ユウビン配達

阿井上夫

ユウビン配達

 携帯電話やスマートフォンの普及に伴って、日本国民一人あたりの郵便利用件数は激減した。

 平成生まれが還暦を迎える頃になると、電子メールを使えない人の数は文字を読めない人の数に等しくなる。つまり、いないということだ。

 最後の砦であった年賀状も葉書の印刷代すら回収困難となり、お年玉をつける余裕すらなくなる。

 郵便事業は風前の灯火よりも細々としたものと思われたが、そこに神風が吹いた。この言葉は比喩ではなく、事実を的確に表現している。


 *


 室内にチャイムが鳴り響いた。

 マンションの玄関に来客があった合図である。モニターを確認してみると、制服と制帽をきっちりと着こなした初老の男がカメラの立っていた。

 個室毎のカメラがアクティブになると、玄関で番号のランプが点灯するようになっている。そのため、彼はにこやかに笑うと慣れた口調で言った。

「ユウビン配達です」

 私は嘆息した。まったく今回はついていない。

 ユウビン配達人の数が少ないことは分かっているものの、よりにもよって男というのはないだろう、と思う。

 先月は修業が終わって間もない、若い女性が届けにきたが、あれは本当によかった。実によかった。

 まあ、とやかく言っても仕方がないので、

「ご苦労様です」

 と言いながら、私はオートロックを解除した。


 自室の玄関で簡単な本人確認の後、ユウビン配達人が言った。

「お届け時のオプションサービスはご利用になりますか」

「いや、いいよ」

 実はオプションを利用するために、下着からなにから事前に準備してあったのだが、さすがに今回は使えないだろう。

「そうですか。後付けは割り増し料金がかかりますのでご了解下さい。では、始めます」

 そう言って、ユウビン配達人は目を閉じた。一秒もかからず再び目を開く。

 速い。私は彼を見くびっていたようだ。先月は五分ほど待たされたし、一分かかるのは標準だと思っていた。

 しかも彼は再生能力も高いらしい。首の角度から手先の動き、眉毛の上がり具合まで、完璧に『二年前に病気で死んだ妻』を再生していた。

 目の前にいるのが初老の男性であることを、つい忘れてしまうほどに。

「今月もお会いできてうれしいわ、あなた」

 そう言いながら、初老の男性が体を摺り寄せ、胸を押し付けてくる。

 他人行儀な言葉遣いと、過剰なまでの肉体的接触。この落差がたまらない。

 私は初老の男の上目遣いの目線に欲情させられ、オプションの追加料金を覚悟した。


 *


 日本郵便が社名変更してからずいぶんと時間がたった。

 今では他社が決してまねできない独自のサービスを提供し、業績も急上昇している。海外進出も果たし、社名から日本という冠が外れるのも時間の問題と考えられている。

 これもかの企業の従業員が、最後の最後、そのまた先の世界でも会社のことを思いつづけて、とうとう事業化に成功したことから始まった。

 キャッチフレーズがすべてを物語る。


「日本幽便・あの世支店 冥界から真心こめてお届けします」


( 終り )

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