をあけてから、M氏は本格的な不妊治療に入っていった。

このあたりが、ぼくはいつも思うのだけれど、彼女のつよさなんだろうと思う。

ぼくだったらどういう判断をしただろうか。(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うつイクメン! ~42歳からのファザリング 穂咲 萬大 @thx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ