最終話 芥子供養

 善八は小皿にのせた奇妙なものを差し出した。



「名前はよく知りませんが、なんでも京には、こういう食べ物があると聞いたことがありまして」



 見ると、平鍋で両面を焼いた表面に、何やら種子を無数に散らしたものが、小さく小皿に切り分けられて、それぞれ香ばしい薫りをたてていた。

 初栄は早くも口にして、



「む――」


「なにぶんにも急ごしらえなもので、お口にあうか、わかりませんが」


「いや、ウマい」



 そう言うと、初栄は小首をかしげて箸をおき、片目をつぶって首を傾げた。

 そのまま、しばらく考えていたが、



「わからぬ。善八、これはどういう趣向じゃ」


「へえ。津軽がちょっと、かわいそうだと思いまして」



 善八は伏し目がちに、



「うどん粉と水飴を水で溶き、味噌と練り合わせて焼きました。本当は砂糖をつかうそうですが、あいにく切らしておりまして」


「砂糖――今回の事件にちなむものだの」



 初栄は身を乗りだして、



「そうか。表面に散らしたこの種子は、芥子か」


「芥子ぃ?」



 律と千冬が異口同音に叫んだ。



「貴様、よくもそんなものを、初栄さまに!」


「おいおい、おいら達も食っちまったぜ。大丈夫かよ」



 ふたりは思わず立ちあがったが、初栄はすました顔で、



「ふたりとも座れ。種子を食べるぶんには問題ない」



 善八は頭をさげた。



「七味をつくろうと思って、薬研堀にゆずってもらった芥子ですが。こんな際ですから、どうにか旨く食べられないかと、ない知恵をしぼりました。芥子は悪くないんです。こいつはこいつの都合で花を咲かせ、身をつけただけなのに、人間が勝手に煙を吸って、悪者あつかいをするなんて。それに――」



 食にかんすることのせいか、善八にしては珍しく、よく喋った。



「それに、何て言いますか。芥子で人が苦しんで、たくさん亡くなったんでございましょうが、やりかたひとつで、こうして食べることもできる。それをやってみせるというのも、賊への意趣がえしというか、亡くなった人にたいする、そのう――」



「供養か」



 うまく言葉が出てこない善八にかわって、初栄が言葉を引きとった。

 一同はしばし沈黙した。しばらくして、



「そうだの」



 と、初栄が言った。



「賊を突きとめようとするあまり、富岡屋はじめ、賊の犠牲となった人々を悼む気持ちが、どこか疎かだったやもしれぬ。善八、学ばせてもらったぞ」


「め、め、めっそうもございません」


「どうだ千冬。剣を振るのみがすべてではない。こういう戦いかたもあるのだ」


「それがしは剣のみにて結構――なれど、犠牲者を悼む気持ちは同じでござる」



 律も、



「善の字も、なかなかオツなマネをするじゃねえか――じゃあ、おいらも」



 そう言って、初栄と千冬ともども、小皿にのった『津軽』に、手を合わせたのだった。

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鬼姫吟味書付 あしき わろし @chan-yama

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