五 私は確信した。

 従って「最先端分野の研究員から転じた知性派の魔王」という彼女の属性は、初期のポイントがかなり高い。

 私が面接した中でもトップレベル――いや、明らかにトップ人材だ。

 どうして書類を読んだ段階でその存在に気が付かなかったのか、と私は疑問に思って手元の資料をめくってみる。

 彼女の書類に見覚えはなかった。

 どうやら、今朝になって部下が差し替えた案件らしい。

 欠席連絡が入った場合など、臨機応変で穴埋めしてよいと部下に伝えてある。

 刻一刻と状況が変化する採用活動においては、そのぐらいの自由度があったほうが仕事がしやすいからだ。

 それに、こういうサプライズが起きることもあるから侮れない。

 ともかく、彼女は他の候補者と一線を画す魔王としての基本的な素養がある。

 その点をよく理解せずに、中途半端な能力で記念受験程度の覚悟と共に面接にやってくる輩や、個人の能力ばかり高くて魔物管理能力の低い俺様な奴らばかりが殺到しているが、我々はそんな「シリーズ物三冊ぐらいで飽きられて失速する魔王」を求めているのではない。

 我々は、最低でも十年は魔王業界の旗手として、最前線を疾走できる人材を求めているのだ。


 私は改めて彼女に尋ねた。 

「貴方の今までの学術的な経験値は、このプログラムに参加する上ではまったく無意味です。それで宜しいのですか?」

「それは覚悟の上です」

 彼女は小揺るぎもしなかった。

 ――これは、ひょっとすると本物か?

 私は、詰めていた息を長々と吐く。

 ・問題意識の高さと、その正確さ。

 ・はっきりとしたビジョンと目標設定。

 ・意志を明確に伝えるコミュニケーション力。

 ・興味を引き、最期には納得せずにいられない説得力。

 ・困難な仕事を完遂するために必要な、覚悟と信念。

 非常に素晴らしい。

 加えて、資格の欄には魔法検定特級の文字が端正な筆跡で綴られていた。

 これは年間で十名程度しか合格できないハイレベルな資格だ。

 ――このまま直ぐに次の面接官に繋ぐか?

 私はよい意味で躊躇ちゅうちょした。

 ――いや、まだだ。

 あと一つ、まだ確認すべき点が残っている。

 最後のチェック項目だから、これがクリアできれば彼女はそのまま次の面接官に会ってもらうことになるだろう。

 久し振りの段取り飛ばしである。

 前回、私がこれをやった男性は、大長編を最初から最後まで牽引し切った大魔王に成長した。

 期待を含んだ声で私は尋ねる。

「それではお聞きしたい。デデルト・フォン・アルフェンバッハ・メーチェンの指摘する『魔王という存在の揺らぎ』について、貴方はどう思われますか?」

「はい」

 彼女はやはり動揺もせずに、私の言葉を受けた。

「デデルト・フォン・アルフェンバッハ・メーチェンの揺らぎ理論は、その議論の進め方に無理があります。例えば、事例として紹介されている『デメルトゥース・アルターの七鍵事件』について、彼はこう語っています――」


 私は確信した。


 彼女の正確かつ詳細な説明が完了したところで、

「大変よく分かりました。それでは――」

 私は震えそうになる声を整えながら、静かに告げた。


「本日はこれで採用面接を終了致します。大変お疲れ様でした。結果は一週間以内に水鏡通信でお送りします」


「――分かりました。本日は誠に有り難うございました」

 言葉を発する直前、一瞬だけ僅かな揺らぎを感じさせながらも、彼女はそうにこやかに言い切った。

 そして、速やかに立ち上がると深々と頭を下げ、机の上のメモを手に取って迷いなく出口に向かった。

「それでは、失礼致します」

 扉の前でそう言って頭を下げると、彼女は颯爽と退室する。

 私は閉じられたドアをしばらく凝視していた。

 それから、大きく息を吐いて、深々とパイプ椅子に身体を沈み込ませる。

 面接時間は二十九分だった。

 目を閉じて思考を整理すると、コメント欄に、

「同業者。不可」

 とだけ記入する。


 彼女はやりすぎたのだ。


「デデルト・フォン・アルフェンバッハ・メーチェンなどというマイナーな魔法哲学マジカ・フィロソフィカ者の、さらにマイナーな『揺らぎ』理論なんか全然知りません」

 というのが、先程の質問の正解だ。

 こんなものの問題点を詳細に解説できるのは、業界の事情通ぐらいである。

 頭が良すぎる人間は、相手も同じレベルであることを前提に話をするものだ。

 おそらくは「皆星協会」か「ナロー商会」あたりの回し者だろう。

 業界最大手の「角夜夢商会」が仕掛ける魔王育成プログラムのエッセンスを盗み出し、進行を攪乱し、最終的に失敗させるための刺客に他ならない。

 業界トップにはこのようなことがある。

 決して息を抜く暇は与えられない。

 ――それにしても。

 私は嘆息した。

 彼女が同業者だとしたら侮れない。同業者の中でもレベルは桁違いだ。

 これから彼女をライヴァルとして、競争の厳しいこの業界で最大手の看板を維持していかなければならないとなると、うちの会社もうかうかしてはいられない。

「それでは、次の方どうぞ」

 憂いを含んだ声で、私は言った。


( 終り )

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面接担当者の憂鬱 阿井上夫 @Aiueo

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