歴史のレシピ

夏氷

任務完了





宇宙人は何故地球を侵略しないのか?

 

宇宙人は何故人類を滅ぼさないのか?


宇宙戦争は何故、起こらないのか?






 それらを真剣に考えた時、彼女があの時言っていた事こそが、この世の真実なのではないか、と、私は思った。






 あれは、私が……否、俺が高3の夏。 

 合宿も兼ねた天体観測の計画を話し合う放課後の部室での出来事だった。






「だから!宇宙人なんて何処にもいないんです」


 そう叫んだ彼女は、大きなくりくりの目を更に見開き、ぷくりと頬を膨らませた。


「そもそも宇宙には、地球人以外の知的生命体なんて存在しないんですよ」


 そう言いながら呆れたように俺から視線を反らした彼女は、


「皆が宇宙人だって思ってるモノは、ぜーんぶ地球人の子孫なんです。私の言ってる事、分かります?」


と言って、俺の方をキッと睨み付けた。


 真っ黒な瞳とツヤツヤに輝く天使の輪を携えたショートボブの黒髪の彼女は、少し着崩した夏服のブラウスに1年の象徴である緑色の細いリボンを結んでいる。


 2つも年下の女の子に、俺はもう30分近くも『宇宙人は地球人の子孫である』と言う彼女の持論を説かれているのだ。


 マジ、参る。


 何でこんな時に限って誰も来ないんだよ。

 もう部活、始まる時間だろ?




『ミステリー研究部』




それが、俺が部長を務めるこの部の名称。


 この手の部活動は、大抵小規模の研究会や同好会が多いらしいが、昔からUFOの目撃が多いこの地域では、毎年当たり前のように大勢の生徒が入部する。




が、しかし。




 こんなに熱心に、しかもこんなに突拍子もない説を唱える子には今まで出会った事がない。


 だって、彼女の説は……。


「いいですか!今からたったの3年後に、地球人の火星移住が本格化するんです」


 約30分前、そこから始まった彼女の力説。


「最初は火星だけだった移住が、更に50年後には他の星々にまで広がり、当初コロニーでの生活を余儀なくさせられていた地球人達は、各星々の環境に徐々に適応し、5世代後には完全にコロニーを出て生活を始めるんです」


 彼女はそこまで話すと、その漆黒の瞳で真っ直ぐに俺を見つめた。

 

「ここまで大丈夫ですか?」


 不意にそう聞かれ、思わず頷く……が、何が大丈夫なのかは全く分からない。


 しかし頷くだけでは納得いかなかったのか、彼女の小さな顔は、俺の視界に収まらない程近くで俺の更なる反応を待っている模様。


 だからもう、


「大丈夫……」 


 そう答えるしかない。

 新手の脅しである。


「じゃあ、続けます」


 俺がそう言った事に満足したのか、彼女はそう言うとまた、スラスラと続きを語り出した。


 まるで全てを見て来た事のように。


 人類はその後、滅びゆく地球を離れ、各々の星で更なる進化を遂げる。


 のだそうだ。


 その過程で姿形も様々に変化し、いわゆる宇宙人も生まれた。


 のだそうだ。


「地球が完全に滅んだ後、今まで発展にしか興味の無かった地球人の子孫達はハタと気付きます。自分達は地球と言う星について何も知らない、と。そこで」


「分かった、一回ストップ」


 俺はそう言って饒舌に語る彼女の言葉を遮る。


「だったらその説、皆の前で発表してみろよ。もうすぐ皆も来るだろ」


 俺がそう言うと、彼女は何故か不満そうに唇を尖らせちょっと俯いた。

 そして、恨めしそうに上目遣いで俺の顔を見つめる。


「否、だから……俺だけに語るには勿体無い壮大な説だろ」


って、かなり焦ってフォロー。


 正直彼女の話を遮った理由は、ちょっとこの状況が面倒になったってのもある。

 

 けど……彼女の説については結構面白いと思う。

 これは本音。


「だから」 

「いいえ!」


 今度は彼女が俺の言葉を遮った。


 かなり強めの否定形に些か面食らう。


「ぇ?」


「ダメです」


 そう言って、唇を真一文字にしたまま暫し押し黙る彼女。


 そして、ポツリと一言呟いた。


「だってそんな事したら……」


の後は結局聞き取れないまま。


 そこから彼女の話は、俺が口を挟む間も無い程の猛スピードで進んだ。


 

 古代人に数学や天文学を教えた宇宙人、もとい未来人の話に、数百年後の世界から持ち込まれたクリスタルスカルの話。


 果ては、綺麗なミイラの作り方まで……。


 スケールがデカ過ぎて一瞬じゃ理解出来ねー。


「だーーーッ!ちょっと待てよ」


 だからほんの一瞬の隙を見て、半ば強引に彼女の話の腰を折る。


「つまりはあれか!?宇宙人は皆、未来から来たって事か?」


「はい。だからさっきからずっとそう言ってます」


 そう言って訝しげに俺を見つめる彼女。


 確かに彼女はずっとそう言っていたし、俺もそれは分かっていたはずなのに……何だ今の質問?


 俺はバカか???


「否、だからそうじゃなくて」


 気を取り直し、もう一度彼女に改めて問い掛ける。


「じゃあ、俺達が宇宙人の乗り物だと思っているいわゆるUFOってやつは」


「はい。タイムマシーンですよ」


 そう言いながら彼女は、これまでにない極上の笑顔を俺に見せた。


 漫画ならきっと、キラキラと光る装飾の数々が、彼女の周り一面で輝いている事だろう。


「未来の子孫達は、歴史を変えない努力をしているんです」


 彼女は嬉しそうにそう言うと、


「伝わって良かった」


と、もう一度とびきりの笑顔で微笑み、徐に席を立った。


「おい。部活は?」


 部室を出て行こうとする彼女にそう声を掛けると、彼女は満足そうにこちらを振り返り、


「第一段階終了です」


 そう言ってニッコリと笑った。


 彼女が部屋を出て行ったほんの数秒後、再び扉が開いた。


 入って来たのは、我が部の副部長で小学校から腐れ縁の森尾。


 夢は『宇宙人に誘拐される事』と豪語する若干イタイ変わり者。


「何だ、森尾か」


と、つい口走ってしまった俺に、


「そうじゃ、俺じゃ。何だ、俺じゃ不満か?」


と言いながら机の合間をぬってどんどんこちらへ近付いて来る。


「否、そうじゃないけど……あ、今……」


 彼女とすれ違っただろ?


 そう聞こうとして、俺は愕然とした。


「ん?今、何だ?」


 その先が出て来ない。


「否、あの、一年の女子でさ……ショートボブの、黒髪の、身長は中山と同じ位で……笑うとさ、あれ?」






 あの子、誰だ?





 気が付けば、時刻はまだ3時を少し回ったところ。

 遅いと思っていた皆の到着も、決して遅くなんかない。


 続々と集まる部員達。


 後ろの方にたまっている緑色のネクタイとリボンを着けた1年の集団。


 いつもと変わらない風景。


 いつもと変わらない雰囲気。


 いつもと変わらないメンバー。






 俺に無いものは、彼女の記憶。






 話している時は、何も疑問に思わなかったのに……。


 確かにそうだな。

 俺、あの子、知らなかったワ。





 その後も結局、彼女が誰であるかは分からなかった。


 誰に聞いても、彼女を知る者は唯の一人も現れなかった。


 彼女は一体、何をしに現れたのだろう?


『第一段階終了です』


 彼女が最後に言ったその言葉の意味は……一体何だったのだろうか。





 あれから随分と時が過ぎ、私は今、火星のコロニーの中で暮らしている。


 彼女の言った通り、現在人類の居住区の中心は地球ではなく火星にある。


 そして近々、金星への移住も始まる予定だ。


 人類は今、着々と宇宙に向かって、未来へ向かって歩みを進めている最中である……が。


 私の歩みはあの日からずっと、過去へと向かっている。


 彼女が私の……否、俺の前に現れた理由。

 そして行き着いた俺なり結論。

 その答えを確かめられる日がやっと来た。


 ようやく出来上がったのだ、俺の力作。

 






 さぁ、行こう。


 あの、夏の日の放課後へ。








 ガラリと扉が開き、薄い笑みを浮かべたままの彼女がこちらへと出て来た。


「……ゃぁ」


 私がそう声を掛けると、彼女は特に驚いた様子もなく、


「来たね」


と言って薄く微笑んだ。


 そして私の目の前に立ち、そのままの笑顔で私の顔を見上げる。


「行こ」


 何の迷いもない、真っ直ぐな瞳。


 その目を見た時、俺は確信した。

 やはりそう言う事だったのだと……。


 彼女は自分の腕にはめられた、女の子にしてはちょっと大き過ぎる腕時計型のソレを俺の顔の前に掲げ、


「コレに辿り着く迄には、まだまだ時間が掛かるけど」


 そう言いながら、腕のソレを指でなぞる。


「コレの歴史は、貴方が居なきゃ始まらないから、だから来て。行き先は……皆が地球の歴史に興味を持ち始めた時代。場所は地球じゃないけど……いいよね」


 そう言いながら再び腕時計の上に指を合わせる。


 私が小さく頷くと、彼女はまたあの絵に描いたようなキラキラとした極上のスマイルを放った。


「任務完了」


 彼女はそう言うと、画面を2度、タップした。






by KAORI (aoicocoro)

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