「開国横浜・弁天堂奇譚」
https://kakuyomu.jp/works/16818023213109989016『解説(言い訳)③』の回の参考浮世絵です。
横浜の砂洲が堀川によって切り離され島になったのは、1860年春。
これは翌年の1861年に描かれた「再改横浜風景」の左端です。
外国人町と川で分かたれた元町付近、家々が建ち並ぶ裏にはまだ畑?も。そして増徳院が木々の中にあります。
右上が港崎遊廓。周囲はまだ更地です。
これを描いた五雲亭貞秀は開港頃の横浜の絵を多数残しています。
実測図ではないので歪みもあるし想像も混ざっているみたいですが、こんな鳥の目からの構図、どうやって描いたのかと不思議です。