5th サンデイ・ヌーン

 練習試合は三試合とも全勝することが出来た。やったぜ。あの試合のあと、アッちゃんと翠ちゃんは控室で本格的に寝込んでしまった。おれはその間、米山老人と共に各高校の監督に挨拶をした。川鍋高校の監督と簡単に挨拶を済ませたあと、歌舞女子の監督のいる方に向かう。彼はおれらに気付くと、まず米山老人に握手を求めた。

「米山先生、今日は勉強させてもらいました。しかし、今年の神泉は素晴らしい選手が揃っていますね……。特にあの九番と十番、凄いですね」

「あーアッちゃんと翠ちゃんね。おれと同じ一年なんスよ!」

 おれは口を挟む。歌舞女子の監督はおれを見るなり、顔をしかめた。米山老人はほっほと、微笑んでいた。

和藤わとう君、彼は清雲。監督じゃ」

「え……? 監督? ……じゃあ米山先生は一体……」

「ワシはもう隠居じゃよ。定年も近いしのう」

「そんな……。こんな小童に……」

 なんでおれはこんないつも大人に嫌われるんだろうな。

「馬鹿には出来んよ。和藤君。清雲はな、そなたの留学生の……」

「ニアンですか」

「そうじゃ。彼女の癖を早々に見抜いておったぞ。それをうちの岸澤に伝えたんじゃ」

 伝えたとはちょっと違う。あれは岸澤氏が自分で見つけたんだ。おれはその手助けをしたにすぎない。

「……なるほど。明らかに後半から動きが良くなりましたからね、五番の彼女は」

 おれをまじまじと見る和藤と呼ばれた歌舞女子の監督。インテリがかけるような眼鏡をクイっとあげる。嫌らしい銀のアンダーリムだぜ。

「……県大会ではこうはいきませんよ。清雲君」

 スッと、和藤監督は右手を差し出した。

「次も勝ちますよ。こっちにはアッちゃんと翠ちゃんもいるからね」

 おれは和藤監督と握手をする。

「……若いな」

「え?」

「君たちは大きな爆弾を抱えている」

 はっきりと和藤監督は言った。おれはただの負け惜しみだと思った。


 桃園のコーチはおれ達との試合が終わったあと、本当に帰ってしまったから既にいない。桃園は川鍋に勝った以外、うちと歌舞女子に負けた。といっても、彼女らは二軍メンバーだったわけだ。一軍はきっともっと強いのだろう。おれは米山老人と別れて、控室にいるメンバーを呼ぶため、そちらに向かう。決して覗きが目的じゃないぞ。しかし、試合終盤のアッちゃんと翠ちゃんは明らかに変だった。それに三勝したものの、課題はたくさんある。まだまだやるべきことは沢山あるな……。

 そう考えながら歩いていると、壁にぶつかる。

「いて」

 おれはステンと尻もちをついた。だっせえや、最高に。おれは見上げる。壁ではなかった。壁のように大きいニアンがそこにいた。

「エクスキュゼモワ」

「……?」

 なんて言ったんだ? 日本語話さないのかな。ただ、外国人の接し方というのをおれはちゃんと知っている。おれは幼少期にECCに通ってたからな。外国人には目を反らしちゃダメだ。おれはニアンと目を合わせる。ニアンは笑顔だった。さらにじっと見つめる。ニアンはニコニコしていたけれど、段々頬を赤らめていくように見えた。ニアンの方から目を反らした。

「よし、勝った!」

 そもそも何と勝負していたのかわからないが、おれは勢いよくそのまま立ち上がった。ニアンは立ち上がる俺を見て、少しビクッとなった。身長はニアンの方が高いのに。

「……」

 ニアンはウインドブレーカーのポケットを弄り、紙切れを取り出した。

「……コレ」

 お、今のは日本語か? ニアンは紙切れをおれに差し出していた。おれはそれを受け取った。

「なんだ、果たし状か?」

 おれは折りたたまれた紙切れを開こうとすると、突然ニアンはあたふたし始めた。

「サ、サリュ!」

 そう言い残して、走り去って行ってしまった。おれは首を傾げた。紙切れを見てみると、なにやら数字が書かれていた。うーん、なんだこれ?

「それは電話番号ではありませんか?」

「わっ!」

 急に背後から声がして驚く。岸澤氏がおれの背後からひょこっと顔を出して覗き込んでいてたようだ。

「流石は清雲氏であります。おモテになるようで……」

 クヒヒ……とからかう岸澤氏。

「お? やっぱわかっちゃう? まあやっぱおれの男らしいところに、ニアンもホの字になっちゃったってやつ? 岸澤氏もおれの神聖モテモテ大帝国の国民になってもいいんだぜ?」

「冗談は顔だけにしてほしいのであります。先ほど、カインドラ嬢と翠嬢が起きたであります。皆、帰る準備も出来たので、自分が清雲氏を呼びに来たのであります」

 あっさり流されてしまった。え? 岸澤氏にとって、おれって冗談みたいな顔なの? おれは岸澤氏に連れられ、控室に向かう。


 控室に入る。既に皆、帰り支度を終えていた。ただ、アッちゃんはまだかなり疲れているみたいで、だらっと椅子に座っている。おれは手をパンパン叩く。

「はいよー。じゃあちょっと体育館に戻って、歌舞に挨拶したあと帰るべー」

 おれがそう声をかける。百合ちゃん先輩がこちらを睨む。

「なんでアンタが仕切んのよ」

「何から何まで否定的な百合ちゃん先輩、ホント可愛い」

「うざ……。皆行くわよ」

 百合ちゃん先輩の声とともに、皆、自分たちの荷物を持ち上げる。

「ほら、アリジンも」

 百合ちゃん先輩に声をかけられたアッちゃんは無表情で百合ちゃん先輩を見たあと、黙って腰を上げた。

「アッちゃん、もう大丈夫?」

「……」

 無視である。アッちゃんはおれの目の前を横切って、そのままスタスタ歩いて翠ちゃんと合流する。おれはため息をついて、あとに付いていく。

 体育館に戻って、歌舞女子の面々に挨拶をした。また、何人かの選手は各々で握手した。おれはその時、またニアンと目が合うが、露骨に視線を逸らされてしまう。照れてんだな。ニアンはアッちゃんと握手をした。また、なにか言葉を交わしている。試合中も思ったのだけど、一体何を話してんだろ。おれ達は体育館をあとにした。体育館の外では米山老人がおれ達を待ってくれていた。おれ達は米山老人を中心に自然と半円を描くよう集まった。

「皆、お疲れさまじゃったのう」

 部員はぺこりと頭を下げるが、アッちゃんだけはそっぽを向いていた。

「じゃあ、今日の反省点を。清雲」

 また、急に無茶ぶりをされる。だが、これを無茶ぶりと思う方が男として二流ってやつだよな。おれは神妙に頷いて、部員の方を向く。

「三試合とも三勝できたのは、自信を持っていいと思う。ただ、その分課題もたくさんある。シューターが多い分、打ち合いの展開にどうしてもなってしまう。リバウンドを取るのが難しい分、守備からも積極的に出来るようにしていきたい。来週からはゾーンディフェンスとか、守りのオプションを増やす練習をしたいと思う。あまり、そういうのはやらなかったしね。個々の課題は、皆自分でわかっていると思うし、おれからは特に言わない。あとはスタミナかな。これはアッちゃんだけじゃなくて全員にも言えると思う。ただでさえ選手が少ないので、各々が助け合って負担を減らす必要がある。その辺も意識して、おれも練習内容を組むよ。今日は疲れただろうから、明日はオフ。各々が県大会までに身体のピークを持って来れるよう過ごしてくれたら、それでいいと思う。……こんなんでいいですか?」

 おれは米山老人の方を向く。米山老人は満足そうに頷く。続いて米山老人は百合ちゃん先輩に視線を移す。

「明城、なにかあるか?」

「……そうね。今日は思った以上の結果が出て、満足しているわ。でも、攻撃面ではアリジンと古槙に依存しているのも現状ね。二人のおかげで勝てたというのは認めざるを得ないわ」

「そ、そんな、百合先輩。私なんて全然……」

「スリーをフリースローみたいにバシバシ決めておいてよく言うわよ。アンタがオフェンスの中心よ、古槙」

「う……」

 翠ちゃんは全員を見回す。皆頷いていた。ただ一人を除いて。

「アリジン」

 百合ちゃん先輩はアッちゃんの方を向く。

「アンタの力は本当に凄い。でもね、アンタ、プレーの判断を誤っているところがいくつもあるわ。もっと楽に得点できるシーンがあったはず。だから、すぐ疲れるし。私からしたら、使いにくいったらありゃしない。そうでしょ?」

 百合ちゃん先輩はおれに同意を求める。ただ、おれが何か言おうとする前にアッちゃんの口は開いた。

「自分で打った方が得点の効率がいい」

「……何が言いたいの?」

「ミドリ以外、皆下手くそ」

 アッちゃんは淡々と言った。

「なんですって?」

 百合ちゃん先輩もこれまでに見たことのない怒りの表情を浮かべた。

「もう一回言った方がいいか?」

 一触即発だ、これ。四人囃子のアルバムタイトル名じゃない。お互いに睨みあって、バチバチと電流が走っていた。単なる比喩表現じゃ収まらないくらい、バチバチと音も聞こえてきそうだ。

「二人とも、どうどう……」

「……アンタには関係ないだろ」

「そうよ。これはあたしとアリジンの問題よ」

「そんなバチバチされちゃ、部内が嫌な感じになっちゃうでしょ。百合ちゃん先輩、キャプテンなんだしさあ」

「関係ないわ。メンツの問題よ、これは」

 百合ちゃん先輩が言うと、アッちゃんはため息をつく。

「つまらないメンツだな……」

「なんですって……!」

「もう、アッちゃんもすーぐ挑発する。自分で言えるクチなの?」

 おれはアッちゃんの怒りの矛先をおれに向けるよう仕向けた。

「……あ?」

 完全に『特攻の拓』に出てきそうな表情をしているアッちゃん。ギャグのセンスあるぜ、オメー……。いや、ガチでその表情は女の子がするもんじゃない。

「あのね。はっきり言って、今日のアッちゃんはニアンに完敗してるよ」

「……どういうことだ」

「得点でもチームプレーでも、ニアンの方が良かった」

「……それはアイツ以外がアイツのためにプレーしてたからだ。カブはアイツ以外、バスケ後進国の住民らしくアイツのためのプレーに終始している。私にもちゃんとボールが……」

「確かにおれ達はアッちゃんが言うように、バスケ後進国の住民だし、なかなかその辺は上手くいかないけど? アッちゃんだってニアンに対して絶対的に勝てるわけじゃないじゃん。シュートだってブロックされてたし」

「……ワンオンワンなら負けない」

「バスケはチームスポーツなんですけど~?」

「……弱い国の奴らはすぐそう言ってごまかす」

「人種がどうのこうの言ってるのがダセエ。関係ないじゃん。同じコートに立ってしまえば。だから上手い下手とか関係ないじゃん。同じユニフォーム着てるかどうか。勝つか負けるかだけでしょ?」

 おれとしては奇跡的にぐうの音もでない正論が出た気がするぜ。

「……ッチ」

 アッちゃんは踵を返してそのままおれ達の輪から離れて歩き出す。

「ちょっと! まだ話は終わってないんだけど!」

 百合ちゃん先輩はそう呼びかけるが、無視してそのまま出て行ってしまった。残されたおれ達にはなんとも言えない空気が残ってた。

「……米山先生、どうしたらいいのでありますか?」

 岸澤氏が米山老人に尋ねる。

「……」

 米山老人もさすがに微笑むことなく、厳しい顔をしていた。岸澤氏に応えることなく、黙っていた。

「ま、まあとりあえず帰るべ……」

 おれはそう呼びかける。おれ達はしこりを残したまま、重い足取りで歌舞女子高校をあとにした。


 翌日、折角のオフ日だ。いつもよりゆっくり起きてから、おれは自室で悶々としていた。部屋の中でウジウジしていてもしょうがないしなあ。ナニでも弄るかどうか考えていると、おれのiPhoneが突然なる。あ、ウシジマ先輩からだ!

「よう」

「あ、お疲れ様です!」

 おれは気合たっぷりに返事した。

「今日、暇か?」

「超暇っす。ガチ暇っす」

「ナンパ、しけこむぞ」

「え? マジっすか? ウシジマ先輩、彼女とか大丈夫なんすか?」

「んなもん何人もいる」

 マジカッケェ……。

「オッケっす。何時にどこ行けばいいっすか?」

「昼過ぎ、駅前にでも落ち合おう」

「わかりました!」

「じゃな」

「はい、あざっしたー!」

 電話が切れる。よっしゃ、じゃあ街にでも行くとするかあ!


 おれは駅前の時計塔の前にいる。今日のおれのファッションはかなりイカしてるぜ。まず足元はハイカットのダンク。紺のハーフパンツにオーバーサイズのTシャツだ。おっと、B-BOYスタイルを想像しちまったか? ところが、このTシャツはハイパーお洒落ファッションストアこと、H&Mで購入した一品だぜ。ちょっと綺麗めで上品に見える。まあ材質はそこまで良いとは言えないけど、そこはロープライス故だ。

 待てど待てども、ウシジマ先輩がやってこない。おれはうずうずしていると、iPhoneが再び鳴る。今度はメールだった。

「わりい、ミカとの約束が入っちまった」

 おいおーい、ドタキャンすか? そりゃねえぜ! ウシジマ先輩! だが、おれは中学時代、ウシジマ先輩にはかなりお世話になった身だ……。文句なんてとてもじゃないけど言える身分じゃない。とりあえず、了解と返信したあと、おれはまた暇を持て余すことに。

 まあ、いっか。一人でナンパしてみっか。ちょうど、せかせか歩くなかなかナイススタイルでシャレオツなペレー帽を被った女の子に目が止まる。見た感じ、ちょうどタメくらいだな。

「ヘイ、彼女。おれとアーバンでタイトなティータイムしない?」

「……」

 ペレー帽の彼女は無視して足早に去って行こうとする。

「待ってよ。どこ行くの? なになーに?」

 ガンガン積極的にいく。よく見ると結構可愛い子だな……。ますます気持ちがポジティブになる。

「やましい気持ちなんてないから! マジでマジで! ただおれとお茶をしばき倒すだけ! ほんのちょっと! 先っちょだけでいいから!」

 おれは彼女の肩に手をかける。彼女はキャッと小さく悲鳴をあげる。いや、悲鳴じゃないからこれは。照れてるだけだろ……。

「無視は酷いって。ほらそこのドトールにでも……」

 おれは無理矢理彼女を振り向かせる。

「……ヒ!」

「怖がらなくて、ええんやで……」

「だ、誰か……!」

 彼女はおれの手を弾いて一目散に逃げ去る。

「あ! 待てって!」

 おれは追いかける。彼女は走る。なかなか足が速い。距離が縮まらないまま、彼女は通りすがるスマートな女性に縋りついた。

「すいません、助けてください!」

「助けるもなにも、襲おうってしてるわけじゃ……」

 彼女が縋りついたのが、筋骨隆々とした大男だったら危なかったものの、同じ女性ときたものだ。この際、二人とも誘おう。

「あ、よかったら、そちらの方もどうです、おれと一緒に……」

 おれはこの時、初めて目が合う。

「……おい」

「あ」

 目の前には、心底不機嫌そうな顔をしたアッちゃんがいた。アッちゃんはCHUMSのリュックを背負って、ジーンズ生地のガウチョに白いシャツと黒いベストを着ていた。やっぱファッションリーダー、ドン・正巳まさみ的にはガーリッシュとボーイッシュの中間を巧妙についているのがポイント高いわね……。ってそうじゃなくて。

「アッちゃんじゃん。何してんの?」

「……もしもし。警察か?」

 アッちゃんは颯爽と携帯を取り出して電話をかけていた。不穏な単語が聞こえた。

「待って! アッちゃん待って! 違うから! ホンマに違うから!」


 おれとアッちゃんは近くの喫茶店に入っていた。とりあえず、ペレー帽の子に謝りまくって、そのまま解放して、アッちゃんに喫茶店でなんでも奢るという条件を自ら申告し、警察への通報は無しにしてもらった。マジで超説得した。

「呆れた……ホントに」

「ごめん……。別に浮気するわけじゃなかったんだけど……」

「殺すよ?」

「今のはガチで冗談。女の子はそんな怖い顔しちゃいけない。ああ! そんなベストのポケット弄らないで。一体何を取り出すつもり!?」

 アッちゃんはポケットをまさぐるのをやめる。

「……ここはアメリカじゃないし、いくら私でも銃なんて持ってないよ」

「アメリカだったらおれここで殺されてた!」

 これがアメリカン・ジョークって奴か? おれの思ってたのと違う……。

「しかし、今一番会いたくない奴に会うなんて……」

「まあいいじゃん。今日は休みなんだし、昨日のことは昨日でさ」

「……」

 街で見たときはそう思わなかったけど、今のアッちゃんは心なしか、少し落ち込んでいるようにも見える。この隙を突かないわけにはいかねえ。前言撤回じゃ。昨日の話をする。

「まーた百合ちゃん先輩と喧嘩しちゃったね」

「……う」

 アッちゃんは、らしくない声をあげる。

「まあ確かに翠ちゃんとアッちゃんはうちでは別格だね。二人のおかげで昨日は三勝できたようなもんと言えるよ」

「……気遣っているのか? 昨日と言っていることがまるで真逆だ」

「いや。だって事実じゃん」

「は?」

「でも、やっぱバスケは二人だけじゃ出来ないよ」

「矛盾していないか?」

「細かいことは気にしない気にしない。百合ちゃん先輩は凄いよね。リターンなんて気にせず、どんどんボールをアッちゃんに渡してたし」

「……」

「おれが見るに、アッちゃんには、自分で行くべきところと行かなくてもいいところがあるんだよね。で、行かなくていいところはボールを百合ちゃん先輩に戻すべきだったね」

「何が言いたい?」

「バスケットボールはチームスポーツだけど、サッカーや野球と違って人数が少ないから、必然的に個人の依存度は高くなるよね。それは否定しないよ。けど、やっぱりその個人プレーもチームメイトがいて初めて輝くんだ。ほら、『スラムダンク』というおれの好きな漫画があってな……」

「『シャカリキ!』じゃなかったのか?」

 妙に物覚えがいい。やっぱりおれのこと好きなんだな。まあ敢えて言う必要もないか。

「『シャカリキ!』も好きだよ。『スラムダンク』は読んだことある?」

「ない」

「おお……。アッちゃん、それはいけない。バスケをやっている高校生は絶対に読まなくちゃいけない。義務教育だよ」

「うざったいな……」

「まあ読んでもらったらわかるんだけど、その『スラムダンク』でな、安西という監督がチームの中で突出して上手いプレーヤーに一言モノ申すシーンがあるんだよ」

「……」

 アッちゃんはつまらなさそうにしていたが、話を聞かないつもりじゃないみたいだ。おれも慣れてきた。デフォでこういう顔つきなんだ、アッちゃんって。

「『お前の為にチームがあるんじゃねぇ。チームの為にお前がいるんだ』……って」

「チームのため?」

「うん。まさに今のアッちゃんの状況がそんな感じやね」

「なんで私がチームのために……」

「うーん、頑なだなあ。じゃあさ、アッちゃんってすぐにバテるじゃん」

「それは自覚している。自分でも走り込んだりしている。今日だって朝走った」

 ストイックだ……。おれなんてさっき起きたばっかりだというのに。

「百合ちゃん先輩と被るけど、チームのためにアッちゃんがプレーしたら、アッちゃんの負担も減るよ。そうしたら昨日の最後とかバテることなかったし」

「私は最後までプレーしたぞ」

 まあ言う通り、確かに最後までプレーしていたが、アッちゃんはあのロリ化したアッちゃんのことも自分のプレーだって認めてるのかな。

「……もっとも最後の方はほとんど覚えていないが、最後までプレーできたという実感はあるし、ちゃんと身体も覚えている」

 あれ? おれは耳を疑った。

「お、覚えてない?」

「ああ」

「アッちゃん、最後の方は大騒ぎしながらプレーしてたよ。まるで幼女になったみたいに舌っ足らずに話しながら」

「お前にしてはよくわからない冗談だな。いったい何を言っているんだ?」

 おれはiPhoneを取り出す。

「こいつを見てくれ」

 実はロリアッちゃんのプレーっぷりを動画に撮っていたのだ。理由は、あまりにもプレーが凄かったのが、半分。あとはこういう時に使えないかなと思ったのも半分ある。

「ぼーるちょうだい!」

 アッちゃんのあどけない声がiPhoneから聞こえる。

「!?」

 アッちゃんは眉間に皺を寄せた。画面にはアッちゃんが大騒ぎしながらプレーしていく模様が映し出されている。みるみるうちにアッちゃんの顔は青白くなっていく。動画が終わる。

「おれの言ったとおりっしょ? これってなんなの? アッちゃんも記憶がない、というのはアレか? ランナーズハイ的なやつ? あるいはゾーンに入ったって奴か?」

 ゾーンに入る、というのは『黒子のバスケ』で出てくる。選手がその状態になると超驚愕プレーが次々と出来るようになる、能力みたいなやつだ。でも、現実にそういったことはあるらしい。おれがバスケやってたときは、ゾーンに入ったことないけどな。

「……」

「あ……ちょっと、何触ってんの」

 アッちゃんは黙っておれのiPhoneを操作した。おいおい、そりゃないぜ。おれは無理矢理奪い返す。

「なに? そんなおれのプライヴェートに興味が……。あー! 動画が消されてる!」

 鳴門先輩といい、何故女バスの面々は人の携帯を弄るのに一切のためらいがないんだ。

「これは私ではない。動画もなくなった」

 淡々と話すアッちゃん。

「……まあ皆あの現場を見ていたわけですからね。記録にはなくても記憶には……」

「うう……あ……」

 アッちゃんは両手で顔を隠した。あれ? すげー恥ずかしがってる?

「おーい」

 おれはアッちゃんの頭をつんつんする。二、三回つつくと、アッちゃんは右手をババッと振り回し、おれの手を払いのけた。

「……」

「スタミナが完全にキレるとゾーンに突入してロリ化する、と」

「もういいだろ! その話は!」

「チームのためにプレーしたら、ロリ化しなくなるんじゃない?」

「うう、やめろ……もう……」

 またベストのポケットをまさぐるアッちゃん。一体何が入っているのかは未だ不明だが、刺激はさせない方がいいに越したことはない。

「オーケー。とりあえずこの話は終わりにしよう」

「……今後、ちょっとでも、その話題を出したら……わかってるな?」

 一転して、アッちゃんはキッと俺を睨む。

「はいっ!」

 ビビってばかりもいられねえ。居酒屋ワタミ顔負けの、生きのいい返事をした。


「お待たせしましたー」

 ここでウェイトレスさんがやってくる。

「ご注文された珈琲二つと……チョコレートブラウニーサンデーとストロベリーギャレットと三段重ねキャラメルハニーパンケーキです」

「あ、ウェイトレスさん。珈琲は合ってるけど、他のは注文した覚えないや。多分間違えてない? 伝票とか確認してみてよ」

「え? キャンセルですか?」

「キャンセルもなにも頼んで……」

「いや、下げる必要はない」

 アッちゃんが言った。

「そんなに注文してたっけ?」

「ああ」

「そんなに食べれるの?」

「急に腹が減ったし、お前の奢りだしな。それにこっちの食事はなんでも量が少ない」

 だからってそんな食べるかい……。うーん、おれ裕福な訳じゃないんだけどな……。ウェイトレスさんはアッちゃんの前にスイーツを並べていった。

「いただきます」

 アッちゃんはごく自然に手を合わせて言ったあと、それぞれのスイーツに手を付け始めた。おれはそれを眺めながら珈琲を飲んだ。アッちゃんはスプーンでスムーズに次々とスイーツを口に運ぶ。吸い込まれていく。星のカービィかよ。クリームは口元につかない。綺麗に食べていく。食べ方一つで人間性というのは出てくる、ってマツコ・デラックスも言ってたけど、こうして見るとやっぱりアッちゃんはお嬢様なんだな、と思った。良い食べっぷりだった。


「ご馳走様でした」

 静かにアッちゃんがそう告げる。

「随分早いね。でも、そんな糖分取ったら身体に悪いんじゃないの?」

 おれがそう言うとアッちゃんはムッと顔をしかめる。

「別に。私の身体は糖分を吸収しないし」

「そんな訳ないでしょ! 過度な糖分は……いや、なんでも偏った食事はスポーツする上ではよくないぜ?」

 自分で言っといて難だが、イチローだってほぼ毎日同じ食事しか取らないと聞くし、中田英寿だって現役時代は、大量のスナック菓子を食べていたという。稀にこうした例外もある。アッちゃんもその範疇に含まれるのだろうか。ただ、ブンデスリーガでグルテンフリーといった食事法が流行っているように、食事管理は現代スポーツにおいてかなり重要な立ち位置のはずだ。

「……ミドリだってスイーツは別腹だって言ってたし。もしかしたら私の内臓器官は特殊で、糖分を体内に一切取り込まないかもしれないじゃないか! 大体、お前は私の身体について何を知っている?」

 すげー言い訳だ……。うーむ、そっちがそうくるなら。

「……なるほど、確かにそうかもしれない」

「だろ?」

 アッちゃんはドヤ顔をする。

「でも、本当にそうであるかどうかは、わからないよね。おれも監督である以上、部員の身体について知っておく必要がある」

「……なにニタニタしてんだ?」

「手始めにまずアッちゃんだね。アッちゃんの身体が本当に特殊かどうかをおれは自分の目でしっかり見なくちゃいけない。どうだろ? このあとも暇でしょ? 近くに良い休憩所知ってるんだよね」

「休憩所?」

 アッちゃんは首を傾げた。ははーん。こりゃウブよのう……。

「オッケ。知らないなら一度実際に見た方が早いな。じゃあ早速行こう」

「え? や、やだよ……。お前、凄い目してるぞ? 今」

「ん? もしかしてゴムの心配してる? ああ、ちゃんと持ってるから安心して。その辺、おれはちゃんとしてっから」

「は? ゴム?」

 アッちゃんは首を傾げるが、すぐに「あっ」と口を小さく開いた。

「……おや。もしかしていらぬ心配だったかな? オッケ。おれと家族を作りたいというこ……」

 おれが言い終わるか終わらないかのうちに、右の頬に凄い衝撃が走った。アッちゃん渾身のビンタだった。

「……」

 アッちゃんは無表情でおれをジト目で見た。どうやら何の話かわかったみたいだ。

「いつつ……冗談だって!」

「アンタさ、誰にでもそんなこと言うの?」

「まあ、割と」

「ホントに警察に捕まった方が良いと思う。そんなんだから女子に嫌われる」

「え? おれ嫌われてんの?」

 おれがそう尋ねると、アッちゃんは驚愕したのか、あんぐり口を開けた。

「……知らないのか?」

「それマジなの?」

「そうだけど……」

「いやいや。そんな訳ないでしょ」

「どこまでもポジティブなのが怖いわ。証拠見せるよ……ほら」

 アッちゃんは自分の携帯を少し操作したあと、画面になにやらランキングみたいな表を映し出して、おれに見せる。

「ん~なになに……。『キモイ男子ランキング』……?」

「一位のところ、アンタの名前でしょ」

「確かに、清雲正巳って書いてあるね」

「クラスの女子でイケメンとキモメンのアンケートを取った子がいてね、これがその結果。女子は皆共有してるわ」

「なに、その悪意しかないアンケート!」

 でも、おれ達男子も可愛い子ランキングとか作ったりするから、あんま強くは言えないんだけどな。ちなみに満場一致で、うちのクラスのナンバーワン美少女はアッちゃんだ。

「どう考えても不正があったとしか思えない。異議を申し立てる!」

「却下。そもそもね、アンタは自分が人からどう思われているかをちゃんと考えたうえで、身の振り方を考えた方が良い」

「ぐわ……」

 まさか、アッちゃんにそんなこと言われるなんて……。く、悔しい……。

「……でもさ。うちの監督としては悪くないんじゃない?」

「え」

 お、急に褒められる流れか?

「私、アンタに言われたこと、少し考えてみた」

「ほう、聞こうじゃないの」

「……コートの上だと関係ないってやつ」

「あー。やっぱアッちゃんの琴線にも触れちゃった感じ?」

「……いや」

 否定すんのかい。話の流れおかしくねえ? それでも、アッちゃんは話を続けた。

「私さ。向こうでもチームメイトと上手くいかなくて、いつも言い争いばっかしてた」

「言い争いをすること自体は別にいいんじゃないの。より良いバスケをするためだったらさ」

「……だんだん、私にはパスが来なくなった」

「あれま」

「だから、もう私は自分一人でやるしかないんだ、って思った」

「へえ、だからやたらこだわるのね、ワンオンワンに」

「振り返ると、ユリと私っていつも言い争いしてるだろ? でも、だからと言ってユリは私にパスを出すのをやめたりしない」

「百合ちゃん先輩、見た目は幼女だけど、結構大人だからね。それはアッちゃんの実力を認めているからだと思うよ」

「……私、どうしたらいいだろうか」

「とりあえず百合ちゃん先輩に謝ってみれば?」

「謝ったらこっちが悪いみたいじゃないか!」

 うーむ、この辺りは外国との文化の差って奴だろうか?

「でも、このままだったらもう百合ちゃん先輩からパスが来なくなるかもしれないよ?」

「う……」

「郷に入っては郷に従え、って言うでしょ?」

「なんだそれは?」

「あ……えっと……英語で言うとな……。ウェン・イン・ローマ・ドゥ・アズ・ザ・ローマンズ・ドゥ」

「酷い発音だな。だが、大体わかった」

 アッちゃんはうーん、と唸った。別に文化の強制をするわけじゃないが、まあ日本にいるんだし、折角なら日本の文化に合わせるのも悪くねえんじゃないかな、とは思う。

「……少し考えてみる」


 おれとアッちゃんは喫茶店から出た。

「そう言えば、アッちゃん。なんで街にいたの?」

「お前、知らないのか?」

「そんなアッちゃんのことは何でも知らないよ。んーでもそうだね。知りたいとは思ってるし、やっぱこのあと行っちゃいます? 休憩じょ……」

 今度はみぞおちにでっかい衝撃!

「くはっ……」

 バトル漫画みたいなうめき声が出る。

「同じネタはもういいだろ。ストリートコートに行くんだよ」

「う……。へ、へー……」

「じゃあ私はそっちに行くから」

 アッちゃんは蹲るおれを置いてスタスタと歩く。ストリートコート? なんだ、そんなUSA的な奴がこんな田舎町にもあるというのか! おれはスクリと立ち上がる。

「ちょ、待てよ?」

 おれはキムタクのモノマネをして、アッちゃんを呼び止める。

「なに?」

 アッちゃんは歩みを止めて、振り返る。

「おれも行っていいだろ? それ」

「プレーヤーの溜まり場だよ。アンタ、膝ダメじゃん」

「まぁそう言わずに」

「なにが『まぁそう言わずに』よ」

「いいから案内してよ」

 アッちゃんはため息をつく。

「……勝手にすれば」

 そのままアッちゃんはおれに背を向けて歩き始める。ヒヒヒ、暇だし付いていっちゃうよん。おれはアッちゃんのあとに付いていく。

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