第六話 決着

「すまない、カナン」

 そこで急に、イアンがクレアモンの動きを見つめながらカナンに謝罪したので、カナンは驚いた。

「何故謝るのですか?」

「彼が来ることを事前に教えなかった。彼に依頼したことも伝えなかった。重大な契約違反行為だ。本当にすまない。全部終わったら、ちゃんと謝罪させて頂く」

「……分かりました。それでは後ほど必ず」

 カナンのその言葉を聞いたイアンは、口の端を僅かに持ち上げる。そして、そのまま彼はクレアモンに向かって突入してゆく。

 カナンはイアンの今の言葉を反芻しつつ、魔剣のつかを握り直した。


 *


 その後の戦闘は、完全な膠着状態に陥っていた。

 第七層の攻略戦は、最終的に大魔王クレアモンの呪詛によって戦線が崩壊して終わるのが常である。ところが今回は、ぎりぎりのところまで粘ってクレアモンが呪詛を唱え始めたところで、ユダが回復魔法でキャンセルするものだから、終わりが全く見えなかった。

 それでもイアンとガーランドの動きは止まらない。それどころか、時間が経過するにつれてむしろ速さを増しているような気がするのだが、それはカナンの勘違いではあるまい。特にガーランドの動きは時を追って洗練されてゆく。普段、あまり動けないことが影響しているのだろうかと、カナンは考えていた。

 加えてグェンが攻撃に加わったため、戦況は明らかにこちらに有利に見える。回復及び防御魔法に特化したユダであれば、安心してミオンを任せられるということなのだろう。それはカナンでは力不足であることを暗に示していたが、彼女は腹が立たなかった。むしろ、今まで足を引っ張っていたことを申し訳なく感じる。

 なんだか普段よりも素直に自分のことを見られるような気がして、そのことにカナンは驚いた。


 それはさておき、イアン、ガーランド、グェンという特級探索者三名の同時攻撃は、次第に速度を増してゆく。それは戦術が次第にシステマチックになってゆくことで、更に加速した。

「私は右」

「私は左」

 そう叫んで、イアンとガーランドが黒と赤のクレアモンをそれぞれに攻撃する。

 その合間を縫って、グェンが、

「ふん!」

 と息を吐き出しながら、二体同時攻撃を敢行し、それを追うようにしてミオンが火炎魔法奥義の『真火焔波動」を叩き込む。

 そして、

「ちょっと休むわね」

 というミオンのお願いを聞きつつ、三人が最大戦速でクレアモンの殺到する。

 それでも、あと僅かというところでクレアモンの体力を削りきれず、ユダが回復魔法を唱え続けた。

 ステータス表示のない「ザ・ワールド・オブ・メイズ」では、残りのダメージがどの程度のものなのか判別できないので、先を見通すことが出来ない。それでも特級探索者五人はたゆむことなく、攻撃の速度を速めて行く。

 そしてその戦闘の一部始終を観察しながら、カナンは疑問に思わずにはいられなかった。

 ――この難易度は、いくらなんでもおかしい。

 大規模討伐隊が難儀していることから、クレアモンの潜在能力の高さは伺い知れる。しかし、それが二体になったからといって、この攻撃を凌ぎ続けるのはおかしい。

 階層が進むに連れてラスボスの難易度が上がることは当然のことだが、いままで「ザ・ワールド・オブ・メイズ」では、わりとフェアに難易度設定がなされていた。

 第七層の攻略についても、ユダが見せた『敵回復』という戦略を用いれば、現行勢力でも突破は可能とカナンには思える。にもかかわらず、それ以上の圧倒的な戦力を投入しても、二体のクレアモンを攻略できずにいた。

 考えられる可能性として、ここの二体のクレアモンは第七層のそれと質的に異なるものであるというものだが、プレーヤーに対する公平性に殊更拘りを見せる「ザ・ワールド・オブ・メイズ」であるから、その点は考えにくい。

 だから、「この膠着状態は別な要因によるものだろう」とカナンは考えた。

 なにか決定的な要素がかけているのだ。例えば、この洞窟のどこかに秘密の宝箱が隠されていて、その中にあるアイテムを使わない限り斃すことが出来ないというような――


 そこでカナンは、兄の手紙を思い出した。

 

「第五迷宮の中盤にメッセージを隠しておいた。セットの固有番号に反応してイベントが発生するようにしてあるから、楽しんでね。一年ぐらいでそこまで行けると思うよ」

 兄はそう書き残していた。

 そして、ゲーム発表直前に難易度の調整がなされたにしても、兄の言葉が反故になるような大幅なバランスの見直しは考えられないように思う。それは「ザ・ワールド・オブ・メイズ」全体のゲームバランスを崩壊させかねないからだ。

 ――となると、どういうことになるのだろう。

 今まで完全にイアン達に状況を任せていたカナンは、ここで初めて自分も状況の一部であることを前提に、自立的な思考を始めた。そして、そういう目で戦況を見たことで初めて気がつくことがあった。

 ――敵の動きが遅くなっている気がする。

 最初のうち、カナンはそれを自分の気のせいだと考えていた。戦闘速度に自分の目が慣れたためだと思った。しかし、特級探索者の速度が上昇するに連れて、慣れた「BMI連携プログラムの冗長性回避」という感覚が色濃くなっていった。

 ――まさかたった五名でシステムの処理速度を上回るとは。

 特級探索者の実力には驚くべきものがある。

 と同時に、カナンはこれが最後に残されていた「攻略のための要因」であることを確信した。

 そして、彼女は兄がこの戦場に込めた彼女への思いを理解するに至る。

 いつも兄の後を追いかけていた自分。

 いつも兄に助けられていた自分。

 そのことに気がついていた兄は、カナンが自分の力で最後の鍵を開けることを望んだのだろう。


 それを知ったカナンは、願った。


 カナンは魔剣『鋼星之誉アロイスター・グローリー』を抜くと、青眼に構える。

 そして叫んだ。

「イアンさん、ガーランドさん、グェンさん、もう少しだけ戦闘速度を上げてください。ミオンさんは奥義から連続魔法への切り替えをお願いします。ユダさんはクレアモンへの回復魔法から全員の速度強化に支援魔法を切り替えてください。そうして頂ければ――」

 彼女が言葉を紡ぎ出すに従い、魔剣が輝きを増してゆく。

 それはこれまでの青白い輝きから、今まで一度も見たことの無い、白い輝きへと変化した。

 カナンは身体中から言葉を搾り出す。

「――最後に私が飛び込みます!」

「「「「「承知!」」」」」

 特級探索者五人は唱和すると、一斉に指示に従って動き出した。

「私は右!」

「私は左!」

 そう言った途端に二人はそれぞれのクレアモンに走りよる。

 その背中に向かってユダが、

変速シフトチェンジ!」

 と叫ぶと、二人の身体が僅かに発光した。

 イアンは鼻から少し息を吐く。そして、クレアモンの正面で跳躍すると、

「せいやあああっ!」

 と叫びながら、連撃を加えた。

 その隣ではガーランドが身体を低くしながらクレアモンの懐に飛び込み、

「しっ!」

 と鋭く息を吐くと同時に斬撃を繰り出す。

 いずれも今までにない速度である。カナンはシステムの冗長性が増してゆくのを感じた。

 そのため、グェンとミオンの言葉が間延びして聞こえるようになる。

「ミィオォンー、よおろしくうー」

「わあかったあー、グゥエェンー」

 グェンがイニシエーション・デルタ工房の輝きを全身から発しながら、クレアモン目がけて突進してゆく。

 その背中を追いかけるようにして、ミオンが速度重視の火炎魔法を連続して繰り出す。

 それはグェンをすれすれのところでかわしつつ、イアンとガーランドの動きを邪魔しないような位置に着弾してゆく。

 そしてそこにグェンが飛び込んだ。

 イアンの動きと連動しつつ、黒いクレアモンを右下から左上に向かって切り上げる。

 その直後に鎧をさらに煌かせつつ、赤のクレアモンに向かって転進し、ガーランドと呼応するように水平ににクレアモンの腹部を切り裂く。

 その一部始終を、カナンはスローモーションで観察した。

 背中でユダが叫ぶ。

「最大戦速(マァァックゥゥスゥゥ・スゥゥピィィードォォ)!!」

 少し遅れてカナンの身体が銀色に輝く。

 クレアモンの口が開いているのが見える。呪詛を唱えているのだろう。

 しかし、もう遅い。

 カナンは両の脚に力を入れた。

「行っきまああああす!」

 光の尾を引きながら、カナンは飛び出した。

 後で聞くと、特級探索者五人にはカナンの姿が見えず、ただ光の矢が洞窟内を流れていったのを感じたという。

  

 カナンは他の全ての動きが完全に止まって見える中、まずは右のクレアモンの頭上から剣を振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔窟掃除人が貴方の快適な迷宮生活をサポートします。 阿井上夫 @Aiueo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ