第8話
双眸を開いた時、目に入ったのは絵に描いたような天国の光景ではなく、無機質な病室の蛍光灯だった。
ぼんやりと、自分が生きているのだという感覚が肩の疼きと共に戻ってくる。
「……俺、生きてるんだな」
「……うん、そうだよ」
独語に応じたのは佐伯だった。
「生きてるのか……」
「うん、生きてるのは奇跡だって」
生き延びた、という感慨は不思議と薄かった。
「葉月は?」
佐伯は問いに応えてくれなかった。返答としてはそれで充分だった。ぽっかりと穴の空いた心に、しんしんと後悔が降り積もっていく。
「俺は……なにも出来なかった」
降り積もった後悔に押し出されるように、涙があふれてくる。
「だから、生き延びる必要はなかった?」
「わからない……けど、その方が良かったのかも知れない……」
「そんな……」
佐伯の手が伸び、彰の濡れた頬に触れる。彼女の精気に満ちた手は温かかった。
「そんな、悲しい事言わないでよ」
「俺は、凛さんを裏切ったんだ……何かが出来ると思ったんだ。彼女の為に自分の力が使えると思ったんだ……なのに、葉月は……」
「それでもアタシはキミに生きていてほしかった」
佐伯にどんな言葉で応じたら良いのかわからなかった。
「こんな時に……ううん、こんな時でも無ければ言えないと思う……あのさ、あの人の換わり、アタシじゃ、ダメかな?」
沈黙というほど長い時間では無かった。だが、佐伯は不意に立ち上がる。
「……ゴメン。アタシ、ヤな女だ……ホントにゴメン」
彰はとっさに腕を掴んでいた。おかげで傷口が痛み、小さく呻く。
「もう少しだけ、そばにいて欲しいんだ」
傷の痛みでは無く胸が痛む。だが、佐伯の温かさは、今の彰には抗いがたい。
「……ズルいんだ……」
「……最低だな、俺」
「それでも良いよ。キミのそばに居れるなら」
佐伯の笑みはほんの少し悲しそうで、それでいてどこか満ち足りた、不思議な笑みだった。
終
並行世界のDOOR 柏崎ちぇる信 @tschernobyl
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