2
「はい、これ。あと、これも」
「はあ」
名刺サイズのプラスチック製カードと、文字盤が見当たらない腕時計。
何の説明もなしにそれら二つを突然渡された。
学校中に、始業を伝えるチャイムが鳴るころだ。
さっき、教室で受け取ったメールの件名には、『七瀬 校門前 今すぐ来て』とあった。実に単純明快、本文を読んでないが、これは間違いなく七瀬の仕業だろうと見当がつく。そもそも、七瀬という知り合いは他にいないからだ。沙也加が何か話し始めてたのをよそに、通学カバンを置くことも忘れ足早に教室を出た。
そしてここは校門前、登校する生徒時々教師共々は今日、男女比2:1の不思議な三人組を見てから校舎に入ることとなった。朝の、かなり早い時間に、部活着でもない学生が校門前を占領しているのだ。これじゃ目立ってしょうがない。
「なんだ、これは」
半信半疑な意識をよそに、とりあえずカードを手に取ってみる。角が丸く加工されたそれは、表も裏も真っ白だ。というか、これじゃあ表裏の区別すらつかない。
両面を一通り見たところで、何かを察したのか片面に『INSTALL』という線形の文字が浮かび上がった。直線で構成された文字の下部には、横長の長方形の枠組み。左から右へとノロノロ塗りつぶされていく様から、何かの読み込みの進歩率を示しているのだろうか。
「そのカードは、いわば警察バッチのようなもの。つまり身分を証明するものになるわね。一応政府には認可されてる代物だから、効力はそこそこあるはずだよ」
若干定型的な説明だったのでふと七瀬を見たら、手元の紙製説明書を読み上げていたところだった。七瀬捜査官とやら、大丈夫なのだろうか。
今の説明通りなら、もし俺がコンビニ強盗に偶然すれ違って、かつ武器に準ずるものを持っているとしたら、その時点で撃退してもこのカードを提示すれば深く言及されることにはならんのか。ん?いやまて、
「認可ってのは、もちろん現在の政府からだよな?」
「そうだよ。でも、認知度は低いだろうから、あまり使いどころはないかもね」
一応俺は、何らかの法的機関に所属してる扱いらしい。
だが、ほぼガラクタと考えてもよさそうだ。ただの電子名刺のようなものらしいし。
……って、それじゃつまりほとんど意味のない代物じゃないか。
「何か問題?」
七瀬は、首をかしげながらくったくなく笑う。俺の不安は顔にまで出てたようだ。
もちろん問題も問題だ。第一、未来人がほいほいとやってきては、事件がありますので非公認で解決させていきます。なんて言うようなことだからだ、ぽっと出の未来人自警団に仕事を取られちゃ仕方がない。これを何の根拠もなしに信じれる奴がいたら名乗り出てほしいね。
とにかく、刑事みたく何かしらの優待は期待できないか。そもそも、いきなりそんな扱いされても正直困るが。
「捜査官への第一歩というところでしょうか。あなたは、言うなら仮免許中です」
「昨日今日の説明は、いわばチュートリアルだね」
二人は、まるでテレパシーでも使えるかのように同じように笑みを浮かべていた。極秘要塞の地図を手にした怪盗のような笑みだ。
この二人が笑うタイミングが分かった気がする、何か悪い兆候だ。俺の脳内で、警報が鳴るのが聞こえる。
「何だか楽しそうだな」
「つまらないわけないでしょう」
即答か。
「やれやれ」
ふとため息が出てしまった俺を誰が攻めようか。
そういや、
「クラスメイトの件もそうだが、俺の感じてる違和感は事実で間違いないんだな?」
「我々が未来人とかかわりがあるので、この学校に何らかの変化があるのは確かです」
「やっぱりお前らの仕業か……」
「補足しておきますと、未来からの干渉がある場所に大きな変化がみられる。といった具合です」
つまり、池に小石を投げ入れたときの波の発生とよく似てるわけか。小石が未来人、波が変化、ってことかな。俺はつまるところその池の住民といったところか。
すると、顔に何か書いてあったのだろうか、
「これはまだ、第一波と言えましょう」
と、高木は付け加えた。
その、お前の言う第一波は初期微動なのか、はたまた主要動なのか。もしかしてこれ、ひっかけクイズ?
ここでふと、意識を横断する疑問をぶつけてみた。
「じゃあ、もし学校以外で変化があったら……」
「過去改変の発端、事件の証拠になりえます」
だろうと思った。
じゃあ、近所にいるあの猫も何らかの作用が働いたんだな。
俺は、変化についてざっと思い付くだけ話してみた。
そしてこれら変化は、あの迷惑な未来人曰くこの一言で片付いた。
――私達とは別の同類、つまり未来犯罪者の干渉による事象改変です。
なんとまあ素晴らしきことだ、早速事件を起こしてやがる。しかも、どうやらこれはまだ序の口らしい。追々事件を起こす予定なんだとよ。まだ何かやるってのかい、ご苦労なこった。
事件が起きるのを、ただ待ってるってのも些か奇妙な気がするが、これは規定に則った正しい手順らしい。何が正しいだ、時間跳躍の検閲はやっとらんのか。
そしてなんと、七瀬は捜査手順を間違えたらしい。何でも、改変が起こった直後に『なんちゃって捜査官』の俺をループの環にはめて、そこから事情を話す寸法だったそうだ。それがどうだい、俺の脳内に擦り込まれた違和感を払拭するために、インパクトのある登場をしたらあの始末だ。払拭されるどころかはっきりと印字されちまった、しかも軽くトラウマだっての。危うく、いや実際、俺死んだし。
ちなみに、俺が話し終えるやいなや高木が淡々と七瀬に言葉攻めしているところから、こいつは敵に回すまいと我ながら思った。未来人について無知だが、大方察しがつく。善悪二元論で言ってるのでなく、口喧嘩の相手としてだ。
そういや、おっちょこちょいな七瀬を見るのは今日が初めてな気がする。
校門前は次第に落ち着きを取り戻し、ジリジリと忍び寄る暑さで溶けそうな脳みその臨界を汗が知らせてる。
一時間目の予鈴が鳴りだしたのを機に、お互い3人はそれぞれの教室へと帰路についた。七瀬と横並びで歩くことに若干どころではない違和感を覚えつつ、思えば高木がどこのクラスなのか聞いていない気がした。次の機会にでも聞くか。
――「……ちっ」
足先を下駄箱に向けて間もなく、何かが聞こえた。
声ではない、言葉でもない。
反射的に、音源と思しき方向へと目、顔、耳と順番に向いていく。
しかし、未だ登校ラッシュの校舎前で誰が音の主なんてわかるわけない。
完全に振り返りきる前に、正面へ直る。
そのとき、後ろから肩が当たった学ラン姿の学生は、速足で下駄箱に向かていた。
Still,Be Reset? 石田 成人 @Ishida-Narihito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Still,Be Reset?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます