転生勇者が多すぎる――特殊能力者の憂鬱

阿井上夫

転生勇者が多すぎる――特殊能力者の憂鬱

 そもそも神様が悪い。


 確かに、思わぬ交通事故で死んだ俺を異世界に転生させてくれたことに、当初は俺も感謝した。

 しかも、

「女の穴に棒を出し入れするだけで、女は俺から離れられなくなる」

 能力まで与えられたことに、当初は大喜びした。

 しかし、それはあくまでも転生直後に神様から説明を受けた時の話だ。

 実際にその能力が使えるようになるまでには、長い時間が必要だった。

 当たり前のことである。

 よく考えてみれば、子供が棒を操るなんて非常識だ。

 そんなものを喜ぶ女も、その時点で社会的に抹殺されてもおかしくない。

 それ以外は一般市民並みの能力しか与えられず、しかも元の世界では只のニートの引きこもりである。

 久しぶりに外に出た途端に前方不注意で車にはねられたほどの、社会不適合者である。

 せっかく異世界に転生したのだから、と心を入れ替えて真っ当な生き方をする訳がない。

 それが出来るのならばとっくの昔に改心している。

 更に、前の世界の知識とこの世界の知識がごちゃまぜになるものだから、子供の頃は散々だった

 突然「スマホがあれば」と訳の分からないことを口走る頭のおかしな餓鬼。

 突然「ああ、ハンバーガーが食べたい」と言っては親を困らせる馬鹿息子。

 突然「ネットがない世界なんて退屈だ」と言って暴れる情緒不安定な子供。

 親や世間からは白い目で見られて、生活水準の低い村社会レベルの異世界では引きこもりのような優雅な生活は望むべくもなく、俺は早々に捨てられた。

 戦乱が続く異世界でニートを続けることは死を意味するから、俺は仕方なく働き始めたが、そもそも無能力者である。

 真面な仕事が出来るはずもない。

 社会の最下層でのたうちまわる日々が続き、人から人へと転売されて、気が付けば伯爵令嬢の館に下僕として放り込まれていた。


 俺の能力が真価を発揮したのは、その人間以下の生活を余儀なくさせられていた時である。


 日頃から、俺を迫害することを唯一の生きがいとしていた五十過ぎの厨房係の女が、なにやらもじもじとしていたので、

「あの、宜しければ私がやりましょうか」

 と言ってみた。

「あんたみたいな人のカスに何ができるんだよ。まあ、仕方がないから試してやるけど、気持よくなかったら晩御飯は抜きだからね」

 俺は粗末な棒を女の穴に差し込む。

 そして歓喜は訪れた。

 以来、厨房係の女は俺の虜になる。

 厨房係の女は、伯爵令嬢に出す食事をくすねては俺に差し出し、その見返りに愉悦を与えられた。


 もちろん、そんなことはいつかは露見する。


 伯爵令嬢の生活全般を取り仕切っていたメイド長が、それに気づいて俺と厨房係の女を呼び出した。

 四十過ぎの行き遅れたメイド長は、残虐非道なドS女として知られている。

 呼び出されたら、生きて帰ることが出来ただけでも僥倖だと言われている。

 そのメイド長の一睨みで、厨房係の女は経緯をすべてぶちまけてしまった。

 メイド長の瞳が怪しく光った。

「ほう、そんなに凄いのかい。じゃあ試してみようじゃないか。しかし、もし私をがっかりさせるようなことがあったら――分かっているわよね」

 俺は粗末な棒を女の穴に差し込む。

 そして歓喜は訪れた。

 以来、メイド長は俺の虜になる。

 メイド長は広い館の片隅に部屋を準備し、俺に必要な物を渡す見返りに愉悦を与えられた。


 もちろん、そんなことはいつかは露見する。


 館の管理を任されていた執事が、それに気づいて俺とメイド長を呼び出した。

 流石に相手は男であるから、俺の棒の力は及ばない。

 もしかしたらなんとかなるのかもしれないが、男に入れるのは俺の趣味に合わない。

 これで最後かと諦めかけた。

 ところが、ここでも幸運の女神がわざわざ前髪を差し出してくれた。

 詰問の場には伯爵令嬢が同席していたのである。

 ドSのメイド長が冷や汗をたらしながら語る一部始終に、伯爵令嬢は喰い付いた。

「セバスチャン、ちょっと席を外しなさい」

 伯爵令嬢の瞳が怪しく光った。

「お嬢様、婚礼前の大事な時期でございます。このような訳の分からない輩の話に耳を傾けるのは――」

「下がりなさい」

「――承知しました」

 俺は以前よりもましになった棒を女の穴に差し込む。

 そして歓喜は訪れた。

 以来、伯爵令嬢は俺の虜になる。

 伯爵令嬢は自室の隣に俺の部屋を準備し、始終入り浸っては俺から愉悦を与えられた。


 もちろん、そんなことはいつかは露見する。


 執事は婚約相手である王子に、そのことをこっそりと告げた。

 流石に相手は王子である。

 俺の棒の力は及ばない。

 これで最後かと諦めかけた。

 ところが、幸運の女神までが俺の虜になったらしい。

 今回も前髪を差し出してくれた。

 婚約を破棄され、軍が伯爵令嬢の館を包囲する前に、俺は伯爵令嬢とメイド長と厨房係とともに館を抜け出した。

 伯爵令嬢は、王国の覇権を狙っていると噂されていた公爵家に保護を求める。

 あいにく公爵本人は他国侵略のため不在で、その裏ですべての陰謀の糸を引いていると言われている公爵夫人に謁見することになった。

 伯爵令嬢が涙ながらに語る顛末を、内面とは真逆の穏やかな表情で聞いていた公爵夫人の瞳が輝いた。

「皆の者、席を外しなさい」

「御意」

 俺は更に威厳を増した棒を女の穴に差し込む。

 そして歓喜は訪れた。

 以来、公爵夫人は俺の虜になる。

 公爵不在の館で俺は公爵夫人に愉悦を与え続けた。


 もちろん、そんなことはいつかは露見するかもしれないが、これ以上繰り返すとくど過ぎるのでこのぐらいにしておく。


 それに現時点で何も問題はなかった。

 武人として高名な公爵は、夫人の言葉に弱い。

 俺が没落した王家の忘れ形見であり、底知れぬ特殊能力を秘めた勇者であるという話を真に受けた。

 しかも、呪いをかけられた公爵夫人は俺のその能力による治癒を受けないと即座に死に至る、という念入りな作り話まで加えてしまう。

 誰がそんな与太話を信じるんだと俺は思ったが、公爵は見事に騙された。

 脳まで筋肉に支配された公爵は、以後に禍根を残さないように念入りに王族を殺戮した。

 無論、伯爵令嬢との婚約を破棄した王子もそれに含まれている。


 さて、王国を簒奪して王位についた公爵に、俺は女性ばかりを集めた騎士団の団長を委ねられた。

 そこでも俺の棒の力は最大の効果を発揮した。

 魔法攻撃が得意なエルフの女隊長は、その大きくて奥深い穴を私の前に投げ出した。

 瞬発力に優れたケモノミミの女工作員は、密やかに俺の部屋を訪れて、その毛深い穴を灯籠の下に広げる。

 指揮官クラスは勿論のことながら、小隊長クラスまで俺の棒の力は及んだ。

 全員がそれの虜になって、戦場においては命に代えても俺を守ろうとする。

 その意気込みは他国兵士の恐怖の的となった。

 次第に、俺達の旗印を見ただけで敵軍は雪崩をうったように潰走するようになる。

 そのことが俺の「底知れぬ特殊能力」を裏付ける証拠となる。

 俺は日々、女の穴に棒を差し込むだけで、全戦全勝の勇者となっていった。


 *


 さて、勇者として戦場を駆け廻っていると、他にも勇者と呼ばれる存在が結構いることに気がつく。

 しかも、その殆どがどうやら俺と同じ転生者らしい。

 なぜそんなことが分かるかというと、彼らは明らかに因果律のおかしい世界で生きていたからである。


 例えば「牛乳を信じられない速さで飲み干す」という能力を与えられた勇者がいた。

 流石に「いくらなんでもそれはないよ」と俺は思ったのだが、彼はその能力で世の中を渡ってきたという。

 それで俺はやっと気がついた。

 どうやらこの世界の神様は複数いて、自分が呼び込んだ転生者のフォローを最初から最後まで見続けているらしい。

 どんなに無理な設定であっても、神が後ろ盾になっていれば怖い者はない。

 話の筋書きが都合のよい方向に改編できるからだ。

 ただ、流石に「牛乳を飲み干す」能力だけで引っ張り続けることはできなかったようで、次の戦場で友軍として再会したその勇者は、

「最近、新しい能力に目覚めました」

 と言いながら、手に持っていたコーヒー牛乳を高らかに掲げた。

 多分、今頃はフルーツ牛乳になっているのではなかろうか。


 他に、すべてのものを貫き通す槍を持った勇者と、すべてのものを弾き返す楯を持った勇者がいた。

 どうやら神様同士の情報交換は行われていないらしい。

 その二人は国境を接する敵国同士に分かれて、戦場に駆り出されていた。

 さぞかし双方の神は困ったのだろう。

 二人が直接闘ってしまったとしたら、いずれかの矛盾が露呈してしまう。

 そこで神様は暴挙に出た。

 二人が争わなければいけない場面の寸前まで話を進行させると、そこで必ず横から別な事件を放り込んで、無理矢理脇道に逸らしてしまうのである。

 ある時は一方の勇者の故郷が襲われた。

 ある時は一方の勇者の恋人がさらわれた。

 ある時は一方の勇者に子供が生まれた。

 ある時は一方の勇者が玄関の鍵をかけ忘れた。

 理由はどんどんしょうもないものになってゆき、流石に二人の周囲の兵士もおかしいなと思い始める。

 しかし、神様もそれ以上の解決策は思いつかないらしく、二人の対決は二百回近くだらだらと引き伸ばされていた。

 最近では「今回はどのような理由で対決が引き伸ばされることになるか」が、賭けの対象になっている。


 その前例を見た他の神様は「これはまずい」と思ったに違いない。

 次に流行したのが「意表を突いた職業で成り上がる」ことだった。

 これならば職業別な棲み分けが出来るから、直接対決の危険性が減るだろうと考えたのである。

 しかし、それはそれで問題があった。

 最初のうちはおもちゃ屋やパン屋やカレー屋といった、実家の家業に特色を持たせたものが多かったが、それが、

「小さな鍛冶屋の親方が、卓越した技術力で大きな工房をあっといわせて形勢逆転する」

 ところまで至った時、流石にそれ以上のドラマ性を見いだせなくなって萎んでいった。


 次に流行したのが、インテリものである。

 悪の秘密結社の陰謀を知力の限りを尽くして食い止める天才肌の勇者は、かなり目新しかった。

 しかも人々の知的好奇心まで満たす物語展開と、似たような路線でいっても少しだけテイストを変えておけばネタバレしない便利さが受けたのだろう。

 これは結構長く続いた。

 しかし、先に破綻したのは「悪の秘密結社」のほうである。

 有名どころの秘密結社は多用され過ぎて、次第に「著名な秘密結社」という訳の分からない存在になってゆく。

 そこでニッチな秘密結社をでっち上げ続けた挙句、「世界の幼児化を狙う悪の保育園」という極北まで行きついたところで、この路線は潰えた。


 そこで今度は個人の属性を変え始める。

 鍛冶屋や料理人などの職人が、専門性の高い能力で敵の大軍勢を打ち破る。

 あるいはいじめられっ子の俺が、最初はたいしたことのない能力だと思われていた力を駆使して、馬鹿にした人々を蹂躙する。

 初期設定のしょぼさで新規さを狙い、そこからの意外な展開で人目を引く。

 途中の要所要所で、

「俺が間違っていた。彼はまさに神の子だ!!」

「私は今、信じられないほどの奇跡を目の当たりにしている!!」

「私を救うためだけに、貴方はそんなにもぼろぼろになって!!」

 等々、横から感動的な台詞を差し込んでおけば、場は勝手に盛り上がってくれるから便利だ。

 ただ、これを繰り返していると最初の目新しさは次第に薄れてゆくから、どこかで新たな展開を入れないと話が単調になる。

 ある神様はそこで鬱展開を差し込んだ。

 ところが、あまり深く考えずに差し込んだのだろう。

 そこから先の展開が思いつくまでの間、勇者は悪循環の中に放置されていた。

 そこから脱した時には既に廃人である。

 それでもなんとか物語を強引に続けているから凄い。


 繰り返すが、そもそも神様が悪い。


 似たような勇者を粗製濫造するからこんなことになるのである。


 *


 俺の自室には久し振りに伯爵令嬢の姿があった。

 前回からすっかり間があいてしまい、彼女は入室した時点ですっかり出来上がっていた。

「今すぐお願いしたいの」

 と言いながら、即座に俺の膝元に全身を投げ出した。

「仕方のない女だな」

 俺は普段から手入れを欠かさない、黒光りする豪奢な棒を取り出す。

 伯爵令嬢の口から熱い吐息が漏れた。

「入れるぞ」

 俺の棒が彼女の中に入る。

 ゆっくりと壁に沿うように棒を動かすと、彼女の口から喘ぎ声が漏れた。

「危ないから動くなよ」

「は、い……」

 俺の棒が彼女の敏感な部分を刺激してゆく。

「随分出たな。よほど溜まっていたとみえる」

「そんな恥かしいことを言わないで下さい」

「本当のことじゃないか」

 俺は棒を静かに抜き取る。

 先端にはねっとりとした白いものがまとわりついていた。

 黒い棒だと良く分かる。

「あまりやり過ぎると痛くなるんじゃないか。血が出るかもしれないぞ」

「いいのです。もっと奥まで差し込んで下さいませ」

 伯爵令嬢の瞳は妖しく潤んでいる。

「そうか。まったく仕方のないやつだな」

「有り難うございます。御主人様」

 伯爵令嬢の口からは大きな期待に震える声が漏れる。

 ――俺は流石に、いい加減飽きてきたんだがな。

 俺は決してそんな本音を顔には出さず、にっこりと笑う。


 そもそも神様が悪い。

 俺にこんな特殊能力を与えるなんて。


 俺は特別製の耳かきを、伯爵令嬢の耳に再び差し込んだ。


( 終り )

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