6th アナザー・プレーヤー

 アッちゃんは自然公園に足を踏み入れる。こんなところにこんなデカい公園があるんだな。まあ微妙におれの地元じゃねえし、ここ。公園の一角にストリートコートはあった。おお、この金網に囲まれている感じ……。コートは一面しかなかったが、何人かがそれぞれのゴールでバスケをしていた。

「すげえ、こんなのあったんだ」

「……」

 アッちゃんは黙ってストリートコートに入る。

「あ、あねさんじゃないっすか!」

 コートの脇にいた、ストリートスタイルでボールを抱えた丸坊主がアッちゃんに挨拶をする。

「姐さん?」

「……私のあだ名」

 アッちゃんはそっぽを向いて答えた。

「ありゃー! カインドラ、そこの大きいのは彼氏か?」

 別の青いバンダナをした中肉中背の男がそう呼びかける。


 アッちゃんが消える。

 おれの横にいたはずなのに。

 丸坊主の横にいた青バンダナの懐に。

 アッちゃんは潜り込み。

 強烈な右ストレートをかます。


「どぅへー!」

 青バンダナの男は呻き、そのまま尻もちをつく。

「そう見えたのか?」

 アッちゃんは青バンダナの男に迫る。

「え、だって一緒にここまで……」

「見えたのか?」

 凄みをかける。

「い、いいえ」

「……ッチ」

 アッちゃんは舌打ちをして、男に背を向けた。しかし、いくらなんでもバスケをやっている時と同じクイックネスで殴らなくてもいいのにな。照れ隠しにもほどがあるぜ。おれはアッちゃんに近づく。

「近づくな」

 アッちゃんはおれに冷たい視線を向ける。うーん、ちょっとそっとしておくか。


 アッちゃんはそのままストリートコートの脇にある更衣室に向かった。結構充実してんだな。ちょっとセキュリティも緩そうだな。自然とそちらの方に足が向かう。

「いやー今日は一段と半端ないっすね、姐さん」

 丸坊主の男におれは呼び止められた。おれは歩みを止め、そいつを見る。

「えっと……」

「あ、自分、テツと言います」

「じゃあ、あの青バンダナはトモ?」

「え……違うけど」

 丸坊主は訝し気な顔をする。世代が違ったか? いや、まあおれもリアルタイム世代じゃないんだけどな。

「よろしく、テツ。おれは清雲ってんだ」

「じゃあキヨだね。よろしく、キヨ」

 こういうストリート系の人とは割とすぐ仲良くなれるのがおれの特性だぜ。

「ここで何してんの?」

「まあ、バスケ好きが戯れてる感じっすかねー」

「へー。よくアッちゃんとバスケしてるの?」

「っすねー。自分とあそこで座り込んでる兄貴のユウマと、あと適当な人と組んでいつも姐さんに挑戦してるんすけど、全然勝てないですわ。姐さん一人相手にこっちは三人なんすけどね」

 やっぱアッちゃんすげえんだな。おれはテツを改めて見てみる。ちょっと身体が小さいように見える。

「テツはいくつなの」

「十四っすよ。中二っす。ちなみに、ユウマ兄は中三っすね」

「アッちゃんとやるのはいい練習になるでしょ」

「っすねー。あんな上手い人、学校にはいないっすからね……。おーい、ユウマ兄!」

 相槌の打ち方が今風だなあ、と思った。テツはユウマを呼ぶ。ユウマは頭をピクッとさせて、こちらを向く。テツはユウマに近づく。

「ふう。俺は宇宙と一体化してたぜ……」

「なに、訳わからないこと言ってんの。もうすぐ姐さんが準備終わるし、俺たちも準備しようぜ」

 青バンダナの男、ユウマは立ち上がって、手で尻をパンパンと叩いた。

「まだこっちは一人来てないぜ」

「え? それってキヨのことじゃないの?」

 テツはおれを親指でさす。

「……あれ、君がヤシリーナかい?」

「ヤシリーナ?」

 ユウマは肩を竦めた。

「その反応から察するに……。テツ、こいつじゃねえぜ」

「そっか……」

「おいおい、話が見えないぜ」

 おれはユウマに尋ねる。

「打倒カインドラのため、今日は助っ人として、ネット上で知り合った人を呼んだんだ」

「それがヤシリーナ?」

「ああ」

 ユウマは頷く。ストリートバスケの仲間をネット上で探すとか、最近の中学生は進んでんね。


 アッちゃんが更衣室から出てくる。

「また、あんたらが相手?」

「そうだぜ?」

 ユウマがニヤリと笑って自信満々に答える。

「あと一人いないじゃない」

「もうちょっとで来る」

「はあ……」

 アッちゃんはため息をつく。

「あ、なんならおれが出ようか? おれアッちゃんに勝ったことあるし」

 おれがそう言うと、アッちゃんは固まり、ユウマは目を輝かせた。

「マジか? お前、カインドラに勝ったのか?」

「うん」

「おい、あれは無効だろ」

 アッちゃんが口を挟む。

「すげー! もうそのヤシリーナって人じゃなくていいんじゃない? キヨに出てもらおうよ! ユウマ兄!」

「ヤシリーナには申し訳ないが、俺達の悲願達成のためにはやるしかないか……。キヨとやら。一緒にプレイしないか?」

「いいぜ」

 おれはサムズアップ。ゲームに参加する。

「おい、お前、膝がもうダメだったろ」

「まあ、アッちゃん抑えるくらいならよゆーだよ。よゆー」

「おおーすげー! 頼もしー!」

「くっ……!」

 アッちゃんはおれをジトっと睨む。

「じゃあいっちょやってみますか!」

 テツとユウマは大いに盛り上がる。こうして変則的な一対三の試合が決まる。


 先にコートを使用していた人たちが半面を譲ってくれたので、おれ達四人はそのハーフコートを使って、試合を始めた。

 テツとユウマはお世辞にも上手くはなかったが、やたら動き回る。アッちゃん一人しかいないので、おれ達の攻撃ではパスを回せば、必ずフリーになる人がいるが、テツとユウマはことごとくシュートを外した。

「くそー!」

 対して、アッちゃんの攻撃ではテツとユウマは子供のようにあしらわれ、簡単に抜かれる。一度はおれとワンオンワン気味になったが、一瞬で膝が悲鳴を上げたため、すぐ相手にならなくなった。既に、こうやって隅でその様子を静観しているだけだ。

「なあ、キヨ。ホントに姐さんに勝ったの?」

「ああ」

「だったら、止めてよ……」

「もう膝が限界なんじゃ」

 アッちゃんは気楽にプレーしていた。アッちゃんはスリーからカットインまでありとあらゆる方法で得点を重ねた。

「使えねーじゃん、キヨ。こんなんじゃカインドラに勝てないぜ」

「あ? ユウマ。おめーがシュート外さなきゃアッちゃんくらい楽に勝てんだよ。おれ何度お前に絶好機を譲ったと思ってんの?」

「キヨのパス、速すぎて取りにくいんだよ!」

「んだと! この糞ボケ!」

「うっせ! バーカ!」

「……なに、中学生と言い争ってるんだ……」

 アッちゃんはドリブルを着きながら呆れるくらい、余裕があった。


 ふと、コートの脇を見る。ジャージ上下を身に包んだ、いかにも怪しげでボサボサ髪の人がいた。前髪が長すぎて顔が見えなかった。それに、なにより大きい。おれと同じくらいの身長か? アッちゃんがスリーを決める。

「あれ?」

 ユウマもそいつに気付いたらしく、プレーを止めて詰め寄る。

「もしかして、あんたがヤシリーナ?」

 ユウマとの身長差が随分ある。ユウマは見上げて、そいつに尋ねた。

「は、はい。えっと、あなたが『霧雨のユウマ』さんですか?」

 ユウマのハンドルネーム、いくらなんでもダサすぎだろ。こんなもんかね。ここ最近の中学生は。ほとんどおれと年齢変わらないのに、自分が随分歳を取ったように感じるぜ。

「おお、ちょっと想像と違ってた。ずいぶんデカいんすね……」

「……いえ」

 ヤシリーナはおどおどして、小さな声で言った。てか、高い声だな。ってことは。

「ヤシリーナは女か!?」

 女性とわかったなら、放っておけねえ。おれはずんずんと彼女に近づく。

 ユウマを退けて、彼女に話しかけようとする。

「あ、おい。キヨ、邪魔すんなよ!」

「うっせーハゲ。ガキはすっこんでな!」

「このバンダナは禿げ隠しじゃねーぞ!」

 ユウマがギャーギャー騒ぐが、無視する。さっきはガッツキすぎてナンパ、失敗したからな。ここはクールに話しかける。

「おれは清雲。君の名前は?」

 うっ、と彼女は後ずさりをするが、これは引いている訳じゃなくて、単に照れ隠しだってことくらい、おれにはわかるぜ。

「社里奈(ヤシロリナ)です……」

「そのジャージ。見たところ、うちの学校のジャージと同じだね。何年?」

「……あの! ユウマさん!」

 ヤシリーナはおれを無視して、ユウマを呼ぶ。

「ね、猫さんは? 猫さんと今日は戯れるって……」

「ああ、あれね。嘘だよ。今日はヤシリーナと一緒にバスケをしようとおもって」

「そ、そんな……」

「ヤシリーナ、LINEでさバスケやってたって言ってたじゃん? メンバーにちょうどいいかなって思って」

「……こ、困ります! 私、猫さんいると聞いてこんなところまで来たのに……。帰ります」

 ヤシリーナの帰ります宣言に、ユウマは慌てる。

「待ってよ! ちょっと人数足りなくてさ。それに、このキヨとかいうカスが全然使えなくてさ。いっちょ一緒にやってくれない?」

 カス? こいつ、人が下手に出りゃ、しゃしゃりやがって……。まあ、今は女の子の前だし? ここは敢えて黙っておくのが大人って奴だからな。

「無理です。帰ります」

 ヤシリーナはユウマの説得を振り切ってコートから出ようとする。だが、出口にはアッちゃんがいた。

「……」

 アッちゃんは黙ってヤシリーナを睨む。

「ヒッ……。誰ですか? 私、これから帰るので、そこをどいてもらえないでしょうか……」

 その場から全く動こうとしない、アッちゃん。ヤシリーナはおどおどするばかりだ。

「バスケ、出来るのか?」

「……昔のことです」

「嘘だな。ジャージで身体を隠しているが、サボっている身体つきをしていないくらい見ればわかる。アンタ、なかなかの手練れと見た」

 アッちゃんはニタリと笑う。

「やめてください……」

「私の目は誤魔化せないぞ」

「アッちゃん、透視できんの? 半端ねー。片目くれよ」

「この馬鹿と代われ。私とバスケしよう」

「え? 馬鹿っておれ?」

「突っ立てることしかできないだろ」

 アッちゃんはおれを一瞥し、再びヤシリーナを見る。

「どうなんだ? やるだろ?」

「勝手に話を勧めないでください……やらないといったら……」

 アッちゃんは更にその子に詰め寄った。

「やるだろ?」

 凄みを利かせる。アッちゃんが見上げるほど、ヤシリーナは大きいのに、アッちゃんの威圧感は、相変わらずそうした身長差を感じさせない。

「うう……」

 ヤシリーナは力なくうなだれた。


 ヤシリーナは渋々テツとユウマと同じチームでプレイする。アッちゃんがボールを持つ。

「私からの攻撃だな」

 アッちゃんはユウマとパス交換をした後、ゆっくりとドリブルをつく。余裕綽々といった塩梅だ。

「おりゃ!」

 ユウマはアッちゃんのドリブルをカットしようと前のめりに手を出す。スルリとアッちゃんは避け、バランスを崩したユウマを軽く抜く。

「ユウマ兄! 任せて!」

 テツもアッちゃんの前に立ちはだかるが、これもアッちゃんのドライブで簡単に抜かれてしまう。あっという間にゴール下だ。

「うう……」

 ゴール下にはヤシリーナがいた。アッちゃんは構わず突っ込んでそのままレイアップシュートの体勢を取る。

 ボールを構えて。

 右足から一歩。

 二歩目で高く飛ぶ。

「!?」

 おれは目を疑った。

 ヤシリーナはアッちゃんに真っ向から向かった。

 ヤシリーナも高く飛ぶ。

 壁だった。

 まるでモノリスのように高く大きかった。

「モノリスディフェンスだ!」

 おれはとっさに叫んだ。我ながらナイスなネーミングだと思う。

 とにかく、シュートのスペースがない。アッちゃんもそれに気付くが、アッちゃんには味方がいない。

「……く」

 無理矢理シュートを放つが、ちょうどヤシリーナの右手に当たる。

 パシン。

 ブロックされた。行方を失くしたボールは重力によって、地に着き、点々と転がっていった。


「ヤシリーナ! ナイスブロック!」

 ユウマは大騒ぎして、ヤシリーナに近づいてハイタッチを求める。

「うう……」

 ヤシリーナはおどおどしながらそれに応じる。アッちゃんはその光景を見て、茫然としていた。おれはアッちゃんに近づく。

「ちょっと油断してたでしょ?」

「……いや。ただ本気を出さないとアレを交わすのは無理だ……」


 次はヤシリーナチームの攻撃だ。ユウマがドリブルをつく。アッちゃんは距離を取る。

「おやおやカインドラ。そんな距離取ってていいのかな?」

「どうせ、外はないだろ」

「む」

 ユウマはまんまと挑発に乗って、スリーポイントを放った。あまり外は得意でないのか、かなり汚いシュートフォームだった。ボールはゆるゆると弧を描き、なんとかリングに到達するという軌道だった。

「ヤシリーナ! リバン!」

 テツが叫ぶ。またしてもゴール下にはヤシリーナ。だが、外すことを呼んでいたのか、既にアッちゃんもゴール前にいた。

「させない」

 ボールが落ちてくる。アッちゃんとヤシリーナは競り合う。二人は高く飛び、空中でぶつかり合う。だが、アッちゃんは劣勢だった。身体のサイズが違った。

「……くっ」

 そのままヤシリーナは空中でボールをキャッチ。着地する。

「ヤシリーナ! そのまま飛んでぶち込んでしまえ!」

 おれは思わず叫んでいた。おれが言い終わるか終わらないかのうちに、ヤシリーナは既に高く飛んでいた。

 ガコンッ!

 ヤシリーナは両手で力強くダンクを決めた。彼女のボサボサ髪がたなびく。長い髪でどんな顔をしているのかは見えなかった。


 それから両チームの攻防は極めてシンプルなものになった。あくまで勝ちにこだわるアッちゃんは無暗にゴール下に行こうとはせず、スリーやゴール下から少し離れてフィールドゴールを重ねた。対して、ヤシリーナは徹底的にゴール下。アッちゃんも何度か競るものの、一度も勝てなかった。

「疲れた! 休憩! 休憩させてくれ!」

 何本かやったあと、ユウマは音を上げた。テツも既に息があがっていた。まあ二人とも中学生だしな。

「なあ、私とワンオンワンしないか?」

「……」

 アッちゃんの問いかけに、ヤシリーナは少し下を向いていたものの、小さく頷いた。


 二人はワンオンワンを始めた。ヤシリーナはバンバンアッちゃんに抜かれるけども、リバウンド時の競り合いは負けなかった。アッちゃんは少し楽しそうだった。ヤシリーナもだんだん、身体の動きに俊敏さが増していった。

「なあ、ユウマ兄……。そろそろ帰んないと、母ちゃんが……」

「……」

 テツが話しかけてもユウマはその光景をずっと眺めていた。それくらい、このワンオンワンは面白いものだった。


 やがて、二人とも自然とボールを追うのをやめた。息があがっていた。既にコートを使っているのもおれ達だけになっていた。そこそこ長くやっていたと思う。転がるボールをテツが拾う。

「ボール、返してもらうね。俺たち、もう帰るから。ほら、ユウマ兄。帰るよ」

「……」

「あんまり遅いと、母ちゃんに怒られるよ! ほら!」

「……あ、やべ」

 ユウマは遅れて頷いた。

「ヤシリーナもカインドラもまたやろうなー! キヨカスもたまには一緒にやってもいいぞ~」

「テメーこら、キヨカスってなんだ、キヨカスってよ!」

 ユウマの煽りにおれが半ばガチで反応する。ユウマはキャッキャと笑いながら、テツとともに走り、コート近くに止めてあった自転車の乗って帰って行った。

「……お前、何者だ?」

 アッちゃんはぜえぜえ呼吸しながらヤシリーナに尋ねる。

「おいおい、アッちゃん。そりゃあないんじゃないの?」

「は? お前ら知り合いなのか?」

「知り合いも何も、なあ?」

 おれはヤシリーナに肩を組む。ヒッと、ヤシリーナは声を出す。

「……私、貴方のこと知りません」

「おい。もうそういうのはやめろ。怯えているだろ」

「照れ隠しでしょ? 最後の部員さん」

「……は?」

「アッちゃん、この子は不登校になっていた女バスの子だよ。ほら、岸澤氏が新入部員紹介の時に言ってたじゃん。もう一人、二年がいるって」


 うちの学校と同じジャージということは同じ学校ということだし、何より動きが素人のそれではなかった。ヤシリーナはおれからバッと離れた。

「……光先輩の、知り合い?」

「知り合いも何も、同じ部活仲間だ。まあ、おれは女バスの監督で、こっちは今の女バスのエース、カインドラ・アリジン。かなりの問題児だけど」

「一言余計だ」

 アッちゃんはムッとして突っ込む。

「そうだったんですか……」

 ヤシリーナはか細い声返事したあと、俯く。

「え、っと。ヤシリーナ、でいいかな。ヤシリーナはどうして部活、いや、そもそもどうして学校に来ないんだ?」

 こういうのはチャッチャと単刀直入に聞くのがおれのやり方だ。だが、ヤシリーナはおれのことを随分警戒しているようだった。

「……!」

 ヤシリーナはバッと振り返り、そのままコートから走り去ろうとした。

「あ、待て!」

 おれは追おうとする。

「ほら、アッちゃん、追うよ。何、ボサッとしてんの!」

「……いやあまり無理に追わない方が……」

「いやいや! いつ行くの? ジャスト・ナウでしょ!」

 おれはアッちゃんの手を強引に引っ張ろうとするが、アッちゃんはおれの手を弾く。

「私はもう帰るからな」

 うーん、そこまで拒否するなら仕方ない。おれだけでもヤシリーナを追うぜ。


 ヤシリーナはなかなか足が速い。なかなか距離が詰められない。自然公園を走るヤシリーナとおれ。捕まえてごらんなさーい、まってーウフフみたいな緩やかな感じではなく、ガチの疾走。おれの膝も相当キテる。すげー痛い。速度がだんだん落ちてくる。

 右膝に違和感。突如、右足の力が抜け、そのままずべっと崩れてしまう。地べたにゴロリ。

「っつう……」

 再び立ち上がって、ヤシリーナを追いかけようとするが、まったく立ち上がれない。膝がプルプル震えている。

「ヤシリーナ、助けてくれー! 膝が痛くてしょうがねえんだ!」

 ダメもとで声を張り上げて、ヤシリーナを引き止める作戦に移行する。ヤシリーナはおれの方をチラリと振り向くと、足を止めた。

「……?」

 膝の痛みが更に増した。おれは膝を抱えて、顔を埋めた。

 あ、やべ。変な汗も出てきた。そうだったな。あそこで無理しなきゃ、おれ達勝てたかもしれねえんだったよな。確かシュートは外れたんだと思う。おれも外が得意だった。身長が高いからインサイドのプレーを求められたけど、無視して頑なにスリーを放った。大人しくゴール下で張って、二点決めていれば延長戦だったのだけど、その前におれが限界だった。そのまま崩れ落ちて……。あとのことは思い出したくない。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 ちょっと昔のことが脳裏をよぎっていたのを、ヤシリーナの声がかき消してくれた。おれは顔を上げる。

「ああ。大丈夫、って言いたいんだけど、膝がマジでね……」

「どうして、そんなになるまで……」

「女を追いかけるのに理由がいるか?」

「……そんなに汗だくで鼻水をたらしながら言われても……」

「え、マジで?」

 おれは鼻をすする。

「それに顔色も少し……。肩を貸しましょうか? そこのベンチまで歩けますか?」

「……優しいね。ヤシリーナは」

 ヤシリーナに肩を貸してもらい、すぐ近くのベンチに腰かけた。


 しばらく、おれがベンチで俯いていると、ヤシリーナが飲み物を抱えてやってきてくれた。

「……気分はどうですか?」

「ああ、割ともう大丈夫。え、それくれるの?」

「はい……。スポーツドリンクですけど……」

 なに? この子、天使なの?

「ありがたく貰います。あざーす!」

 おれは缶のポカリを受け取る。プルタブを引くくらいの力は残っているみたいだ。無駄な時間は過ごしていないからな。小気味よい音を立てて、缶を開ける。ごくごく飲む。

「うおーうめー」

 生き返った心地がした。

「ホント、ありがと。助かったよ」

 ヤシリーナは首を横に振る。ヤシリーナも缶のポカリをちびちびと飲んでいた。

「てか、なんで部活来ないねん。ヤシリーナみたいなセンターいたら、うちかなり強くなるぜ。全国も夢じゃない」

 元気になっておれはオラオラと捲し立てた。

「……」

 ヤシリーナは黙る。

「学校でなんか嫌なことでもあるの? おれがぶっ飛ばすよ、そいつ。先輩だろうが、関係ないし」

 おれはシュッシュッとシャドーボクシングをする。ボクシングの経験は一切ないけど、ウシジマ先輩からいろいろ格闘技の類の話は聞いてきたぜ。

「その……」

 やがて、ヤシリーナはぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。

「私……、実は」

「実は?」

 おれは復唱して相槌を打つ。


「男の人が……好きなんです」


 おれの上半身が、よよっとずっこける。え?

「そ、それって普通なんじゃないの? いや、別に女の子が好きだったとしても変とは思わないけど……。いや、むしろ美味しいというか……」

「普通じゃないです! 男の人が好きで好きでたまらないんです!」

 ヤシリーナは大きな声で話す。男の人が好きで好きでたまらない。いいじゃない。

「いや、おれも女の子が好きで好きでしょうがないぜ? お? なにこれ? カップル成立じゃん? おれ達、付き合っちゃう?」

「私は清雲さんみたいな人、タイプじゃないです……」

 一瞬で玉砕した。

「じゃあ、男の人が好きじゃないんじゃん(激怒)。おれ以上の男なんてそうそういないと思うんだけど?」

「うーん、ちょっと軽い感じがするんです……」

「そうか……。その辺りはちょっと改善するわ……」

 深く反省した。そう、ただ女の子に声かけまくるだけじゃ、神聖モテモテ大帝国は築けないのだ。モテる男の子は女性の話をちゃんと聞いてあげること。ディス・イズ・常識。コモンセンス。

「で、男の人が好きであることと学校に行かないことにどう関係が?」

「……男の人の視線がどうしても気になっちゃうんです……」

「それっていいことじゃん? モテるってことでしょ? おれなんて女の子と目合わせたら大体反らされるぜ? 最高じゃん。二股、いや三股くらいしちゃおうよ」

「違うんです。ネガティヴな視線なんです、とても」

「そうなの?」

「ほら、私、身体だけは大きいし……」

「大きいのはいいことじゃないか」

 大は小を兼ねるというしな。ただ、百合ちゃん先輩みたいなロリもおれは否定しない、むしろそれも好きだ。

「女の子で大きいというのはやはり目立ってしまいます……。男の人から好意の視線ではなく、奇異の視線を向けられてしまいます……」

「うう~ん。そうかな。少なくともおれはそうじゃないけど」

「いいえ、清雲さんも私を一目見て、女だとわかっていたときは驚いていました」

「……確かに驚いたかも。ごめん」

「今日だって、猫好きのオフ会だって聞いて、男の人から誘われてやってきたのに全然違うし、相手も中学生だったし……」

「ユウマとテツとは初めて会ったんだ」

「ネットで会う人なら大丈夫かなって。学校は怖いですし……。でもそれも思い過ごしだったみたいです……。中学生にもデカいといわれる始末……」

 しょんぼり俯くヤシリーナ。身体の大きさが彼女にとってのコンプレックスになっている訳か。こういうのって当人以外理解しにくいものだ。正直、おれもよくわからん。そんなんで学校行かないの? だけど、彼女にとってはきっと非常に重大な問題なのだ。

「バスケ自体はどうなの?」

 おれは話題を変えることにした。

「……幼い頃からやっていました。嫌いではありません。でも、体育館でプレーする度、やはり男の人の視線が……」

「復帰する気はない? 今、結構イケイケだよ、うちの女バス。桃園にも歌舞女子にも練習試合で勝ったし」

「え!?」

 ヤシリーナは驚いた。お、バスケには結構食いつくね。

「まあ桃園は二軍だったらしいけどね。歌舞女子にも結構ギリギリだった」

「それでも凄いです……。今そんな強くなっていたんですか……」

「これはおれの考えなんだけど」

 おれは視線をヤシリーナの顔に向ける。やはり髪がボサボサで長くて、はっきりと顔は見えない。

「今日のプレーを見る限り、もしヤシリーナのようなセンターがうちに入れば、間違いなく全国に行ける。うちはインサイドが手薄なんだ。少なくとも歌舞女子には余裕で勝てるようになるな。桃園の一軍にも……。どれだけ強いのかはわからないけれどかなりいい勝負が出来ると思う」

「清雲さん。私が入ったからってそんなに上手くいくわけないです」

「うーむ」

 こう話してみてわかったことは、ヤシリーナはとにかく自信がない。つまり性交……間違えた、成功体験がないということだ。一度男からモテるということであったり、バスケで必要とされたり、といった経験をすれば自信がつくし、良くなるかもしれない。ちょっと短絡的かな。おれはいつでも自信満々。だって全ての女子から愛されているはずだし、バスケもそんなに下手じゃなかったし。おれは自分でそう思ってるよ。痛い奴って思われたらそうかもしれないけど、おれは自分のことはあんまりそうは思わないんだよね。じゃあ、もうやるべきこと決まっているな。

「ヤシリーナさあ。男の人から好意の視線を受けるにはどうしたらいいと思う?」

「私にはもう無理なんです。生まれたときから決まってるんです。明城先輩のようにちっちゃくて可愛らしい子の方が……」

「でも、現実に百合ちゃん先輩にはなれないよね」

「わかってます、そんなの」

「思うに、その芋っぽい髪型とか直したらいいんじゃない?」

「いくら綺麗になったところで無理なんです。私は大きすぎるからお洒落しても気持ち悪くなるだけです」

 相当重症だな、こりゃ。

「やってみなきゃわからんでしょ。ちょっとツラ貸してみ」

「え? ……ちょ、なにするんですか」

 おれは無理矢理ヤシリーナの前髪を真ん中から分けてみた。

「おお……」

 ヤシリーナの顔が露わとなった。

「真木よう子やんけ……」

 目鼻立ちはくっきりとし、バランスよく配置されていた。頬にはソバカスが点々とあったが、むしろそれは幼さを醸し出していてとても可愛らしいと思った、リアル少女漫画のお約束……。おさげで眼鏡の地味な女の子が、眼鏡をはずして髪を解いたら、めちゃくちゃ美人だった、というように、ヤシリーナもまた、長い前髪で美しい顔が隠されていた。

「や、やめてください!」

 ぶるんと身体をゆらして、おれの介入を退ける。またもとのボサボサ髪で顔を隠す。

「……昔、ソバカスを男の子から凄いからかわれたんです。それで中学もあまりいけなくて……。高校は少し頑張って最初の方は登校してバスケ部に出てたんですけど……やっぱり怖くなってきて……」

「ヤシリーナ、そいつは違うぜ」

「え?」

「きっとその男の子はヤシリーナのことが好きだから、からからかったんだよ」

「そんなのあるわけないじゃないですか!」

「いやあ。ヤシリーナは男を知らんからなあ」

「ええ、そうですよ! 私は男の人のこと、わかりません! でも好きなんです!」

 ちょっと面白くなってきたなあ。

「男の子は好きな女の子をイジメたくなるもんよ。中学あるあるでしょ、割と」

「聞いたことないです」

「そりゃヤシリーナ男のこと知らんからね。そういうもんだよ」

「うう……信じられません……」

「ヤシリーナ、まず美容室に行って髪の毛を切ってもらおう」

「なんですか、藪から棒に」

「間違いなく綺麗になるって。それで学校におれと登校するんだ」

「なんで清雲さんと登校しなくちゃいけないんですか。私、貴方と一緒なんて嫌ですよ。絶対に嫌です」

 そんな頑なに拒否せんでも……。ただおれはめげないやで。

「いやな、学校でおれを連れて歩いてみ? 少なくとも奇異の目はヤシリーナには集まらないはずだ。集まったとしてもおれに、だ」

 ちょっと自虐になってしまうが、ヤシリーナのためだ。おれは喜んで犠牲になるぜ。

「どういうことですか?」

「まずお洒落して綺麗になったヤシリーナがおれを連れて歩く。周りは久しぶりにヤシリーナを見るもんだから、『なんだ? あの美人は!』とまずなるでしょ。で、横におれがいると、『なんであんな美人に金魚のフンがついてきてるんだ?』と嫉妬するわけ。で、ネガティヴな感情はおれに向かうって寸法よ。ポジティヴな視線はヤシリーナが独り占め。どう、結構いい案だと思わない?」

「……そんなに上手くいくわけ……」

「女は度胸。男も度胸だけどね。なんでも試してみるもんさ。どう? やってみようよ」

「……」

「まあ、善は急げだな。ウシジマ先輩経由の知り合いで美容師の人がいるからその人に話を通しておくよ」

「え? 私、まだやるだなんて……」

「変わりたくないの?」

「う……」

 おれはiPhoneを取り出して、コールする。

「あ、お久しぶりっす。マーちゃんです。え? やだなあ、もう。順調っすよ順調。……え? あの時のお礼? いや、そんないいですってー! あ! ならちょうど頼みがあるんすけど、町でとびっきりの美人を捕まえましてね、ええ。はい。でもちょっと地味なんスわ。で、変わりたいらしいんすけど……今からそっち連れてっていいっすか? あ、オッケっすか! あざっす! じゃあそんな感じで今から行きまーす! はーい」

 おれは電話を切った。

「ここからそんなに遠くないから。じゃあ行こっか」

「え? え?」

 おれは立ち上がる。もう身体も大丈夫だ。ヤシリーナの手をグイッと引いて、自然公園を出た。


 ヤシリーナを連れまわし歩く。

「ところでヤシリーナって家どこなの?」

「清雲さんに教える訳ないじゃないですか」

「いや、明日一緒に学校行くんだよ? 迎えに行けないじゃん。一人で学校行くのは大変でしょ?」

「うう……」

「ほら、どの辺?」

 おれはiPhoneで地図アプリを開いて、ヤシリーナに見せる。ヤシリーナは渋々自分の家を示した。

「じゃあ、朝八時くらいに行くからよろしくね」

「……」

 そうこうしているうちに目的の美容室でにたどり着く。

「あら~。マーちゃん久しぶりじゃないの~!」

 青髭がうっすらと残った、ホットピンクのピチピチのTシャツを着た中年の男性が出迎えてくれる。

御坊谷ごぼうだにさん、お久しぶりです」

「ね~ホントよね。あらやだ、またちょっと男っぽくなったわね。食べちゃいたいくらい」

「そんな~おれはイケイケですよ」

「言うようになっちゃったわねえ~。あら、電話で言っていた子はこの子?」

「う……」

 明らかにヤシリーナは顔が引きつっていた。まあ、初見で御坊谷さんを見るのはかなりインパクトがあると思う。彼はオカマだ。

「ああ、はい。そうです。ヤシリーナって言うんスよ」

「マーちゃんの彼女?」

「そうですよ」

「あら~手が早いわね~嫉妬しちゃう!」

「ちょ! 清雲さん! 適当なこと言わないでください」

「そう照れんなって。じゃ、御坊谷さん、あとよろしくです」

「わかったわ~。んじゃ、とびっきり綺麗にしちゃうからね~」

「じゃあ、おれはこれで」

 おれは去ろうとする。

「ちょ、ちょっと! 清雲さん」

 ヤシリーナはおれのシャツの裾を引っ張る。

「ん?」

「付いて来てくれないんですか?」

「ああ、明日の朝のお楽しみにしようと思って」

「そ、そんな……」

「心配しなくても大丈夫よ~。アタシ、女の子は範疇外だから」

「だって」

「うう……」

 御坊谷さんはヤシリーナの顔を覗き込む。

「あら、アナタ。もしかして真木よう子じゃなくて?」

「やっぱ似てますよね!」

「ええ……。これは気合が入るわね……」

 御坊谷さんは真剣な顔になる。

「ヤシリーナ。こう見えて御坊谷さん、かなり腕が立つから。芸能人ご用達だし」

「えっ?」

「やっだー! マーちゃんったらもう~! 芸能人じゃないわよ、ゲイよ! ゲイ!」

「いっけね!」

「……ついていけない……」

 ヤシリーナはため息をついていた。そして、半ば引きずられるように御坊谷さんの美容室に吸い込まれていったヤシリーナ。うん、こりゃ明日が楽しみだ。チャチャっと家に帰るで。


 翌朝、おれはヤシリーナの家の前にいる。五分くらい待つと、玄関の戸が開いた。

「おお……」

 なんだ? これは昨日出会った女の子なのか? 芸能人かモデルかなんかじゃなくて?

 ヤシリーナの髪は少し茶色に染まり、ロングの髪はミドルのソバージュになっていた。少し化粧も覚えたようだ。あの辺、御坊谷さんはかなり丁寧にレクチャーするはずだ。恥ずかしそうにキョロキョロしながら、おれの方に歩いてくる。

「……やっぱり怖いです」

「心配すんなって。学校まではおれがいるし、なんなら一緒に授業も受けるよ?」

「清雲さん、一年生じゃないですか……」

「関係なくね?」

「いや関係ありますよ……」

 おれとヤシリーナは並んで歩いた。なんか、むしろおれが得した気分だ。こんな美人と並んで登校できるなんて。


 学校に着くと、かなりの注目がおれ達に集まった。おれの予想通りではなく、奇異の視線もあったが、ネガティヴなものではない。というより皆驚いている。おれ達は二人とも背が高いし、かなり目立つ。

「うう……怖い怖い」

「大丈夫、大丈夫」

 おれはヤシリーナを励まして昇降口まで一緒に歩いた。教室の前までヤシリーナを連れていく。

「清雲さん、ここまでで、とりあえずは……」

「そう? 一緒に授業受けなくて大丈夫?」

「学年違うじゃないですか……。それに……」

 ヤシリーナは少し恥ずかしそうにおれの方を見る。

「ちょっと、頑張ってみようと思うんです」

「お? やっぱ意外と大丈夫だったっしょ?」

「まだ、怖い気もしますが……。でもとりあえずは……」

「そうか」

 おれは頷いた。随分前向きになれたようだ。

「放課後、体育館で部活あるから、まあ良かったら見に来るだけでも」

「……わかりました。行きます」

 健闘を祈るぜ、ヤシリーナ。


 ぼやぼやしてたら、あっちゅう間に放課後。さあ部活の時間だ。体育館に一番乗りだぜ。ゴールの準備をしていると、アッちゃんがやってきた。

「お、アッちゃん」

「……」

「今日さ、ヤシリーナ。学校来たよ」

 アッちゃんは驚いておれに振り返る。

「……アンタ、何したの? まさか……」

「いや、乱暴なことはしてないって……。まあちょっとね」

 アッちゃんは特に深く尋ねることなく、ボールを手に取るとシューティングを始めた。続いて百合ちゃん先輩がやってきた。

「……」

 百合ちゃん先輩はアッちゃんを見るなり不機嫌な顔になった。まあ土曜日のことがあったしな。アッちゃんはその視線に気付いて、百合ちゃん先輩を目に留めると、すぐにシューティングをやめて、百合ちゃん先輩の方にまっすぐ歩いてきた。

「な、なによ」

 百合ちゃん先輩はむしろ驚いて、少したじろいだ。

「私は別に謝るつもりはない」

「は、はあ?」

「ただ……なんて言えばいいかわからないが……」

 アッちゃんは後頭部をポリポリ掻いた。

「……私は試合に勝ちたい。そのためになら、なんだってしたい。だから、ユリもその……もっと上手くなってほしい。ユリのポジションが最適な場所にいれば私もパスを出す。そして私のことを見つけて。私にどんどんボールを回してほしい」

 お? アッちゃんの頬が少し赤いような。でも、発言内容は結構遠慮のないものだ。百合ちゃん先輩は、はあ、とため息をついた。

「まあ、アンタらしいわね。確かに、あたしたちはアンタの望む実力を持っていないわ。でも、勝ちたいという気持ちはアンタに負けてるつもりはない」

「……」

「アンタとあたしは多分あたしが引退するまできっとこんな感じでしょうね。まあ幸い、あたしはもう数ヶ月で引退よ。だからもうちょっと付き合ってもらうわ。悪いけどね」

 百合ちゃん先輩は右手を差し出す。アッちゃんはその右手を握った。二人は握手を交わした。


 残りの部員も集まった。

「全員集まったでありますね。それでは、今日も張り切ってやるのであります!」

 岸澤氏が声を張り上げた。ただ、鳴門先輩だけ無表情で右手をまっすぐ挙げた。

「あづみ嬢? どうしたのでありますか?」

 鳴門先輩は淡々と口を開いた。

「まだ、全員じゃない」

 その時、体育館に一人の女性が入ってきた。

「遅れてすいません!」

 やっと来たか、ヤシリーナ。ヤシリーナは真っすぐおれ達の前にやってきた。皆目を丸くしていた。

「え、っと……。どちら様でありますか?」

「はう!」

 岸澤氏の問いかけにヤシリーナはいきなりショックを受けた。

「……もしかして、昨日の……」

「え? カインドラ知り合いなの?」

 アッちゃんと翠ちゃんが話す。

「セイセイ! 皆の衆!」

 おれは手をパンパン叩きながら皆の前に出る。

「ちょっと、アンタ、このモデルみたいな人、まさか……」

「そうやで、百合ちゃん先輩。お察しの通りや」

「なんでいきなり関西弁なのでありますか……」

「皆、聞いてくれ。我が女子バスケットボール部に改めて復帰する超高校級センターを紹介するぜ。ほらヤシリーナ」

 おれはヤシリーナを促す。

「改めまして、社里奈です。この度、自分を変えるためバスケ部に復帰しました。今までご迷惑をおかけしてしまい、すいませんでした! よろしくお願いします!」

 ヤシリーナはバシッと頭を下げた。

「え……里奈嬢でありますか! 全然わからなかったのであります! 随分、変わったのであります。お久しぶりなのであります!」

「うそ……社なの……」

「はい。百合先輩、光先輩。これからよろしくお願いします」

 先輩方は四人集まってあーだこーだ喋り始めた。

「社先輩、キヨ君の知り合いなの?」

 翠ちゃんがおれに話しかけてくる。

「ああ。おれとアッちゃんは昨日会ったぜ。ありゃ、ガチのセンター。これでうちのインサイドの問題も解決されるな」

「え?」

 翠ちゃんがおれの方を振り向く。

「カインドラと一緒だったの? 昨日」

「え? まあ、たまたまね」

「へ、へーそうなんだ……」

 翠ちゃんは少し視線を落とした。お? 嫉妬か? まあでもおれ、一回翠ちゃんから正面切って拒否られてるし、それはないか。

「しかし、なにはともあれ、県大会くらいならもう手中に収めたようなもんだぜ」

 最後の部員が遂に神泉高校に入った。盤石の布陣だ。また、バスケットボールが面白くなる。

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